第158話 海賊連合

 ジークからの緊急連絡、それは俺達にとって死活問題となるものだった。人魚が襲来するであろう日取りが急速に早まってしまい、今にもキアスプーン大陸を抜け出して、海に辿り着こうとしていると言うのだ。おいおい、人魚は陸の上では鈍足だった筈なんじゃ? なんて前提条件を確認しようとしたら、その前にハルパという国のやらかしを説明される。


 ……何でそんな事をしたかなぁ? いや、相当追い詰められての行動だって事は分かるし、よっぽどラヴァーズに恨みがあったって事も理解できる。ヘッドハンティングをされまくったら、そりゃあ敵意むき出しになっちゃうよな。俺もその立場だったら、泣くに泣けなくなると思うし…… あれ? 何かハルパに感情移入できちゃう? そんな状況じゃ、大人しく通せって方がおかしく思えてしまうもん。いやはや、これは如何ともし難い出来事だったのかもしれん。


 が、やらかしはやらかし、予定が大いに狂ってしまった。ハルパに同情している暇がないほどに、大急ぎで迎撃準備を整えなければならない。鹵獲するつもりだった先の不審船も捨て置き、今は拠点に全力帰還中。バルバロが指揮するダンジョン船も、こちらと同じく全力帰還中だ。


「クリス、用意は!?」

「万端です!」


 港への到着と同時に、人員の再配置を実施。対人魚用の装備に切り替え、予め用意しておいたブツを船に搭載する。非戦闘員はシェルターに移動してもらい――― 兎に角、全てを大急ぎで行わなければならない!


「ジークも最速でこちらに向かうって話だが、恐らくは人魚の襲来の方が早い! って事で、近接戦になった最悪の場合は頼んだぞ、二人とも!」

「任せなさいよ。まっ、予期しないタイミングだったけど、お昼時じゃなかったのはラッキーだったわ。お陰でそこそこお腹が減っているもの!」

「へへっ、俺の初陣がこんあ派手な戦場になるなんてな! あー、身分のねぇ生き方ってのは良いよな。何の憂いもなく前線に出られるんだからよぉ……!」


 そう話している間にも腹の音を鳴らしているアークと、何か凄いピキピキってるアイ。流石は戦闘のプロと言うべきか、この唐突な事態でもいつも通りだ。そしてある意味、二人は今回の戦いにおける皆の命綱だ。本当に頼りにさせて頂く……!


「サハギン衆、自分が持つもん間違えたらあかんでぇ! ワイらの働き如何で戦況が変わるんや、気ぃ引き締めやぁッ!」

「サハァァァ!」

「ギィィンンッ!」

「ハギン、そっちも順調そうだな。けど、間違っても―――」

「―――間違っても水中戦を挑もうとするな、やろ? 分かってんねん、ワイかて部下を死なせたかない。ほんでもって、ワイの主戦場は戦闘後の商いや! そこで一番の成果を出す為にも、部下共々絶対に生き残るでぇ!」


 ハギン達も問題なさそうだ。今回の戦いでハギン達が銛を使う事はないが、それでも重要な役割を担っている事に変わりはない。行動範囲的に人魚と相対しないとは思うが、海中は今戦闘における最も危険な場所と言えるので、その辺りも注視していかないと。


「……ッ! ウィ、ウィル様!」

「クッ、もうか!?」


 ジェーンの悲鳴染みた叫びを耳にして、遂にその時が来た事を理解する。おいおい、もっとゆっくりしていけよ、人魚さんよ……!



    ◇    ◇    ◇    



 ウィルらが海賊島で準備を押し進めるその一方、そこから東に離れた海域では、とある船団が西へと進んでいた。


「クックック、壮観な眺めだぜぇ。気分はさながら、フック腕のネロ・ネバーランドってか?」


 船団を構成する十三隻の木造船、その中でもひと際大きな船の甲板にて、一人の男が軽快に踊っていた。踊るとは言っても、その様子は何とも面妖――― 否、大変にオリジナリティ溢れるもので、なかなか他では目にできないであろうものだ。まあそんな踊りはさて置き、船の帆に記された海賊旗と同じ海賊帽子を被っている事から、この船が海賊船であり、この男が船の船長である事が察せられる。


「船長、その辺りの床脆くなってんで、踏み抜かないでくださいよ? あと、そろそろ目的の海域に入りますぜ?」

「そうか。そんな事より、今の俺って輝いてないか? いつもより足さばきにキレがあると思うんだが? ホッ! ハッ!」

「あー…… 独自性はいつもより増してんじゃねぇすかね? んな事よりも、得物をちゃんと携帯しといてくださいよ。いつ何が起こるかも分からねぇんすから」


 未だに不思議な踊りを続ける船長に対し、手下がカトラスを放り投げる。カトラスは柄の先になぜかフックを取り付けられており、こちらも大変にオリジナリティに富んでいた。


「おーおー、すまねぇな! 俺の愛しのフックカトラス、今日もよろしく頼むぜぇ!」

「そのフック、普通に邪魔じゃないんすか?」

「邪魔な訳あるか! これ、ぜってぇ必要な要素だから! いつかフック腕になりてぇと願っていた俺だが、どうにも片腕を失う機会に恵まれなくてよぉ。自分でぶった斬るのもアレだったし、別方向でフックの魅力を追求していった結果、このナイスなデザインに落ち着いたって訳よ! 分かるぅ、この魅力ぅ!?」

「いや、全然分かんねぇっす」


 手下はどこまでも興味なさ気である。


「俺は昔っからフック腕のネロ・ネバーランドに憧れていたんだ。在りし日のネロが率いていたように、今日の俺は大艦隊を率いている! その事実が俺を喜びのダンスに誘うって訳よ! 分かるぅ、この情熱ぅ!?」

「いや、それも全然。つか船長、ネロの艦隊っつうと五十隻以上はあったんすよね? 十三隻じゃ半分にも満たないんじゃ? そもそも、俺らの船はこれだけで、他の船は今日の為に連合を組んだ、他海賊の船―――」

「―――だぁーらっしゃい! そういう気分なの! そういう気分でいたいのッ!」


 ネロ・ネバーランド、かつて北方の海賊伝説にて名を連ねた、大艦隊の海賊提督である。どうやらこの船長はネロに憧れるがあまり、自らの愛剣にフックと取り付け、本来商売敵である筈の他海賊団と手を結んでまで、この船団を組織したらしい。


「フッ、万年中堅どころと評価されがちな俺達だが、十三もの海賊団が力を集えば、単純計算で十三倍の力を発揮できるってもんよ。蒼髑髏が相手だろうと、もう怖くねぇ! 数の暴力ってもんを教えてやるよ!」

「あれ? 今回の相手って幽霊船なんじゃ? 蒼髑髏の海賊団もそいつに負けたって、そう噂になっていたような……」

「ば、馬鹿ッ! 幽霊船なんてある筈がないだろうがッ! 滅多な事を口にするんじゃねぇッ! そんなあり得ない噂を隠れ蓑にして、バルバロがこの辺りにお宝を隠したに決まってんだよ!」

「いや、どの国もその幽霊船に対して賞金を―――」

「―――ホント馬鹿! 何で俺のダンスには興味ねぇ癖に、こんな事にはいちいち指摘すんの!? 嫌がらせ!? 嫌がらせなの!?」

「……船長、もしかして幽霊が怖いんじゃ?」

「フフフ、フゥーハッハッハッハ! 言うに事欠いて、そんな妄言口にしちゃう!? おおお、おいおいおいおい、俺っち偉大なるネロに憧れる海の男よ? 幽霊とか怖い筈ないし? むしろ、この世にそんなものが存在しないって事を証明する為に、ここに来たまであるし?」

「声めっちゃ震えてるじゃないっすか…… 仮に幽霊船の噂が嘘で、相手があのバルバロだったとして、ビビらずに戦えるすか、船長? いつものように後方でただただダンスられても困りますよ?」

「お前さぁ、本当にさぁ! 俺がビビる? ないない、それはない! バルバロが何だっての? 目じゃない目じゃない、あんなの俺の目じゃないって。俺が恐れ憧れる男はネロただ一人! 目が少~し良いだけのテキーラ・サズや、ちょっと顔が良いだけのジモル・バッフォルが相手だったとしても、俺なら楽勝で勝っていたね!」

「うわ、大言壮語が過ぎる~」

「……今、ジモルの事を馬鹿にしましたよね?」

「お前、またそんな事を――― ん?」


 どこからか、聞き覚えのない美声が聞こえた気がした。

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