第164話 積年の偏愛
ラナが所持する最後のスキル『積年の偏愛』、それは自身を大きく変動させる力であり、使いようによっては国家をも消滅させかねない、危険な能力であった。能力の発動条件は単純明快、想い人の為に行動する事、ただそれだけだ。その者の愛が深く重いほどに能力は力を増し、その目的を達成する為の方法を形作っていく。但し、その力の在り方は歪んでおり、彼女以外の者達を全く配慮していないものでもあった。
ある日を境にこの力に目覚めた彼女は、一貫してジモルとの感動の再会を願った。十年前の戦闘の最中、ジモルはラナの前から姿を消した。その原因は今も分からないままだが、ジモルが生きている事だけは確信していた。では、なぜジモルは再び自分の前に現れてくれないのか? ジモルが自分を見捨てる筈はない。ジモル自身も自分と会いたがっているに決まっている。となれば…… ああ、そうか。自分とジモルの愛に嫉妬した薄汚い人間達が、二人の仲を裂こうと画策しているのか……! と、ラナの思考がそんな明後日のところに行き付くまでに、そう時間は掛からなかった。
そんな思考の結果として、ラナはジモルを救う為の強大かつ凶悪な力を手に入れてしまった。ステータスは魔力と幸運を除く全てがSの上位値にまで押し上げられ、海水に触れるだけで無限の再生力を得るという、破格の能力まで付与されたのだ。これで誰にも、どんな組織にも、国だって負けはしない。ラナは明るい未来に向かって歩き出した。 ……鈍足で。
その後、なぜが既に滅んでいたハシラノ大陸のオウカ皇国を通り、ベナイフ大陸ではバトノーレ帝国を壊滅させ、戦利品とばかりに帝王の大剣を拝借した。この帝王に少しばかりの苦戦をした事から、更なる力が必要であると判断したのだ。そんな彼女の希望により、『積年の偏愛』は新たに剣術の腕前を芽生えさせてしまう。こうして敵の首を刎ねる術を手に入れたラナは、最早誰にも止められない存在と化した――― 筈なのだが、またしても苦戦を強いられる機会が訪れる。そう、因縁の相手であるバルバロとの戦いだ。
ラナ自身は欠片も信じていないが、バルバロはジモルに止めを刺した張本人、そんな彼女が再びラナの前に立ち塞がったのは、偶然にしても出来過ぎだろう。しかもバルバロはジモルを罵倒し、かつてないほどに貶めてもいた。ラナにとって、これ以上の侮辱はない。だからこそ、バルバロという絶対悪は絶対に殺さなければならなかった。 ……殺さなければならないのに、苦戦をしてしまった。
故に、ラナは更なる力をジモルの為に求め、『積年の偏愛』はそれに応えた。威力と速度を強化した漆黒の斬撃は、あくまでもその一端。現在の形態こそが、偏愛の結晶とも呼べる存在だ。外見的美しさを完全に捨て去り、ジモル救出の為に全てを賭す。そんな彼女の想いと覚悟がこの力を呼び出し、装備までもを変容させたのだ。苦戦を強いられた弾丸や砲弾も、今となっては脅威でない。物理的にも魔法的にも耐久性を増し、どんなダメージを負ったとしても一瞬での再生が可能。巨大化した事で力はより破滅的に、巨大であるが故に攻撃範囲も頗るに広い。正に破壊神的、正に無敵――― と、そう称したいところだが、元が歪な力である故に完璧ではなく、どこかで綻びは生じてしまうものである。
「逃■■な■■るな■■るな■■■■」
「ああ、何を言おうとしているのか、漸く分かってきたよ。耳がキンキンするから、できれば止めてほしいんだけどねぇ」
「ゴブイチさん、そのまま進んで大丈夫です!」
「オーケー、お嬢さん仰せのままに」
同じ方向へ全速後退する二隻に対し、ラナはそれを追いかけながら、激しい攻撃を放ち続けた。大剣から斬撃を飛ばし、腕や人魚の尾を振り回す事で大波を発生させる。どれもこれもが周囲一帯を巻き込む、とんでもない攻撃範囲のものばかりだ。しかし、バルバロ達はこれを乗り切っていた。双方が卓越した航走をし、ラナの攻撃を完全ではないにしても回避、軽いダメージであれば補修は瞬間的に行われ、航行に問題ない状態へと持っていく。ゴブイチの船に乗船しているリンの『水魔法』も優秀で、海流を操って常に有利なコース作りを形成。また、避けられないレベルでの水の脅威が迫ったとしても、その大波に穴を開け、時には波を使ってのジャンプを行うなど、何をするにしても大活躍中だ。その動きは最早船としてかけ離れたものであったが、兎にも角にも沈没は免れている。
「図体がデカくなって頑丈、それでいて攻撃の威力も更に馬鹿げたもんになったが、全部が全部強化された訳じゃない。ほら、見るからに足が遅くなっていやがる」
「それでもリンの妨害込みで、私らとトントンの早さだけどね~。あとさ、剣の扱いが雑になっているのが気にならない? 飛ぶ斬撃とか、明らかに射程が短くなっているわよ? 斬撃自体はあんなにデカいのに!」
たった今真横を通り過ぎた極大斬撃を指差し、その直後に消えてしまった事を指摘するアーク。斬撃によって海が斬られ、その揺れ戻しを受けている真っ只中だが、それについては全く気にしていない様子である。
「ね、姐さん達、そんな堂々と言っちゃって良いの? アタシらの声、あいつにも聞こえてんだろ?」
「あー…… まあ、今なら大丈夫だろ」
「沈■沈■沈■沈■」
「あの通り、アタシらの声を聞く程度の理性も残っていないようだ。あ、でも例の悪態はつくんじゃないよ? それだけは聞き逃さないだろうからねぇ」
歪な進化と理性の消失を経て、例の如く『可聴域』は死にスキルと化してしまったようだ。
「色々言ったが、あの状態が厄介である事に変わりはない。問題はアレをどう倒すかなんだ。いつまでも逃げ回る訳にはいかないし、リンの魔力にだって限りがある。アークらが強化されている時間も、もう数十分ってところだろう。向こうの変身時間にも制限があれば良かったんだが、どうやら期待するだけ無駄のようだ」
「なら、今のうちに私とアイで、接近戦を仕掛けちゃう?」
「それも手だが…… まずは、アレだろ」
鬼の形相を浮かべるラナの方へ視線を移し、何かを待つバルバロ。すると、それから数秒ほどして――― ラナと接する海、その全てが大爆発を引き起こした。巨体が僅かに宙に浮かび、直撃を受けた部位の肉片と血が辺りに撒き散らされる。
「ななな、何事ッ!?」
「サハギン達が攻撃を始めたんだ。設置できなかった分の機雷を、まとめて真下からぶつけたってところかね」
耳を澄ませば海の底より聞こえてくる(気がする)、“サハァァァ! ギィィンンッ!”という特徴的な鳴き声。更に海面から鋭利な何かが複数飛び出し、ラナの負傷部位に向かって突き刺さっていく。が、巨体が着水した瞬間、傷口は瞬く間に塞がってしまった。
「無■■駄■駄■■」
「え、ええっと…… やっぱり、効いてない感じ?」
「いいや、良い仕事をしてくれたよ。これであのクソ人魚の体内に、反撃の楔が打ち込まれた。やっぱり海底からの攻撃は良いね、ほぼ確で不意を打てる」
「うー、私もヴァーティカルシーキャノン改が撃てれば……!」
「そいつはまたの機会に取っておくんだね。さあ、転回するよ!」
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