第165話 反撃の楔

 逃げから転じ、ラナの方へと舵を切ったダンジョン船。二隻は左右に分かれるようにして、ラナの側面へと向かって行く。


「受■■■ろ■け入れ■受け■れろ■■入■ろ」


 速度が同じ、タイミングも全くの同時であった為、僅かに迷う素振りを見せるラナ。しかし攻撃に迷いはなく、正面に大剣を叩きつける事で巨大な水飛沫が発生。彼女の破壊力が衝撃波と大波となって辺りに伝播し、新たな猛威が二隻に迫り来る。


「一瞬でいい、奴の目を潰せ!」

「あいあい!」

「受け入れるのは貴女の方だ、レディ」

「ここから反撃開始だぁッ!」


 衝撃波に船を軋ませながらも、リンが大波を操作し、ブルローネとトマが目を狙って砲撃を続ける。両目を何度も何度も潰されるラナは怒り狂い、故に耳が捉えた情報を脳が受け付けようとしない。ただただ出鱈目に暴れ回るだけでも厄介ではあるが、狙いすました攻撃に比べればマシというもの。また、この間に別のところで動き出した者も居た。


「アイ、ちゃんと私に付いて来なさいよ!」

「あ゛あ゛ん!? 付いて来んのはてめぇの方だろ、アーク!」


 甲板から飛び出したアークとアイが、海を駆けてラナに急接近。勢いのまま携えた鎖付きの鉄球を飛ばしてラナの眼窩がんか、所謂眼球の収まるくぼみの部分に引っ掛け、更にラナの周りをグルグルと周回し始める。すると鉄球の鎖がラナに絡まり、次第に両腕をも巻き込んでの拘束状態となっていった。


「私みたいに使いこなせるの!? 怪しいわねぇッ!」

「俺だってなぁぁぁ! 鎖の扱いには慣れてんだよぉぉぉ! 前世の関係でなぁぁぁ!」


 ラナの拘束の為に二人が使っていたのは、お馴染み超耐久の邪詛の鉄球だ。アークは自らの腕に装着されているものをそのまま使っているが、アイは以前にアークが外したものを使用しているようである。アークだけでなくアイの鎖にも『全武器適性』の力が残っているのか、実際の長さ以上にどこまでも伸縮し、彼女らが走れば走るほどにラナを雁字搦めにしていく。


「邪■だ■■だ■魔だ■■だ」

「こおおぅんのおおおおおお!」

「うおらあああああああああ!」


 当然、ラナは全力でこれに抵抗する。ギチギチと鎖が悲鳴を上げ、アークとアイも雄叫びを上げながら応戦。パワーとパワー、意地と意地のぶつかり合い、海上とは思えぬ熱気が船にまで伝わってくる。


「……今更だけど、何で当たり前みたいに海の上を走ってんのかな、あいつら? あんな足場で踏ん張れているのも謎なんだけど、本当にアタシらと同じ人間?」


 精密な砲撃を続けつつも、尤もな疑問を口にしてしまうブルローネ。


「前にジークも走っていただろ? アレと同じで、そういう生き物だと思っときな。無理に考えようとすると知恵熱が出るよ」

「ね、姐さん、アタシだってそこまで馬鹿じゃないからね!? でも、本当に化け物じゃないかい? 二人がかりではあるけど、あの巨人相手に力負けしてないよ?」

「まあ、そこは例のジュースとやらの影響もあるんだろうが…… それよりも、サハギン達が撃ち込んだ反撃の楔・・・・が効いてきたんじゃないかねぇ」

「え、何それ?」

「……ブルローネ、出航前に大まかな説明はした筈なんだが?」

「え、ええっと…… そうだっけ?」

「さっきの馬鹿じゃないって発現、取り下げときな」


 呆れられている最中もしっかりと仕事をこなしているところは流石であるが、どうにも作戦を頭に入れるのは苦手なようである。


「さっき打ち込んだのは、言ってしまえば毒だよ。それも、人魚用に拵えた強力な毒さ」


 そんなブルローネの為に、バルバロがもう一度説明してくれた。機雷を爆発させた後、海中よりサハギン達が放ったのは、毒を内包した特殊な銛。水中で投げても勢いを殺さず、かつ命中した相手に予めセットした毒を注入する、その名も海人の毒銛(2500DP)である。対象に命中させた瞬間に毒を注入するという、漁においては絶対に使用する事のできない特異な銛であるが、今回の戦いにおいては特に有効であると予測されていたのだ。


「奴にぶち込んだ毒は、アーク達が使った強化剤とは真逆の性質を有している。猛毒らしく体力を削るのは当然として、疲労感や眠気気怠さの増進、更には全ステータスの数段階低下もかましてくれるんだ。要は今のあいつは、絶不調も絶不調な状態なのさ。海洋生物にしか効かないっていう弱点もあるが、人魚が相手ならそれも関係ない。笑っちまうくらいに猛威を振るってくれるだろう」

「何それこわ…… えっと、ちなみにどうやって作ったのさ? ジュースみたいにあのメイドが作った訳じゃないよね?」

「材料はリンが作ったみたいだけどね」

「また!? と言うか、そんな物騒なもんを畑で作ってたの!?」

「安心しな、食用のもんとは違う場所の畑だ。まあ、元々は薬の素材目的で育てていたそうなんだが…… 変異して、たまたま人魚に有害な毒になったって話さ」

「ええっ……」


 毒と薬は紙一重と言うべきか、それとも生育させる畑の質が良過ぎた為なのか、リンの育てた素材は自然由来のものとは異なる変化を遂げたそうだ。その素材を元に島に自生している毒草なども加え、より強力な効果をもたらすよう、クリスとグレゴールが共同で調理――― 否、調合したのが今回の対人魚毒の完成品だ。バルバロが説明した通り、その効果はパーフェクトスムージーと真逆に発揮される、恐るべきものとなった。


「しかも、あの銛は継続的に毒を注入し続ける。銛自体を体内に取り込んじまった今、この戦闘中に毒から逃れる術はないだろう。加えてアーク達は今も強化された状態の二人がかり。ハァ、これで漸く互角なんだから、あの巨人の馬鹿力っぷりには呆れるばかりだよ。最初から最後まで、どこまでも馬鹿げた生物だ」

「でもでも、何だか勝てる気がしてきたじゃないか! 姐さん、このまま奴をガツンと倒しちまおう! 唸れ、アタシの超魔導長重砲!」


 猛りと共に大砲を放ち、立て続けにラナの頭部に命中させるブルローネ。しかし、効果のほどは先ほどまでと大して変わっておらず、ダメージが再生力に追いついていない。


「……あの、姐さん? まだ普通に火力不足っぽいんだけど?」

「そりゃあお前、あのクソ人魚の力が数段階衰えたくらいで、砲撃で止めを刺せる筈がないだろ? その砲撃とアークやアイの本気のパンチ、どっちの威力が高いと思ってんだ?」

「そ、そう言われたら確かにそうかもだけどさ、流れからしてアタシが頑張る感じだったじゃん! 期待しちゃったじゃん!?」


 トマの方でも砲撃を続けているが、結果は変わらず。一方、鎖で拘束されたラナは、何やら不審な動きを見せていた。


「スゥゥゥ……!」


 呪いの言葉を吐くのを止め、大きく息を吸い始めたのだ。その行動は長く続き、腹の部分が大きく膨れ上がっている事が分かる。


「うわ、すんごく嫌な予感がする!」

「奇遇だね、アタシもだ。キンキンする言葉責めは止めて、ドラゴンみたいなブレスを吐くのに切り替えたのか?」

「どどど、どうしよう!? 折角アーク達が動きを止めたのに、あいつに通じる攻撃方法がないよ!? 拘束するのを止めて、二人に攻撃してもらった方が良いんじゃ!?」

「おう、それも良い手だ。ブルローネ、今日は思ったよりも頭が回ってるんじゃないかい?」

「えっ、そう? えへへ…… って、そうじゃなくって!」


 焦るブルローネの様子とは相反して、バルバロは冷静さを保っていた。まるで、これから何が起こるのかを知っているかのようだ。


「取り合えず、今は口や首を狙って邪魔に徹しておけ。時間的にはそろそろ――― おっ、来たねぇ!」


 バルバロの視線の先、そこには海を走るもう一人の走者が居た。


「遅れてしまってすまないね。ジーク・ロイア、ただ今参上した」

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