第176話 失われた記憶

 改めて自己紹介しよう。俺の名は■■■、享年■■のどこにでも居る一般人だ。大事なところが伏せられているって? うん、言いたい事は分かる。けど、どうか諦めてほしい。今更本名をバラされるのは恥ずかしいって言うか、ぶっちゃけそこは注目ポイントじゃないって言うか…… まっ、どうしても気になるってんなら、そこに好きな名前や数字を入れてくれ。伏せた文字数とかも特に指定はしないから、それが皆の中での正解って事で。はい、異論は切り捨てて次に進みます。


 俺は緑豊かな片田舎で生まれ育った。山と山の間にポツンと存在する村で、俺と同年代の子供なんて一人も居やしない。一番歳の近かった兄も、成人すると同時に村を出て都会へ行ってしまった。ま、そんな兄も十歳近くも離れていて、一緒に遊んだ記憶なんて殆どないんだけどな。学校へ行くのも苦労したもんで、隣の隣町まで――― むう、この辺りを深掘りすると悲しくなってくるから、ここはもういいか。兎も角、だ。そんなドの付く田舎で生活していた俺は、友達に飢えていた。遊びにも飢えていた。あ、学校で友達が居なかった訳じゃないぞ? ただ、登校下校で時間の大半を使ってしまう俺の青春は、放課後に一緒に遊ぶ! なんて当たり前を許してはくれなかったんだ。


 家の辺りでできる遊びなんてものは、自然の特性を活かした昔ながらのものばかり。ゲームや漫画もなくはなかったが、恐らく同じ時代の子供達が遊んでいたものよりも、数世代は時間が巻き戻っていたと思う。まあ、そんな古風な遊びもやってみれば案外楽しいもので、最初のうちは何とかやっていられたさ。けど、やっぱり一人遊びには限界があるもんだ。特にこの多感な時期だからこそ、誰かと遊ぶ事を求めていたんだと思う。下手に学校でのみ交流があった分、尚更その傾向は強くなっていった。


 ……そして鬱憤は想いの強さに変換され、多感な俺は少しばかり変な方向へと力を開花させてしまった。地元で一緒に遊べる友達がほしい! そんな凡庸な願いが奇跡を呼び、俺は本来目にする事のできない存在を視ていたんだ。あれ、俺って一般人? うん、まあ…… 平均的には一般人。


 少子高齢化を極めた村は、兎にも角にも人手が足りない。となれば、自然と手入れの行き付かない場所も出てくるもので、生活圏から少し離れた場所には、朽ちた神社があるのも珍しい事ではなかった。密かにその場所を秘密基地にしていた俺は、ある休日もそこへと足を運んでいたのだが…… 何と、そこに見覚えのない少女が居たのだ。彼女は時代の水準から数世代は遅れている我が村でさえも見ない、けれどもどこか趣のある恰好をしていた。しかも銀髪、これが噂に聞く外人さんか!? と、子供だからこそ一層驚いたものである。


『ッ!? ねえねえ、君誰!? もしかして、ここに引っ越して来たの!? うちどこ!?』

『……? え、私? 私に話しかけてる? 君、私の事が視えてるの?』


 からの、嬉しさ爆発。俺は相手の都合も一切考慮せず、と言うか考慮する余裕も度量もない子供らしさ全開で、少女の下へと突撃しに行った。しに行くと同時に質問攻めにし、彼女を酷く困惑させたものだ。けど、どうも困惑している要因は他にあったようなんだ。まあ、これが前述の視えたって話に繋がる訳なんだが。


 結論から述べてしまうと、少女は人間ではなかった。神社を象徴する精霊的な存在であるらしく、普通はこうして視る事も話す事もできないんだとか。よくよく観察してみれば、彼女の姿はうっすらと透けており、あーそういう感じね、なるほどねーと子供ながらに納得したものだ。ただ、子供の好奇心ってのは限度を知らないもので、その話を聞いても恐怖心とかそういう類の感情は全く湧かなかった。むしろ、もっと彼女について興味を持ったし、話をしてみたいと思ったんだ。で、更に結論から述べてしまうと、俺達は友達になったって訳です。


『へえ、君って名前がないんだ? まあ、俺も同じようなもんだし、似た者同士だね!』

『う、うん? その理屈はよく分からないような……?』


 彼女の話を聞くに、どうも俺の事はずっと前から知っていたそうだ。まあ、神社の精霊よろしくずっとここに居るってんだから、当然の事だよな。俺も小さな頃からここで一人遊んでいて、その時は視えていなかったってだけの話だもん。ここを訪れるような人間も俺以外に居なかったらしく、それで余計に興味を惹いたそうで――― そして、少し遅れて気付いたんだ。一人である状況を良い事に、古い漫画などに載っていた必殺技をここで練習していた、俺の黒歴史を。


『殺せ、俺を殺してくれぇ……』

『だ、大丈夫だよ。自信満々で格好良かったよ』

『その優しさが更に俺の傷を抉る……!』


 初手からとんでもない印象を与えてしまったものだと、俺はとても落ち込んだ。けど、そのお陰もあったのかな。もうこれ以上の恥を晒す心配もないと割り切って、以降、彼女とは隠し事なしで接する事ができたんだ。俺達は無事に友人となり、時間を見つけては一緒に遊び回った。まあ、彼女は神社の境内から出られないそうなので、その範囲内で小回りに遊び回った、ってのが正しいか。ともあれ、幼馴染といっても良いくらいに長い付き合いになったのは確かだ。


 ただ、そんな長い付き合いの中で、俺にある疑問が生まれてしまう。何か彼女、やたらと距離感が近くない? ……と。最初は精霊にとってはこれが普通なのかとも考えたんだが、どうも時折彼女から熱い視線を感じる瞬間があるんだ。それはもう、鈍い俺でさえも気付けるレベルで熱い視線である。おいおい、俺が求めていたのは友情であって、色恋の類じゃないんだぜ? なんて、やれやれと首を振ってみる。 ……そして一度気になり出したら、もう彼女の顔を正面から見る事ができなくなっていた。


 正直に言おう。既にこの時の俺は、彼女の事を異性として好きになっていたんだ。最初はそんな意識はしてなかったよ? でもさ、彼女って今まで見た誰よりも可愛らしくて優しくて、それでいてこの距離感なんだよ? そんな事をされたら、年頃の少年が全くの無のままでいられる筈もなく…… 結果、友情を飛び越えてしまっても問題ないのでは? 友情が成立するのなら、精霊との恋愛も成立するのでは? なんて、硬派の欠片もない考えに行き付いてしまった訳だ。我ながら素直な子供である。


『うん、私は好きだよ? 昔から大好き』

『!?』


 で、勇気を出してその事について聞いてみたら、こんなとんでも発言で打ち返された。好き!? しかも、昔から!? ……と、あわや心臓が止まるところだったが、少しして新たな疑問が生じる。 ん? 昔から? ってな。


『実は私、もう少しで存在が消えるところだったの。この神社、見ての通り使われなくなって久しくて、神力が殆ど残ってなくって』

『えっと、その神力? ってのがなくなると、君も消えちゃうの?』

『うん、消えちゃう。けど、何年も前に君がこの場所を見つけて、頻繁に足を運んでくれるようになったでしょ? そのお陰で私の命、今もこうして無事なんだ。えっと、言ってしまえば命の恩人、と言いますか…… だから、段々と君の事に興味が湧いて、段々と君の事が好きになっていって。正直な事を言うとさ、君に話しかけられた時は、色んな衝撃で死んじゃうかと思った』


 境内に誰かしらが居るだけでも、彼女の神力は微力ながらに回復する。何だかダンジョンに通ずるところがあるよな。ともあれ、俺の一人遊びは意図せず彼女を救い、好意を寄せられる切っ掛けになっていたんだ。


 そして、俺達は両想いであると互いに認識し、めでたく異種族な交際をスタートさせる事に。今後、色々な壁が俺達の道を阻むだろう。それでも、何が相手だろうと俺達は乗り越えられる。この時の俺にはそんな全能感が生まれていて、今まで慣れ親しんだ景色がより煌びやかに見えていたもんだ。


 けど、この直後に発生したのは、そんな青春真っ盛りな俺の心を折るのに、十分過ぎる出来事だったんだ。 ……不自然なくらいに突然に、村が水害に襲われたんだ。

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