第170話 サテライトキャノン
ラナの敗北、それはジモルにとって予想外の出来事であった。彼女はジモルをどこまでも崇拝し、代行者として強化され続ける最狂の手札。あの狂気を上回る強さなどあり得ず、地上の敵はラナだけで制圧できるだろうと、ほんの少し前までは本気でそう思っていた。
だが、ラナが敗れたと知った今も、ジモルは自らの勝利を信じて疑わない。わざわざラナの肉体を介し、彼女を打倒した者達と会話を交わす余裕さえあった。それはなぜか? ラナの代わりとなる代行者の当てがあるから? この星に住まう者達にとっての理外の空間、宇宙という安全圏に居るから? ……確かに、そのどちらも間違いではない。理由の一つ程度にはなっている。しかし、彼の余裕を生み出している最たる理由は、それらとは別のところにあった。
―――超高出力砲、それはジモルが展開する宙の船に搭載された唯一の武器であり、最大の奥の手である。宙の船が目標の真上へと移動し、数分ほどのチャージ時間を経て放たれる超威力のビーム砲、それこそが超高出力砲の正体だ。ジモルはこの超高出力砲に、ラナ以上の信頼を置いていた。
最初にこの攻撃の標的とされた『大地』の駒は、自身の能力でオウカ皇国を鉄壁の城塞へと進化させていた。鉄壁というだけあって、その防御力は全神の駒中でも最硬を誇る。たとえジークやアークが本気の攻撃を加えたとしても、『大地』の力を宿した建造物は、最低でも数発は耐える事が可能だ。しかも、それが木造などの耐久性に期待できない材質であったとしても、である。ならば、元々が戦争を前提とした城や砦であれば? 想像の通り、攻め手としては最悪だ。当然の如く『大地』の力は、更なる防御性能を引き出していただろう。難攻不落、金城鉄壁、正にそういった言葉が相応しい能力と言える。
『きぃぃぃんもちぃいいいいい!』
だが、鉄壁である筈のオウカ皇国の城は、一刻と経たずして消滅した。大興奮の猛り声と共に放出された、宙より降り注いだ無慈悲なる光芒。それは一瞬の抵抗さえも許さず、その圧倒的なまでの殲滅力をもって『大地』は破壊された。後に残ったのは巨大なクレーターのみで、そこに国だった名残りは僅かにも存在していなかったのだ。
『これが敵? なぁ~んだ、こんなの楽勝じゃないか。相手のバックにも神が付いているって言うから、一体どんなのが相手になるのかなって、少しビビッていたかもだけど…… フフッ、これなら安心だね♪ それとも、僕の力が強過ぎたのかな? はは~ん、何とも哀れな相手だよ。さ~て、それじゃ秘宝とやらを回収して…… あ、あれ? おかしいな、地上に降りれないぞ?』
ジモルが超高出力砲を使用したのは、結局この時が最初で最後であった。だからこそ、その力がどれだけ偉大であるのかが強く記憶に焼き付いていた。相手にどんな仲間が居ようとも、自分には最狂のラナが居る。相手がどんな能力を持とうとも、自分は絶対的に安全な場所に居る。相手がどこに居ようとも、自分には超高出力砲がある。それら事実はジモルの自尊心を満たし、余裕を生み出した。どのような状況になろうとも、最終的に勝つのは自分。ジモルはそう疑わず、目の前の戦いよりも、未来の願いに夢を見ている。
そして、それは今においても同じ。宙より全てを見下すジモルは、お喋りに興じるていた最中にも、次なる獲物に標準を合わせていた。ただ、それはバルバロ達の居るダンジョン船ではない。そこより西に進んだ場所に位置する皆のホーム、海賊島。既にその座標を見つけ出していたジモルは、この島こそがウィルらの本拠地であると見定めていたのだ。当然、ここに駒の一つであるウィルも居るであろうと考えている。どうせ潰すのであれば、まずは頭、そして帰る場所である家から。その性格の悪さを遺憾なく発揮させ、ジモルは口端を吊り上げていた。
「なら、大人しく死ぬといいよ」
チャージを完了させ、超高出力砲を天より降り落とす。如何なる物質をも分解させる超技術の結晶は、その先にある時代や文明レベルを丸っきり無視して、ただただ破壊のみをもたらす悪魔の一撃だ。『大地』の駒が成す術なく倒された時点で、これを防御する手段はこの世に存在しない。
「またまたきぃぃぃんもちぃいいいいい!」
そう確信するジモルは、放出を続ける最中に絶叫も続ける。最早これは、自らが気持ちよくなる手段でしかなく、相手が何であろうと何の関係もない。そんな思考を全身で表現する彼の姿が宙の船で隠されているのは、ある意味で幸運だったのかもしれない。誰もそんなものなど、見たくはないだろう。
……だが、死の光芒が迫る最中にある当のウィルは、なぜかそんなジモルよりも心を落ち着かせていた。いや、今のジモルと比べれば、大体の者は冷静な状態に分類されるのだろうが、それでも死が目前に迫った状態でここまで落ち着いているのは、相当に不自然な事である。このような状況下で、なぜウィルは全く動揺していないのだろうか?
「ウィ、ウィル様! 仰っていた通り、島の真上、それも遥か上の方から、変な気配と殺気がします! な、何か凄く気持ち悪いです……!」
「ああ、やっぱりそこから来たか。東の海はバルバロ達に任せて、ずーっとジェーンの警戒網を空に集中させていた甲斐があったな」
なんて事はない。ウィルはこの事態を予想し、予めジェーンのソナーを空に向けていたからである。ジモルが超高出力砲を解き放つよりも前に、ジェーンを通じてその存在を把握。オウカ皇国にそうしたように、この島にも何かしらの攻撃を仕掛けて来ると読んでいたのが、見事に的中したのだ。
(宣教師の報告によれば、オウカ皇国の跡地に反撃を行ったような形跡は何もなかった。つまりその戦いはただ一方的に、そして瞬間的に決着した可能性が高い。そんでもって、跡地にあったクレーターは真上から攻撃されて形成されたものばかりだった。しかもデカさがデカさだ、相当大規模な攻撃にやられたんだろう。これら情報を取り纏めて、考え得る攻撃方法は――― SF染みた威力を秘めた、衛星からの砲撃! もしくはそれに類似した何か!)
争奪戦が開始される前の準備期間中、ジークとの魔導電話をしている際にその答えに行き付いたウィルは、この理不尽極まる攻撃に対して何かしらの防御策はないものかと、分厚いダンジョン機能の書(メニュー画面)を読み漁った。何か、何かないだろうか。一分一秒でも多く耐える事のできる、ダンジョン的秘策は?
―――あった。これだと断言できるダンジョン装備が、不親切極まりないダンジョンメニュー画面の奥深くに存在していた。その後、ウィルはこの秘策を実行する為に、島全土のダンジョン化を目指す事となる。そして、秘策の準備を終えた現在。
「き、来ます! とんでもないエネルギー体が、継続的に放出されていますッ!? ですが、これも―――」
「―――想像していた通りの攻撃、かッ! クリス!」
「ご安心を! 『ダンジョン破壊防御シールドS』、既に展開されています!」
直後、島に光の束が直撃する。島そのものを滅さんとする神々の怒りが、微塵の容赦もなく島を飲み込んでいく。
「ふぅぅぅ…… いつぶっ放しても、この瞬間は堪らな――― ん?」
超高出力砲を撃ち終え、感慨にふけるジモル。だが、宙の船に搭載されたメインカメラ、そこに映し出された映像を目にして、彼は思考を停止させてしまった。
「……おい、ダンジョンは破壊するものじゃない。自らの脚で歩いて、一つずつ攻略するものだ。まあ、うちのダンジョンは少しだけ毛色が違うかもだが」
消滅するどころか、全く被害の出ていない無傷の島。彼が目にしたのは、そんな思いもしない映像だったのだ。
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