第162話 弾丸包囲網
船の間近にまで迫ったラナは大きく飛び跳ね、宙よりダンジョン船の甲板を見下した。自慢の耳で予め目標を補足していたのか、直ぐに視線の先はバルバロへと定まる。
(思った通り、簡単に釣れたね。しっかし、間近で見ると尚更になんつう
この時の彼女の様子を、一体どう表現すれば良かっただろうか。悪魔、鬼、呪いの権化、何に例えるにしても、まずはその恐るべき形相に目が行ってしまうのは、まず間違いないだろう。解き放たれたプレッシャーは船を軋ませ、海をざわつかせる。この世に存在する負の感情、その全てが凝縮して、人魚の形に押し込んでいるように感じられたのは、きっと気のせいではない筈だ。何せ、この場に居合わせてしまった全員が、同時に同じ事を感じ取っていたのだから。
「ジモルはいつまでもジモルなの。歳なんて取らないし、
その目は血に染まり、まぶたがない為にギョロリとしたものだった。視線で射殺すほどに力強い、憎悪に塗れたものだった。負の感情は手に持つ大剣にまで伝わっているのか、何やら黒々としたオーラめいたものが刃に纏わりつき、明らかに危険な香りを醸し出している。間違いなく致命的な何かが起こる暗示、これもまた全員がそう予感する。
「そうかい、ならお前だけ死んどけ」
「「「「ゴッブ!」」」」
だが、こうなるのは最初から予想できていた事だ。故に、既に迎撃準備は終えている。船長であるバルバロを含め、甲板に居た戦闘員全員が拳銃を構え、その銃口をラナの方へと向けていたのだ。その全てはフリントロック式のもので、高価ではあるものの、この世界においても特段珍しい銃ではない。無論、そんな豆鉄砲に等しいものを放たれても、機雷の爆発をも耐えたラナには、痛くも痒くもないだろう。
―――ゾクリ。
しかし、それは飛び出したのが普通の弾丸であればの話だ。何十もの銃口を向けられたラナは、らしくもなく、背中に冷たいものを感じていた。まるで先の炎と氷の砲撃、アレに匹敵する何かを向けられているような、そんな予感が止まらない。そして、その予感は当たりを引いていた。
ダァンという発泡音が幾重にも重なり、空中にて無防備を晒しているラナへと凶弾が迫る。思わぬ予感に思考が削がれ、先手まで取られてしまったラナであるが、いつもの如くカウンターは取れるだろう。ダメージはくれてやる、その代わりに首を寄越せ。ラナはそう言わんばかりに黒きオーラを爆発させ、大剣を振るおうとするが……
「ちょっと! 私を忘れてもらっちゃ困るわねッ!」
「ッ!?」
大剣を持つ腕が動かない。その事実と共に声を方へと視線を向けると、
腕を拘束しての単純な力勝負による縛り。他でもないその鉄球により、弱体化効果を常に食らっている状態にあるアークだが、今はパーフェクトスムージーによるバフ効果も備わっている。どうやらこの状態における腕力は、ラナに若干分がある程度の差しかないようで、力による縛りの時間稼ぎは十分に可能であった。まあつまるところ、斬撃によるカウンターは失敗に終わり、弾丸の嵐がラナに降り注ぐ。
「ごお、あ゛ぎッ……!」
接触と同時に弾丸から炎と氷が炸裂し、再びラナの肉体に確かなダメージを刻んでいく。それは先の砲撃を小型化した同種の攻撃で、一発一発の威力は劣れど、それを補って余る弾数が一番の武器となっていた。
「そらそら、効果覿面だ! 撃て撃て撃てぇッ!」
「「「「ゴブゴブゴブッ!」」」」
人魚は海洋生物に分類されており、一般的に温度の変化に弱い種族だ。もちろん、ラナはそこらの人魚とは違う。砂漠だろうと雪山だろうと、大抵の環境には適応できてしまうだろう。だが、それでも弱点は弱点。業火の炎や絶対零度といった、大抵を逸脱した温度の変化までは適応し切れない。バルバロの言う通り、この攻撃は大変に有効であった。
これら有効打の火付け役、今回の戦いの為に用意された大砲と銃の弾にはクリスの炎を篭められた爆炎弾、そして『白腕』の宣教師ロックスの氷が篭められた爆氷弾の二種があり、それぞれのダンジョン船に大量に積まれていた。ただ人魚に有効なだけでなく、爆炎弾には純粋な超火力が備わっており、水中でも数秒間は燃え続けるほどに粘り強い。爆氷弾は威力こそ数段劣るものの、肉体だけでなく海上という人魚が好むこのフィールドをも氷で巻き込み、どこまでも動きを阻害していく。大砲の弾だけでなく銃の弾までこれらで揃えられたのは、クリス(時間の合間に鼻歌交じりに作成)とロックス(三徹して何とか作成)の魔法を操る高い実力があってこそだろう。
そんな苦労の末(?)に作成された銃弾がラナへとぶつかり、そのたびに赤と青が巻き起こる。空中に居たが故に踏ん張りも効かず、ラナはその爆風に押されて吹き飛ばされて行くしかない。もちろん、その際は相応のダメージもセットだ。
「うわ、痛そ」
縛っていた鎖をちゃっかりと外し、いつの間にか甲板へと戻っていたアークが、他人事のように呟く。恐らく、痛いで済まされる攻撃ではないのだが…… それでも尚、嵐は止まらない。
「よっしゃ! 追い砲撃も食らっとけぇ!」
「敵が向こうのダンジョン船から離れた! ブルローネのお姉ちゃんに合わせるぞ!」
船に搭載されている大砲は、現在、その全てが超魔導長重砲に置き換わっている。『遠隔操作』でそれら全てを一斉に操るブルローネが、ここぞとばかりに砲撃を開始。同時に、吹き飛ぶラナの向こう側にて控えていたもう一隻のダンジョン船より、トマが合わせるようにして砲撃を開始。大砲の弾による挟撃が見事に決まり、ラナは大爆発のサンドイッチに挟まれるのであった。
「おー、何か花火みてぇ。『根性』持ちの俺もアレには巻き込まれたくねぇな。つか、この大砲全部トマの坊主が撃ってんだろ? 一人でどうやって撃ってんの?」
「位置調整をする、撃つ、隣の大砲に走るを高速で繰り返してんでさぁ。弾詰めだけはゴブリン達に任せてはいますがね」
「ハハッ、何だその力業? まあ坊主の身体能力と体力なら、それも――― おい、下がれッ!」
それは唐突に飛来した。砲撃の爆発を食い破り、漆黒の斬撃がこの海域の四方八方にばら撒かれたのだ。赤と青の爆風は斬り刻まれ、母なる海を断絶し、その凶刃はダンジョン船にまで届かんとしていた。
「ウィル、斬撃が見辛いから海の色を元に戻してッ!」
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
アークの声に呼応して、海の色が黒から青へと切り替わる。すかさず、アークとアイが斬撃の迎撃に向かうも――― 今回のそれは、これまでのものとは規模が違い過ぎた。撃ち漏らした斬撃の一つが船を襲い、凄まじい衝撃が全体へと伝わっていく。
「クッ、流石にあの程度で死んじゃくれないか……! けど、沈んでないだけ御の字! 頭ぁ、補修は頼んだよ!」
船の斬撃を刻まれた箇所が、その傷痕を埋めるようにして次々に補修されていく。不自然極まりない現象だが、これもまたダンジョン故の特性の一つ。敵が船に乗り込んでいない限り、ダンジョン内の配置は自由に変化させる事ができる、その応用であった。
「ごめん、全部はさばけなかった!」
「何言ってんだ、上々の迎撃だろ。それよりも―――」
前を見据え、耳を澄ます。すると、それは聞こえて来た。
「皆■■で■■殺し■■■殺■で■■■しで■」
海の底より出でる、呪詛に塗れた女の声が。
「―――どうやら、こっからが本番のようだ。腹ぁくくりな……!」
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