第169話 宙の船

 ジモル・バッフォル、黄金の海賊時代と呼ばれる偉大なる世代、その一人として名を馳せた彼の悪名は、その筋では大変に有名なものだった。人魚を落とした、村の女達を全員誘拐した、世界のどこかにハーレムを築いている等々、悪名の方向性は決まってそちら側ではあったが、他の海賊達に負けないほど話に事欠かない人物であったのは、間違いないだろう。


 だが、そんなジモルも海賊同士の大戦争の果てに命を落としてしまう。密かに目を付けていた女海賊、バルバロを口説きに行ったその日に返り討ちに遭い、そのまま短い生涯に幕を閉じてしまったのだ。あまりに恰好が付かない最期であった為なのか、どのように死んだのかは後世に伝えられていない。唯一その首だけはどこかに晒されたとの噂もあるが、それも彼を忌み嫌う者達の手によって痛めつけられ、一日も経たずに行方が分からなくなってしまったという。だからこそと言うべきか、ラナも連絡が届く今の今までジモルが生きていると、そう強く錯覚してしまったのかもしれない。


 とまあそんな事があって、後世に残す事のできない終わりを迎えてしまったジモル。これまでの行いを鑑みるに、地獄へ直行するのが相応しいであろう彼の魂なのだが、なぜか『宙』を司る神に目を付けられ、そのまま駒としてこの世界に転生する事となった。


『はは~ん、なるほどね? 僕の美貌は神さえをも魅了してしまう、つまりはそういう事なんだね!』


 転生直後、ジモルは自身を称えに称えた。それだけで一日を費やしてしまったが、争奪戦が開始されるまでにやれる事もない状態であった為、転生しても変わらぬ自身の美しさに、その後も思う存分酔い痴れるのであった。


『ふふっ、きっと僕の女神は飛び切りの美人なんだろうな。この世に僕と釣り合う女は居ないと思っていたけど、遂に本気の恋を始めるに相応しい相手なのかもしれない。んっ? 仮に女神と結婚するとなると、僕も神の仲間入り? いや~、参っちゃうな~。僕ってば恵まれ過ぎ? 天は二物を与えずって言うけど、僕だけは例外的な感じ? うへへっ、本当に最高じゃん!』


 そして、争奪戦が開始される。ジモルは争奪戦を勝利した際、異空間に意識を飛ばされ、初めて『宙の神』と会う事になったのだが、この時の彼の胸の高鳴りは凄まじいものだった。何せ彼にとっては、未来の花嫁との逢瀬に等しい場であったからだ。そして、その結果―――


『ホウ、私ノ力ヲ何ノ躊躇モナク使ウカ。ヤハリ私ガ見込ンダ通リノ男ノヨウダナ、ジモル・バッフォル』

『………』


 ―――ジモルの前に現れたのは、怪し気な仮面を被り、かつ何とも言えない片言の言葉を話す神であった。その言葉は声質までもが機械的で、そもそも性別を判断する事ができない。仮面以外の肉体部分についても、体形を隠すようなゆったりとした服を着ている為、そこでも判別は不可能。ならば匂いは!? と、嗅覚に全神経を集中させるジモルであったが、これまた無臭も無臭、判別は失敗に終わってしまう。最早、万策尽きた状況。だがそれでも、ジモルは諦めなかった。


『君、その仮面の下を見せてくれないかい!?』


 見えないのであれば、見せてもらえば良い。ジモルは賭けに出た。


『……アア、ソウイウ事カ。期待ヲ裏切ルヨウデスマナイガ、コノ仮面ノ下ニハ何モナイ。トイウヨリモ、コノ仮面コソガ私ノ顔ナノダ。ツイデニ言エバ、性別モ存在シナイゾ。私トハ、ソウイッタ神ナノダ』

『くっっっそおおおおおお!?』


 そして、賭けに負けた。『宙の神』は生物よりも機械寄りの存在であるらしく、ジモルの期待に添える要素は微塵もなかったのだ。ジモルは無様に泣き叫びながら地面を転がり、そのままどこかに行ってしまいそうであった。尤も、どこまで転がってもジモルはその場所を離れる事ができず、不思議と元居た場所に戻ってしまっていたのだが。


『フッ……』


 神を目の前にしても、自身の在り方を変えようとしないジモル。どこまでも己の欲望に素直で、自己中心的である。しかし、だからこそ『宙の神』は彼を自らの駒とした。ジモルほどの自己中でなければ、自身のスキルは使い切れない。そのような考えがあったからだ。


 ジモルは『宙の神』より三つのスキルを授かった。一つはジモルが自ら暴露していた『代行者任命S』、非常に強力なスキルだが、この力は本来、別スキルの補助役として使うものであった。そういった意味で、あのラナの異常なまでの強さは、『宙の神』の予想をも上回っていたのだと言えるだろう。


『トコロデ、宙ノ旅ハ楽シンデイルカ?』

『楽しめている訳ないでしょ!? そりゃあ、最初は面白くも感じたよ!? 大空よりも高い場所に、あんな空間があったなんて知らなかったし、無重力? ってのも新感覚だったからね! けど、寝てばっかの狭い場所にずっとはナシでしょ!? 女の子も連れ込めないよ!? と言うか、そもそも女の子と接触する機会すらないんですけど!?』

『ソウカ、満足ソウデ何ヨリダ』

『君、話が通じない系の神様!?』


 ジモルが授かった二つ目のスキルは『宙の支配者S』、宇宙空間に人ひとり分が乗れる程度の小型衛星を作り出し、それを自身の周囲に常時展開し続けるという異色の力――― なのだが、どうやらジモルはこの力に不満があるようだ。衛星は星と宇宙の間の限定的な空間を移動する事ができるが、地上に降りる機能がなく、また船内も非常に狭い為に満足に立つ事もできない。また、本人の意思とは関係なく常時展開される為、解除する事もできず。まあ、それら不満の詳細については先の通りであり、お察しである。先ほど大袈裟に寝転がっていたのも、その反動だろう。


『宇宙空間ハ死ニ満チタ場所、生身デハ生キテイク事ナドデキン。ソンナ過酷ナ空間デモ、アノ船ハ食料ト空気ヲ生ミ出シ、貴様ノ生命活動ヲ万全ニ維持シテクレル。一体何ニ不満ガアルト言ウノダ?』

『さっき言った通りの不満なんですけど!?』

『ダガ、船ガ放出スル超高出力砲・・・・・、アレニハ満足シタノダロウ?』

『ッ! ……それは、まあ』


 神の言葉は的を射ていたのか、思わず視線を逸らしてしまうジモル。


『高度過ギル文明ノ利器ハ、ソノ技術力ニ伴ウ人材デシカ扱ウ事ガデキナイ。ソノ辺リモ考慮シテ、貴様ニハ『器用S』ノスキルモ付与シテヤッタ。文句ハアルマイ』

『変なところは気が回るんだね。まあ確かに、そのお陰で手足みたいに動かせるしで、そこだけは! ……文句はないよ』

『ククッ、ソウカ』


 『宙の神』は改めてジモルが適任であったと確信する。強力な兵器というものは、その高過ぎる性能であるが故に、時に使用する事自体を躊躇させてしまう。何せ、先の攻撃は無関係の人間をも巻き込む大量破壊兵器とも呼べるもの、その傾向は特に顕著であった。だが自己愛に満ち、自らの事しか考えていないジモルであれば、そのトリガーを引く事に戸惑いは生じない。また、異性を篭絡させる地力にも長けており、たとえ相手がラナでなくとも、『代行者任命S』を問題なく扱ってくれるだろう。故に、ジモルの選出は最適解なのだ。


『ソレニ、最悪ノ自己中ニハ相応ノ自己中ヲブツケルベキダ。化ケ物に化ケ物ヲブツケルガ如ク、ナ』

『えっ、今何か言ったかい?』

『イヤ、何デモナイ。ソレヨリモ、今回ノ報酬トシテ新タナ力ヲ与エヨウト思ウ。代行者ヲ介シテ、地上ノ者ト会話ヲスル能力ナンテドウダ? 会話ニ飢エテイルノダロウ?』

『おお、それなら僕の美声で直接ナンパができる――― じゃなくて、僕を地上に下ろす術は!?』

『……? 自ラ安全圏ヲ捨テルナド、ソレヲスル必要ガドコニアル?』


 ジモルは憤怒した。怒りながら、転がりに転がり倒した。


 だが、彼の耳に入った情報は何も悪い事ばかりでもなかった。直後に神は言ったのだ。争奪戦に勝利すれば、何でも願いを叶える事ができる、と。その事実を知ったジモルは、輝かしい未来の為に宇宙的暗躍を開始する。何をしてでも必ず勝つという、そんな覚悟を胸に宿して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る