第161話 クリティカルヒット
被弾と同時に轟く爆音。飛来した砲弾は寸分違わずにラナへ衝突し、その効力を十全に発揮させていた。一方は真っ赤な炎が絶えず燃え盛り、海の上という悪条件に構わず火力を叩き出し、もう一方は爆発と同時に氷の刃が弾け、周囲一帯を氷漬けにしている。炎と氷、本来は相容れないもの同士であるが、この時だけはなぜか互いを阻害せず、敵を倒すという共通の目的へと邁進。機雷地帯を突破したその瞬間の歓迎がこれなのだから、一応の生物に分類されるラナも多少は堪えている様子だ。
「野蛮人共めぇ、遂に見つけましたよぉぉ!? ジモルはどこですぅぅぅ!? まあ、ともあれ――― その首、頂戴します」
未だ炎に焼かれ、肉体の一部と接している海面部を凍結状態にさせられているラナであったが、砲撃を受ける同タイミングにある事を行っていた。ハルパ侵攻の際に同国の兵士騎士、はたまた大公にまで向けた凶刃、正確無比なる飛ぶ斬撃である。
「おい、ヤバそうなのが来てるよ! 何とかしなッ!」
「レディ、迎撃の用意を」
砲撃を行った二隻の漆黒船、その船長であるバルバロとゴブイチが迫り来る悪意を察知。そして、その声に応じて動き出したのが―――
「へえ、この距離で届かせるのね! でも、流石にそれは食えないわ!」
「レディ呼びすんじゃねぇよ! 俺ぁそんなお淑やかじゃねぇからなぁッ!」
―――
「むんっ!」
「おらぁぁぁッ!」
バルバロが指揮するダンジョン船にて、自身を呪う鉄球を投じるアーク。そしてゴブイチが指揮するダンジョン船では、由緒正しき聖女のメリケンをその手に装着したアイが、飛来する斬撃へと飛び込んでいた。双方は砲手の下へと向かう斬撃を先の戦術にて迎撃、無敵の耐久値を誇る鉄球は斬撃を四散させ、メリケンもまた斬撃を吹き飛ばす事に成功する。
「いってぇぇ!?」
「まあ、斬撃を直接殴ればそうなりますわな。おい、レディに手当を」
「ゴブ!」
「ア、アイお姉ちゃん大丈夫か!? いつもの舐めときゃ治るタイプの傷か!?」
「づうう、傷自体は深くねぇんだが、何か芯に響くっつうか…… つか、レディじゃねぇっての!」
が、アイの方は少なくないダメージを負ってしまったようだ。当然と言えば当然である。
「おおっ、アタシ無事!? アーク、やるじゃん!」
「フフン、当然よ! まっ、今ので鉄球が壊れてくれれば、それはそれでラッキーだったんだけど」
「そうなったらアタシがやばいって!?」
「無駄にくっちゃべってんじゃないよ! ほら、次弾装填!」
「あいあい!」
鉄球が斬撃に対して完全に有効であった事が判明し、アークは少し残念がっていた。
とまあ、どちらも船が賑やかな辺り、チームワークに問題はないようだ。
―――ダァンダァーーーン!
二対の砲撃音が再び鳴り響く。同時に、ラナはそれを明確な脅威として認識し始めていた。故に、トランス状態になっていたジモル脳な頭も、一旦冷静さを取り戻す。
(先の金属ウニよりも、恐らくはこちらの方が脅威。接触は避けましょう)
新たに迫った砲弾に斬撃を浴びせ、空中にて爆発させながら、今後どうするべきかを考える。その間もこの場に留まる道理はない為、凍った海を人魚の尾で叩き割り、取り合えずの直進を再開。普通の船が相手であれば、この時点でラナに追いつく事は不可能になってしまうのだが、今回の相手は超高速での移動を得意とするダンジョン船だ。二隻ともギリギリではあるが、ラナの速度に追いついていた。更には高速での移動中にもかかわらず、その間の砲撃も正確に放ってきている。その度にラナがカウンターの斬撃を飛ばすも、やはり先と同じ方法で無力化され、砲手の首を狩るには至らなかった。
(……なるほど、これまでの有象無象とは違うようですね。そして装填のペース、砲台を微調整する際の音の癖からして、この攻撃は同じ砲手によるもの――― と言いますか、先の会話内容の通りなのでしょう)
現在進行形で砲弾がラナに届いているが、実際の距離としては、遥かに遠いところに船は位置している。それこそ、視界に収めるのがやっとの距離感だろう。が、ラナは船内で行われている会話から微妙な動作の音まで、船で発生している全ての音を正確に聴き分けていた。水中における彼女の『可聴域』は、陸の上とは比較にならないほどに効果範囲が広がっているのだ。度々ジモル関連のトランス状態に陥ってしまう為、その力を常に発揮できているとはとても言えないが、強力な能力である事に変わりはない。現に今、それぞれのダンジョン船に何名所属しているか、誰が船のどこに位置しているかなど、ラナは完全に把握している状態にあった。
(人間とモンスターの混合部隊とは、何とも珍しいものです。まあ蛮族らしいとも言えますが、実力は確か。このままジモルの下へ急いでも、いつまでも追って来そうな予感がします。面倒事は感動の再会前に、全て済ませてしまった方がスマートでしょうね。私としても、お化粧を直す時間がほしいですし…… となれば、まずはどちらの船から潰すか、その選択を迫られる訳ですが、やはり
ジモル脳が再発し、一瞬でそれまでの冷静さを霧散させてしまうラナ。こうなってしまった彼女に、最早『可聴域』は何の意味も成さない。猫に小判、豚に真珠と丸っきり同義だ。何せいくら耳が良くとも、脳が情報を取り入れようとしないのだから。
この状況はバルバロらにとっては朗報…… とも一概には言えなかった。攻撃を意に介さず、ジモルが居ると妄想している海賊島に向かってただただ突貫されるのも、状況的にはよろしくないのだ。もちろん本拠地側にも迎撃用の用意はあるが、ベストは島から離れたこの海域にて、ラナを仕留める事なのである。 ……だからこそ、バルバロは意図して彼女にとっての禁句を口にする事にした。
「おい人魚、一体どこに行くつもりだい? ジモルのクソ野郎に用があるのなら、まずはアタシに挨拶しとくんだね。あいつの汚ぇもんを潰してやった、このアタシにね」
「……あ゛?」
バルバロの声は決して大きなものではなかった。ただただ嫌味ったらしく、そして海賊らしく口にした、声量としては普通の言葉だ。だが、その声はラナの心に確かに届いていた。届いた上で、殺意の火を灯してしまった。一周回ったジモル脳も怒りの余り冷静さを取り戻し、氷の如きクリアな思考へと転換。破けた皮膚の上に火傷と凍傷を負ったラナの鬼の形相が、そしてその視線がバルバロへと注がれる。
(ハッ、情報通りの耳の良さって訳か。にしても、人魚がして良い顔じゃないねぇ)
超魔導の単眼鏡を覗きながら、バルバロが更に言葉を続ける。
「おっと、反応したか。そんなに大事だったのかい、アレ? アンタと違ってアタシは鬼じゃない。それが欲しいってんなら、返してやらない事もないよ? まあ今頃腐って朽ち果てているかもだが、元が元なだけに大した違いはないだろ。ククッ、どうした? 早く取りに来なよ? 愛しの彼氏をこれ以上待たせたら、更に発酵が進んじまうってもんさね」
ラナの頭から、何かがブチ切れる音がした。ラナの居たその海から、何かが爆発するような音がした。
「貴女、何を言っているの? ジモルは不滅よ、永遠なの」
気が付けば、ダンジョン船の間近にまでラナが迫っていた。
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