第166話 奥の手
隣大陸から駆け付けた待望の援軍、『秩序』の駒であるジーク・ロイア。アーク、アイと並んで人類最強格の実力を持つ彼の登場は、船上の皆が待ち望んだものに違いなかった。水面を踏み込み大きく跳躍したジークは、ラナのちょうど目の前に当たる位置へと移動する。
「私の名はジーク・ロイア、サウスゼス王国騎士団の騎士団長だ。突然の声かけ、失礼するよ。と言うのも、これから君に攻撃を仕掛けなくてはならなくてね。ああ、言わんとしている事は分かるよ。拘束状態の君を攻撃する行為は、私が重きを置いている『秩序』に反する行為ではないのか、という事がね。けど、これまでの君の行いをどうか思い返してみてほしい。これまで君は理不尽な暴力を振るい、数多くの命を屠ってきた。それこそ災害の如く、善人も悪人も関係なくだ。その行いは決して赦されるものではないし、償うにしても大変な道のりになるだろう。念の為、君に問いたい。これまでの行いを反省し、今後の人生を償いの為に使うつもりはあるかな?」
そこから放たれたのは、攻撃ではなく長文の台詞であった。ジーク本人も急いでいるのか、結構な早口での発言である。
「ちょちょちょ、何やってのあのヤタラハンサムッ!? 馬鹿!? アタシより馬鹿なの!? 絶好の攻撃チャンスじゃん!? 呑気に自己紹介からの説得をかましている暇なんてないじゃん!? それ以前に、人魚は攻撃をぶっ放す寸前の状態なんだよ!?」
「まあ、アレも奴なりに必要な行いなんだろうさ。儀式、とでも言うのかねぇ? 強力だが、アタシなら一分も持たないだろうな、あの能力」
ジークはラナを返答を一秒ほど待った。現在の状況で譲歩できる、最大限の気遣いである。が、当のラナはその間も息を吸い続け、ひたすらに自身の欲望を満たそうとしていた。
「そうか、残念だよ。せめて、来世では良い出会いがありますように」
抜剣。ジークの愛剣から放たれた攻撃は、奇しくもラナの飛ぶ斬撃に似たものであった。但し、その斬撃を放つ為に使われた技術の度合いは段違いであり、小さくはあるがより鋭く、より斬る事に特化した事象と呼べた。
―――ズッ。
斬撃はラナの巨体を中心から縦に両断するように放たれ、その全てを貫通させていた。不思議な事に周りの鎖には斬撃の影響がないようで、傷ひとつどころか金属音も鳴っていない。その点もジークの剣術が異様である事をより際立たせる。以降、ラナの反抗する力が皆無になった事、息を吸うのを止めた事なども併せて、この一撃がラナを屠ったのだと、この場に居た誰もが確信した。 ……しかし。
―――ギチギチギチ……!
「うわ、ここから復活しちゃうの?」
ラナの肉体は頭部を含め、確かに両断された筈。されたのだが、鎖で縛り付け、断面を両側から固定していたが故の奇跡が起こったのか、彼女の肉体はその傷をも修復しようとしていた。既に傷痕には薄い膜が形成されており、鎖に対する反抗も再開されている。
ならば、更なる追撃を。そう考えたジークが直ぐ様に愛剣を振ろうとするも、この時既にラナは攻撃の準備を終えている段階にあった。現在の最優先目標は、今しがた自身に致命的なダメージを負わせたジークである。ラナは顎が外れるほどに大きく口を開け、漆黒を覗かせるその内部より、それよりも黒い何かを放出し始めた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
言うなればそれは、呪いで形成された漆黒の光線。色も言葉もそこに篭められた感情までも、どこまでも黒々としたそれが光速で放たれ、ジークを穿つ。
「ぐ、うッ……!」
タッチの差で剣で受け止め、漆黒を中心から斬る事に成功するジークであったが、斬っても斬っても光線は放出され続ける。また、呪いを間近で受け続ける影響が早くも出始めているのか、ジークの愛剣までもが黒く染まり、ジーク自身にも体調に変化が生じていた。どう考えても、これ以上この攻撃を食らうのは不味い。
「■■■■■■■■■■■■!!!」
「げっ、こっちにも来た!?」
「受け流そうとすんなよ、絶対躱せッ!」
攻撃はジークだけでなく、アークやアイの方にも降りかかる。先の口から放たれた光線とは別に、いつの間にか再生していたラナの両目から、細い
「たっ! とっ! あぶなっ!?」
「こんの! しゃらくさい! 攻撃をッ!?」
今のところ、アーク達は何とか耐え忍んでいる。が、決して余力はなく、本当にギリギリのところで耐えている様子だ。ラナは尚も激情に任せ切りである為、今のところ船に攻撃が飛んでくる事はないようだが、一度その矛先を変えられでもしたら、船はひとたまりもないだろう。故に、砲撃を行って下手に刺激する事も今はできない。巡って来たチャンスは偽りであったのか、敗北という二文字が皆の脳裏をかすめる。せめて、せめてどうにかして、ラナを気を引く事ができれば。しかし、それは自ら人柱になるようなもの。この状況において、共に居る仲間をも巻き込む最後の手段だ。決断の時が迫る―――
「なあ、あのド怖な美人さんは何で
「いや、またその話をするんすか? つか、何でまたこの海域を進もうとしてんすか。さっさと逃げやしょうよ……」
「だってよ、あんだけ黒かった海が元に戻ったんだぜ? きっとこの海域にあった呪いが解かれたのか、もしくは幽霊が成仏したんだろ。なら、この海域を探索する第一の使者は俺であるべきだ! そして、その成功を
「ハァ…… ジモルのファンだか言っていたのは、どこの船の船長でしたっけ?」
「
―――前に、どこからかそんな会話がしたのを、この場でラナのみが聴き取っていた。冷静さを失った彼女が唯一耳にする事ができる、ジモルに対する侮辱の言葉。しかも、その声には聞き覚えがあった。少し前に出会った、あの同志達の声である。
「……あ゛?」
唐突だが、ラナを怒らす方法は幾つかある。ジモルを馬鹿にする事、ジモルとの愛を邪魔される事、それらに付随した行為――― そして何よりも赦せないのが、一度心赦した者が裏切りを働く事であった。ラナにとって、それはジモルから浮気する行為に等しい。あまりの怒りに目の前と頭が真っ赤になり、それまでの攻撃目標だったアーク達に攻撃するのを止め、視線までもを外してしまう。先の会話を全く耳にしていない他の者達からすれば、急にラナが明後日の方向を向いて、なぜか硬直したように見えるだろう。もちろん、その理由なんて察する事はできない。いや、理由なんて察する必要はなかった。
「危ない危ない。こいつを出すタイミングに困っていたんだが、何とも都合の良い展開になったもんだ」
「え? 姐さん、今なんて――― って、あ、あれっ!? 姐さんが消えた!?」
隣に居たバルバロの姿が見当たらず、慌てるブルローネ。ちなみにこの時、ゴブリン達の姿も半分以上船から消えていたのだが、その事については全く気付いていないようだった。
「いい加減綱渡りも止めたい頃合いだ。さ、これで仕舞いにするよ。派手に散らせてやれ」
「ゴッブ!」
バルバロの声がしたのは、ダンジョン船の隣の方――― どこからか出現した、魔導船の甲板からであった。
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