第181話 意外な宣言

 翌朝、俺の調子は絶好調であった。久し振りに夜に無理をしなかった為なのか、やたらと目覚めが良い。いつもこうであれば、日々の業務がもっと捗るんだろうが…… まあ、今の俺にはパーフェクトスムージーもあるから、大抵の疲れは乗り切れるんだけどね。さあ、今日も頑張っていこうか! と、爽やかな朝日に向かって気合いを入れる。そんな素敵な朝を迎えた俺だったが、まさかこの後にあんな出来事が起こるとは、夢にも思っていなかった。


 その事件はグリスを移送する為の船が港に到着し、それを見送る際に起こった。移送の責任者として、船にはジークが乗る事に。俺はそんなジークを見送る為、港にクリスと共に顔を出し、出航前に軽く雑談を交えていたんだ。今度はいつ戻って来る、それまでにまた街が発展しているかも、ラヴァーズに戻るのが気が重い等々、ジークとの話の内容は尽きないものだ。魔導電話で気軽く話せる仲ではあるが、対面して話すのはまた違うからな。で、そんな雑談の最中の事である。


「そういやジーク、昨日何か言い掛けてなかったっけ? ほら、グリスの船を発見する前に、ジークからも話があるとか、そんな事を言っていただろ?」

「あっ、そうそう! ウィルに言っておくべき事があったんだよ。できれば君が素面しらふの時に伝えたかったから、昨夜の祝勝会でも言えなかったんだけど」

「素面って、結構大事な話なのか?」

「あはは、まあそこそこに大事かな? 実はね――― 私、『秩序』の駒であるジーク・ロイアは、君に降伏したいと考えている」

「……うん?」


 一瞬、ジークが何を言っているのか理解できず、頭上に大きな疑問符を浮かべてしまった。それはクリスも同じだったようで、可愛らしく首を傾げながら目を点にしていた。今の言葉を頭が理解するのに、数秒ほどの時間を要してしまう。


「お、おい、それってどういう―――」

「―――ちょっとちょっと! 戦う前に降伏するって、一体全体どういう事よ!? ジーク、男らしさが足りないんじゃないの!? 折角仲間の生死を気にする事なく、互角の戦いができると思ったのに!」


 何とか言葉を捻り出したその瞬間、一体どこで聞いていたのか、海の中からアークがバシャンと飛び出し、猛烈な抗議を開始。その手にはなぜか銛が握られており、アークが力強く抗議をするたびに、バキバキと柄の部分が悲鳴を上げて、あ、いや、今バッキリと折れてしまった。


「アーク、取り合えず落ち着いてくれ。あと、壊した銛の代金は後で請求するから」

「何で!? 私、自前で食材を探していただけよ!?」

「たった今、俺の目の前で壊して見せてくれたからだよ……」


 その後、クリスの作り置きの料理を宝箱から取り出す事で、アークを静かにさせる事に成功。咀嚼音が多少気になるが、抗議の叫びを上げられるよりかはマシだろう。


「はぐはぐはぐッ!」

「マスター、今です!」

「よし、この隙に話を進める事にしようか! で、ジークよ。どうして急に降伏宣言を?」

「あ、ああ、実はね」


 この状況に若干動揺しつつも、ジークがその胸の内を話し始める。


「今後、私とウィルとの戦いが行われて、仮に私が勝利したとしようか。そうなった場合、最後の戦いで私が詰んでしまう可能性が高いんだ。だから、今のうちに降伏を宣言しておこうと思う」

「……? えーっと、仮にそうなったとしても、前に言った通り俺達はジークに協力するぞ? 俺のダンジョン能力は消えてしまうかもしれないけど、それでも戦力として数える事は―――」


 そこまで言い掛けて、気付いてしまう。俺の敗北は俺にとって最悪である同時に、ジークにとっても最悪の結果を招きかねないって事を。俺は当初、ジークはダンジョンマスターであると同時に魔王でもある俺の立場を利用して、何とか戦いの口実を作るもんだと思っていたんだが、この話はそんなに単純じゃなかったんだ。


 ジークの言う通り、仮に俺が負けたとしよう。その場合、邪神から授かった『ダンジョン創造』のスキルは恐らく消失する。そしてそうなったら、この能力で築いてきた船や港街もまた、どうなるか分からない。最悪、能力と同じく消えてしまうかもしれない。それだけならまだしも、能力で生まれてきたモンスター達、ダンジョンを広げる事で呪縛が解かれたエーデルガイストの皆だって、どうなるか分からないんだ。当然の事だが、俺の秘宝であるクリスは確定で消えてしまうだろう。


「………」


 だがそれでも、クリスは動じない。そうなったとしても、俺達はジークに協力する覚悟を決めなければならないからだ。元より争奪戦は命のやり取りが伴う危険なもの、能力が失った後であったとしても、俺達にできる事は全て手伝うだろう。 ……ただ、俺達がどんなに覚悟を決めたところで、ジークの力がそれを赦さない可能性があった。


 ジークは俺の同盟相手として、これまでの争奪戦を協力し合い、時には親交を深めていった。そんな相手を根絶やしにするような行為を、果たして彼の『秩序』は赦すだろうか? 自分や自国が勝てればどんな手を使っても、相手がどうなっても構わない。そんな局所的で身勝手な『秩序』、あの神様は望んでいないだろう。これまでのジークの行動方針からしても、犠牲は最小限に抑える努力をしていたし、勝利した後も相手国をより良い方向へ導こうともしていた。言うなれば、ジークが守るべきは世界的な『秩序』、なんだと思う。


「……仮に戦ってジークが勝利して、この島に最悪の事態が起こったりしたら、ジーク、お前の力はどうなる?」

「そうなりでもしたら、ほぼ完全に私の力は機能しなくなると思う。幸運に幸運が重なって、駒でなくなった後にウィルの能力がそのままであったとしても…… 秘宝であるクリスさんは、間違いなく神々へと献上される。そう、事前に協議を重ねたとしても、どんなに安全性の高い戦いにしたとしても、犠牲者は出てしまうんだ。親友の大切な人達を手をかけての勝利、そんなものを私の神が望むと思うかい?」

「望まない、ような気がする」

「でしょ?」


 ジークは続ける。俺達双方の力の消失、不和の発生、作戦の根底からの瓦解――― それら可能性を抱えたまま最後の戦いに臨むのは、自殺行為以外の何ものでもない。よって詰み・・なのだ、と。


「だから、この戦いの勝者はウィルであるべきなんだ。私や私の神が守るべき『秩序』は、きっとその先にある」

「ジーク、お前……」

「うー……」


 既に料理を平らげていたアークも、今の話を前にしては、文句を口にする事ができない様子だ。ああ、俺だって言葉がないよ。どこまで高潔なんだ、このイケメンは。


「ジークが降伏する理由、理解したし納得もした。俺が勝てば、どちらにしろジークの『秩序』の力は失われる事になるけど…… それも織り込み済みか?」

「ああ、その点に関して心配する必要はないよ。そこだけは何とかなりそうだから」

「えっ?」


 そう言って、ジークは懐より紙とペンらしきものを取り出した。ついでに椅子とテーブルもセットして―――


「―――って、何やってんだ?」

「何って、私の力を消失させない為の予防策だよ」

「予防策? ……そんな事が可能なのか?」

「うん、実はあったりする。ラヴァーズとの争奪戦、あの時は私も勝利した事になったでしょ? ウィルはウィルで勝利の特典を貰ったと思うけど、その時に私もある新たな力を貰っていたんだ。まあまあ、立ち話も何だから座りなよ」

「「「………」」」


 取り合えず、大人しく座る事にした。

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