第168話 反吐が出る
ラナの口から聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声であった。いや、正確に言えばこの中で一人だけ、その声に覚えのある者が居た。
「なーんちゃって! 今の台詞、なかなか決まってなかった? 少し
先の威圧するような発言から打って変わって、次にラナが発した言葉は実に軽薄なものだった。ラナの性格上、この状況下でふざけているとは考え辛い。そもそも、彼女は普通に話す事もままならない状態の筈なのだ。となれば、何者かが彼女の体を介して話していると、そう考えるのが普通である。
「お前、ジモルかい?」
男の声に聞き覚えがあった唯一の人物、バルバロがまさかの名を口にする。この場に集った皆が皆、その名前には覚えがあった。何せ、この戦いの最中に何度耳にしたのか分からないほど、ラナがジモルジモルと連呼していたからだ。嫌でも覚えてしまうというものである。
「おや? そのあくどそうな声は…… 分かった、バルバロだろ!? 僕の知る君の声はもっと若かったけど、僕レベルともなると、その程度の誤差は経験で埋められるんだよね~。いやはや、にしても久し振りじゃん元気だった? 僕は君に殺されてしまって、全く元気とは言えない感じだったけどね! あはははははは!」
「死んでもそのふざけた性格は治っていないようだね、残念だよ」
「そこは喜びとして受け取ってほしいなぁ。僕は在りし日のままの僕なんだ、ってね!」
目の前で繰り広げられる突然の会話であったが、この時点で殆どの仲間達はある事を察していた。今回の争奪戦の敵となる神の駒、それはラナではなく、彼女の体を介して現在会話を行っているこの男、ジモル・バッフォルなのではないかと。
(ラナはジモル海賊団の唯一の生き残り、これまでの言動から推察するに、それからずっとジモルを捜している風だった。要するに、ずっとこの世界で生きていたんだ。一方で、これまで出会った神の駒達は、俺を含めて全員が転生者。死を経験した上で、神の駒になっている。これこそが神の駒になる条件じゃないかって、何となく予想はしていたけど…… このジモルって奴が駒だとすれば、仮条件と合致するんだよなぁ)
どんな神の力を司っているのかは分からないが、何にしてもバルバロに殺された後に転生したんだろうと、ウィルもそう結論付けたようだ。前世の恋人であり自身に妄信的なラナと繋がり、彼女を神の駒と偽装した上で行動させ、自身はその裏で暗躍する――― 今更ながらに、何とも自然な流れだ。
『それで、アンタはどこに居るんだ? まさか、その人魚の中って事はないだろう?』
「おいおい、急に男が話し掛けてきたよ。男になんか興味はないんだけど…… まあ、いいか。ええと、これまでの会話からして、そこに居る優男のジーク、そして君が争奪戦の相手で間違いないかな? あと君はこの場におらず、僕と同じくどこかに潜んでいると、そう考えても?」
『さて、どうだろうな』
「ははっ、人に質問しておいて、自分は話をはぐらかすのかい? 好い性格しているね~。まっ、元よりあんまり期待してなかったし、そこまで君に興味はないんだ。無理して答えてくれなくてもいいよ。それよりも、この場に集まってくれた美女美少女の皆々様には、僕、ジモル・バッフォルについてもっと知ってほしいかな!」
ジモルがハイテンションのまま話を続ける。が、声を発している(?)ラナは口しか動いておらず無表情の為、その落差が何とも不気味であった。
「争奪戦の終盤まで生き残った猛者である君達の事だ、もう色々とお察しな部分もあるだろう! そう、『宙の神』の駒として選ばれたのは、ラナではなくこの僕の方だったんだ! ラナはあくまでも争奪戦を代行する立場に過ぎない! 僕こそが真の主役! 僕こそが真の主演なのさ!」
『代行、ね…… お前の代わりに人魚が目となり耳となり、相手の秘宝に接触する役割だったって事か?』
「え、まだ君と会話をする流れ? そろそろ女の子とお話ししたいんだけど…… まあ、君の予想は合ってるよ。訳あって、僕は動けない身でね。ラナが敵を倒して秘宝を手に入れたとしても、それを直接取りに行く事ができないんだ。だからこそ、神は『代行者任命』というスキルを僕にくださった! この力はね―――」
長いジモルの台詞を漸くすると、こうだ。『代行者任命』、このスキルは自分と何かしらの縁がある者を対象として発動し、神の駒としての役割と力を一部担わせる事ができる。無論、その際に同意は必要となるのだが、直接会話をする事はできず、メニュー画面上で文章が届くだけである為に、何事かと怪しまれてしまう恐れが大いに含まれていた。だからこそ、本来は契約を結ぶ行為自体が大変に難しい。 ……のだが、今回ジモルが対象としたのは、他でもないあのラナだ。十年振りのジモルからの手紙(?)が届き、更には助けを必要としている事を知れば、秒で承認ボタンを押す光景が容易に想像できてしまう。そこにジモルが囚われているなどの文言を加えれば、ラナはコロッと騙され奮闘する事だろう。
また、ラナが『代行者任命』を承認した際、このスキルは彼女に大いなる力をもたらした。『可聴域S』、『積年の偏愛S』、『両足の代償F』――― これらラナのスキルは、彼女がジモルの代行者となる事で得たものだったのだ。ジモルへの想いが強いほどに強力なスキルが配布される仕様であった為、一部を除いてではあるが、ラナは災害に等しい力を手に入れる事ができたという訳だ。
「こいつの耳は僕の為にあるようなものでね、とても便利なんだ。暴走して耳の良さを全く活かせていない時でも、僕は問題なく周囲に聞き耳を立てる事ができた。だから、大体の状況は把握しているよ。いやあ、妄信する事しか取り柄のない女だったけど、本当に役立ってくれた! 暴走癖が厄介ではあったけど、邪魔者を排除するって意味でも活躍はしてくれたし、やっぱり見る目があるね、僕!」
ジモルの自分語りは続く。ジモルは最初、彼自身の
「いやあ、そこまでは上手くいっていたんだけど、ここで問題も発生してねぇ。こいつに送る事ができるお手紙、実は回数制限があったみたいでさぁ。それまでリップサービス的なものを無駄に使っていたから、ここで尽きちゃったんだよね~。いやあ、完璧な僕にも欠点があったんだなって、そんなギャップの魅力も狙えたり? 能力の説明文、しっかり最後まで読むべきだったかな? てへっ! まあ実際問題、そこから荒れに荒れちゃったもんで、この暴走人魚は今みたいな精神状態になったんだよね。僕は聞き役に徹するしかないしで、本当に苦労させられたよ。で、あれだけ期待させておいて、最終的には負けちゃうしで…… ホント、良いところで役に立たないな、こいつ」
吐き捨てるように言い放ったジモルのその言葉には、ラナに対する愛情は微塵が感じられなかった。
「ねえ、これだけの女を侍らせている君になら理解できるんじゃないかな? この僕の苦悩がさ?」
『……ああ、分かったよ』
「おっと、これは嬉しい誤算!? まさか僕と同じ崇高な思想に至った者が、他にも居たとはね! あはははっ、君とは仲良くできそうだよ! どうかな、今後互いの女の子をシェアする同盟関係を結ぶとか―――」
『―――うん、分かった分かった。お前がとんでもなくクソ野郎だって事が、嫌ってほど理解できた。バルバロ、前に聞いた話の通りだったな。こいつ、とんでもないクソ野郎じゃないか。魔導電話越しだけど、マジで反吐が出る』
「だから言ったろ? ジモルはクソの中のクソだってさ」
これ以上の話は聞くに堪えない。ましてや、同盟なんて更にあり得ない。ウィルとバルバロだけでなく、他の者達もこのクソ野郎が敵である事を共有したようだ。
「……へえ、僕にそんな事を言っちゃうんだ? なら、大人しく死ぬといいよ」
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