第五章

第175話 プロローグ

 ここはいずこかの世界に存在するかもしれない、場末の大衆酒場。濃い目の味付けからお出しされるサービス満点の特盛サイズ、更には値段がお手頃という知る人ぞ知る場所だ。開店と同時に人が入り、立地の割になかなかの客入り、今夜も店員らは忙しそうに働いているようだ。


 ―――ガラガラガラ。


「へいらっしゃい! おひとりで?」

「……いや、予約している者だ。先に三人来ていると思うのだが」

「あ、絵羽えばさんのお連れさんですね? いつもご贔屓に!」


 店員に案内されたのは、威厳たっぷりの髭を持つ大柄な男だった。明らかに高価であろう和装をしており、黙って歩いているだけでも圧が凄まじい。どこかのお偉いさんか? 何でこんな場所に? などと周りの客の注目を浴びるも、彼は店員の案内のまま、特に気にする事なく歩みを進める。その最中に注文をする余裕さえあった。そして、行き付いた先には―――


「おっ、漸く来たか源さ~ん。おそいぞ~?」


 ―――三人の色物達が待っていた。一人は使い古したジャージ姿のボサボサ髪の少女、頬を赤らめ既に随分と出来上がっている。一人は明らかに未成年な学生服姿の美少年、一見場違いのようだが不思議と違和感がない。一人は黒スーツにバイクのヘルメットを被った謎過ぎる人物、なぜ誰もツッコミを入れないのか。そこに大柄の和装初老イケオジが加わる事で、いよいよグループの住み分けが迷子状態だ。


「引き継ぎは丁寧にやれと言ったのは貴様だろう。万が一にもあり得ぬ事だが、もしもに備えて引き継ぎ書を作成しておいた。あり得ぬ未来が来た時に、大いに活用するが良い」

「うわ、マジで作ったのかよ、真面目マンかよ~! なんつって!」


 それが冗談なのかも分からない迷子な会話もそこそこに、源さんと呼ばれた男が席に座る。どうやら店員に案内されたこの場所は酒場の小部屋のようで、ちょうど四人で飲みには適度な広さがあった。


「じゃ、改めまして~…… 本日は私、絵羽主催の飲み会にご参加くださり、マジ感謝~。今日は無礼講だからね、本音で語り合っちゃおうよ、本音で!」

「貴様から無礼講を口にするのか」

「ったり前じゃん。今の順位付けだとこの中で一番低い立場ですし? 無礼講じゃないとやってらんないじゃん? ねえ、そうだよね? 大空おおぞら君!? 津城つじょう君!?」

「オ前ト一緒ニサレルノガ不快ダ」

「えっと、こんな僕でも上から二番目の順位なので、返答に困ると言いますか」

「う、裏切者ぉぉぉ!?」


 自業自得な叫びを上げつつ、手持ちの酒をあおる絵羽。津城に他のお客さんに迷惑だから止めろと注意され、またヤケ酒が進むのであった。


「茶番ハモウイイ。ソレデ、一体ドウイウツモリダ、『創造』?」

「え、それ誰? 大空君、人を呼ぶ時はちゃんと名前で呼ばないと駄目だよ? そういったちょっとしたコミュニケーションが人間関係を構築していくんだから。郷に入っては郷に従え、別世界に入っては別世界に従え、つってね!」

「……絵羽、コノ集マリハ何ダ?」

「何って、普通に飲み会だけど? 争奪戦で誰が勝つ事になるとしても、ここに居る面子が上位に連なるのは間違いない訳じゃん? なら、今のうちに飲みにケーションをして交流を重ねるべきかなってね♪ 誰が勝っても恨みっこなし、勝者が決まったからには後腐れなく協力しましょうって、そういう意図があるのさ! さあ、飲め飲め!」

「飲マン。ソレニ、先ノアノ態度ハ何ダッタンダ? フザケタ演技ハモウ止メタノカ?」

「えー、まだそのお堅い話を引っ張るん……? いやさ、昔みたいに淑女然としたらって提案したの、他でもない大空君じゃん。なのに、何キレちゃってんの? お望みが叶って良かったじゃん?」

「オ前ハ……!」

「はいはい、大空さんも冷静に。過去の事を水に流せとまでは言いませんが、場所を考えましょう、場所を。何度も言いますけど、ここで騒いでは周りの御迷惑に―――」

「―――失礼します!」


 津城が大空をなだめるその最中、店員が颯爽と現れる。ああ、早速注意されてしまう…… と、額に手を当てる津城。


「ご注文の品、お持ちしました! 山盛りポテトとコーラです!」


 しかし、どうやら店員は大声の注意をしに来たのではなく、料理と飲み物を届けに来たようだ。しかししかし、先の料理も飲み物も、注文した覚えが三人にはなかった。


「ムッ、ソノヨウナモノハ注文シテイナイガ?」

「待て、良いのだ。案内される前に余が注文しておいた」

「ソ、ソウナノカ……?」

「いやさ、私もジャンクなフードは大好物だけど、源さんはそれ以上だよねぇ。見た目はそんなにいかつくなったのに、味覚はホント昔と変わらないって言うか、親心的に心配になるって言うか……」

「味の好みは神、否、人それぞれであろう。そこに文句をつけるべきではない」


 ポテトにケチャップとマヨネーズをたっぷりとつけ、いつもの威厳たっぷりの表情のままそれを頬張る源。更にコーラで一気に流し込み――― やはり表情はそのままだが、心なしか満足そうである。


「みんなぁ、飲んでくれよぉ……」


 酒盛りを開いたのは良いものの、結局酒を飲んでいるのは絵羽のみで、他の面々はコーラにジュース、そしてミネラルウォーターというチョイスに落ち着いてしまう。先の通り源がコーラ、設定上は学生なので、という理由で津城がジュース、水くらいしか口に入れられるものがない、という肉体的な理由で大空はそれのみだ。ともあれ場酔いという言葉があるように、意外にもこの面子、この飲み物でも話は盛り上がる。一時間もした頃には―――


「まあさ、私だって色々考えてんのよ。あんな態度ででっかい事を言ったのにも、ちゃ~んと訳があるのよ。仮にこのまま私が勝っちゃったりしてもさ、他の皆は私に付いて来てくれない気がするじゃん? だから、ああして心を入れ替えたフリをしている訳ですよ! 私だってやりたくないんですよッ! でも、ここに居る皆にはこうして真の姿を晒せる! なぜなら、もう取り繕う事もできないレベルで知られているからッ!」

「絵羽、貴様ハ昔カラソウダ。勝手ナノダ。皆ヲ率イル気概ガアルノカト思エバ、堕落シ切ッタ生活ヲ平気デ送ル! ダカラコソ、私ハ千年モ前ニ貴様ヲ見限ッタノダ! モウ騙サレンゾ! 先々々々代ノ『戦』ニ悪イトハ思ワンノカ!?」

「あんまり!」

「ソウカ! ナラ仕方ナイ!」

「おい、山盛りポテトをもう一皿頼む」

「源さん、油物ばかり食べ過ぎですよ。サラダとかもちゃんと食べてください。あっ、またから揚げに勝手にレモンを搾ろうとして! その愚行はいくら源さんでも見過ごせませんよ、秩序的にッ! めっ! めっ、です!」


 ―――とまあ、この賑わいであった。


「それにしても、だ。絵羽よ、お前は駒使いが荒過ぎる。敵ながら哀れに思えてしまうぞ」

「それはまあ、確かにですね。選定されたのが最後だった為に準備期間がなく、海の上に放置、おまけに事前情報も最低限、前世の記憶も与えなかったんでしたっけ? 改めて事実を並べると、これは鬼畜の所業ですよ。オッズを水増しするにしても、もっとやり方はあったと思います」

「反省はしてま~す。けど、その上で生き残ってくれてる訳でもありまして! むしろ、そんな彼を選んだ私の慧眼を褒めてほしい!」

「絵羽、貴様ハ勝手過ギル!」

「はいはい、大空さんどうどう。何で水で酔ってるんですか…… にしても、確かに彼は逸材ですね。あ、いえ、彼と彼女は、と言った方が良いのでしょうか?」

「ふむ…… 此度の勝利で何やら話し込んでいたようだが、よからぬ企みでも吹き込んだか?」

「まっさか~。私はただ、ご褒美をあげただけだよ。それも前世の記憶っていう、今更なご褒美をね。まあ? でも? 本当に今更だったから、色々オマケしてもあげたかもだけど? どうしたら源さんの駒が出現するのかヒントをあげたり、大空君の駒の処遇についての意見を述べさせたりとか、そんな感じで!」


 絵羽、渾身のサムズアップ。


「……絵羽よ、ここの会計は全て貴様持ちだ。心して払うが良い」

「何でッ!?」


 その後、絵羽のオッズは微減するのであった。

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