第180話 ひと時の安息
その後、グリスらの牢への移送、戦後処理、夜の宴の準備などでバタバタし、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。俺が主に担当するのは戦後処理の方で、いつもの如く目ぼしい戦利品を仕分け、あるものは保管し、不用品はショップに販売してを繰り返していた。尤も、今回の敵であったラナは船ではなくその身ひとつで戦うタイプだったし、ジモルについてはどこに墜落したのか、或いは大気圏で燃え尽きたのかも分からない状態だ。この二人に関して処理すべき事はなく、グリスの船を御用改めするのが仕事の大半になった感じだ。
まあ今のDP収入と比較すると、たとえこの木造船と全ての物品を売ったところで、大した利益にならない事は分かり切っている。最初期の奴隷船の頃なら大きな収入になっていただろうが、今はもう色んな艦隊との戦いを経てしまっているからなぁ。それでも、ひょっとしたらお宝があったりするかも!? という期待感もない訳ではなかったので、俺は発見するアイテムの一つ一つを油断なく鑑定(宝箱に入れてメニュー画面からアイテム説明を読む)をしたのであった。
「まあ、その結果マジで何もなかったんだけどね、あはは……」
「マスター、お気を確かに!」
時刻は夜、仕事を切り上げ先ほどまで宴に参加していたのだが、ここ最近の疲労が一気に押し寄せ、少しばかりトランス状態の俺。こんな姿はクリス以外に見せられないので、今はいつもの事務所で小休憩中である。
いやあ、緊張の糸がプッツリ切れたって言うか、漸く気を緩められるって言うか。ラナの強襲といい、ジモルの奇襲といい、グリスの登場といい、今日はイベントがあり過ぎた。しかも、俺個人としても前世の記憶を取り戻すイベントがあって、そろそろキャパオーバーってやつですよ。うん、色々あった。色々――― 前世にも、色々あったんだよなぁ……
「……クリス、改めてありがとう。クリスのお陰で今の俺があるんだって、心底身に染みたよ」
「マ、マスター、頭を上げてください。私は貴女のメイドとして、当然の事を――― ううん、違うかな。私の方こそ、何度だってお礼を言いたい。今の私があるのは、貴方のお陰なんだもの。そ、その…… ウィル、君」
これは秘密の話なのだが、クリスと二人きりの時は、かつてのような口調と距離感で話すようになった。今までも十分に距離感が近かったと思うが、記憶の取り戻してからと言うもの、クリスの距離の詰め方には本当に容赦がない。だってさ、ソファに座っている今もおかしいだ。以前なら俺の隣に密着して座る程度だったけど、今は何の同意もなしに膝の上に座っている。直も直だ。いや、前世で幼馴染レベルでいつも一緒だった事を考えれば、これが俺達の本来の姿なのか? いやあ、久し振りにされると驚いてしまうものだな。 ……うん、それを踏まえても、やっぱおかしくない?
―――ドンドンドン!
そんな事を考えながら、クリスとのひと時を堪能していると、外から大砲に似た大きな音が聞こえてきた。とは言っても本当に大砲を撃っているのではなく、これは花火を上げているんだけどな。
「おー、もうそんな時間か。前世振りに目にしたけど、やっぱ綺麗なもんだな」
「うん、とっても……」
事務所の窓からだけど、打ち上げ場所が近いから、ここでも特等席のようなものだ。久し振りに見た花火は、思っていた倍ほどに綺麗なものだった。まあ、それもこれもクリスと一緒見ているからでゲフンゴフン! ……まあ、そういう事である。
「しっかし、花火なんてよく準備できたな。ショップで買った訳じゃないんだろ?」
「だね、ショップは活用していないみたい。祝勝会前にアイさんが大急ぎで自作していたよ?」
「え? あれ、全部アイのお手製なの?」
改めて夜空に打ち上がる花火を見る。 ……うん、凄い出来だ。俺がかつて見てきた花火と比べても遜色なく、しかも色々な種類で目を楽しませてくれている。神の駒として一番にこの世界に生を受け、ラヴァーズのトップとして君臨していたアイだ。そういった知識があるのも、まあギリギリ納得はできる。けど、よくよく考えてみると…… 半日で花火玉や打ち上げ用の筒を準備できたのは、流石におかしくない?
「ええと、素人考えなんだけどさ、花火玉って半日やそこらでできるもんなのかな? それも、こんなに沢山色んな種類を」
「私も詳しくは分からないけど、アイさん曰く“『根性』が全てを解決した!”、って」
「そういうスキルなの、『根性』!?」
な、謎多きスキルだ…… しかし、アイが相当な祭好きなのは間違いない。色々な理由にかこつけて率先して企画しているし、この花火のようにそれを成す能力もある。かと思えば、教会の聖職者っぽくミサのような事もやっているんだよなぁ。領主(漁師)でありながら、イベント事を企画できないでいる俺からすれば、非常にありがたい存在だ。
「ん? 前世では長い間一緒に居たけど、打ち上げ花火を見るのは、ひょっとしてこれが初になるかな? あんな山奥の田舎だったもんなぁ」
「確かにそうかも。けど、ウィル君が買って来てくれた花火を一緒にやった事は、ちゃんと覚えてるよ? あの時の私は肉体がなかったから、本当に見ているだけだったけど、それでも楽しかったなぁ」
「じゃあ、今度はそっちの花火もお願いしてみようか。派手なのも良いけど、線香花火も好きなんだよなぁ」
「わ、良いね。私、ウィル君と線香花火を合体させてみたいかも?」
「お、おう……?」
一瞬視線の色が変わったような気がしつつも、俺達は二人きりの時間を大いに活用し、今だからこそできる思い出話に没頭。笑顔に笑顔を重ね、互いに触れ合えるこの実感を分かち合うのであった。
―――やんややんや。特に理由らしい理由は一切ないんだが、俺達は俺の私室に移動していた。何となく、ただ何となく移動したのだ。そして気が付けば、外のお祭り騒ぎも大分マイルドなものになりつつあった。あれだけ夜空を華やかにしていた花火も今はもう撃ち止めなのか、すっかり鳴りを潜めていて…… いやあ、何事も夢中になってしまうと、時間が経つのが早い早い。ホント、困ったものですよ。
「ウィル君、触れ合える肉体があるって良いね!」
「あの、クリスさん? あんまり直接的な言い方をするのは……」
「?」
記憶を取り戻す前に前世でできなかった事を既にしていた影響なのか、こういった場面でのクリスは無敵だ。笑顔も素敵だ、眩しい。本当に種族は悪魔なのかと、そんな疑惑が俺の中で蔓延してしまう。
「さて…… マスター、明日も早いでしょうし、そろそろお休みになられては如何でしょうか?」
「っと、メイドモードに戻ったな。今日はもう良いのか?」
「本音で言えばもう
「そ、そうか?」
ちょっと、か。おかしいな、ちょっとって言葉が違う単語に聞こえた気がしたけど、気のせいかな? クリス、本当は悪魔と言うよりもサキュ――― いや、何でもない。これは思っても考えてはならない事柄だ。クリスは天使のような悪魔、それでいて精霊で幼馴染で俺の恋人。それだけで十分じゃないか。 ……いや、それだけでも相当な要素あったわ。渋滞だわ。
「おやすみなさいませ」
そうこうしている間に、と言うかいつの間にかに俺は寝巻に着替え終わっていて、更にはベッドにインしている状態になっていた。当然の如く横にはクリスが寝ていて、既にすやすやと寝息を立てて寝ていらっしゃる。うーん、何だかデジャブを感じるような…… 深く考えるのは止そう。おやすみ。
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