第156話 襲来は突然に

 人魚の予測襲来日が着々と迫る中、俺達は黙々と準備を進めていた。あ、いや、誰も黙っていないから、黙々ってのは嘘か。蝶々と準備を進めていた。うん、こっちの方がしっくりくる。


「よっと」


 本日何十個目かとなる仕掛けを海中に落とし、一息つく。陸の上も良いが、海の上はやはり落ち着く。潮風をダイレクトに浴びるってのは、贅沢な事だよな。ああ、ビバ野外労働。まあ、ゴブリンオフィサー達の仕事振りには到底敵わないんですけどね。


「提督、今ので今回載せてきた仕掛けは最後でさぁ。さっ、こいつで一服どうですかい?」

「おっ、悪いなゴブイチ。一本頂くわ」


 ゴブイチから差し出された葉巻型無限干物を貰い、共に一服する。ハムハム…… ふう、口の中いっぱいに浜風を感じるぜ。


「しかし、今回の仕掛けは本当に意味があるんで? 提督を疑う訳じゃないですが、吾輩ならこんなあからさまな罠は避けますぜ?」

「ハハッ、本当にあからさまだもんな」


 人魚の予想進行方向、そのライン上の海を眺めながら、ゴブイチの言葉に同意する。そこには何十もの球形金属がプカプカと海に浮かんでおり、何とも気持ち良さ気だ。この球形金属は海面に浮かぶタイプだけでなく、海中に沈むタイプも設置している訳だが…… まあ、それなりに悪目立ちしているんだな、これが。


「でもほら、海を黒い状態にしたら、殆ど見えなくなるだろ? まあそれ以前に、たとえ見えていても一切構わずに突っ込んで来るだろうけど」


 ジークからの経過報告を聞くに、こちらに向かって来ている人魚は相変わらず突貫&突貫スタイルであるとの事だ。現在位置はキアスプーン大陸の中心部を進行中、そこまでに至る経路で城を正面からぶち破ったとか、禁足地に指定されている凶悪モンスターの巣を全壊させたとか、武勇伝には事欠かない。ホント、やりたい放題をかましているようだ。


 その一方で事前に聞いていた通り、ジークは被害が最小限になるよう奮闘中。そのお陰で人的被害を免れた国もあれば、警告を無視して打って出てしまい、壊滅的な被害を被った国もあるんだとか。国の威信をかけた防衛、しかし人魚には傷ひとつ付けられず――― こう言っては何だが、一国の軍隊程度では、僅かな時間稼ぎにしかならなかったそうだ。被害が被害なだけに、それら知らせは大陸中を駆け巡り、人魚は災厄に等しい存在として認識されつつある。恥も外聞も全くの無視、悪目立ちする事を一切気にしていないようだな。


 ただ不幸中の幸いと言うべきか、ジークの居る神皇国ラヴァーズは人魚の進行経路に面しておらず、このまま行けば特に問題も起こらないだろうとの事だ。また人魚は相手から攻撃されない限り、自ら襲い掛かってくる事もないようで、これでも想定より少ない被害で済んでいるらしい。流石のジークも単独で事を構える気はないとの事で、この点については心から安堵しているようだった。


「通常の歩く程度の速度でゆっくりと、だが進む方向は微塵も曲げる事なく着実に。海に入ればギアが上がるだろうが、基本的な性質に変わりはない。そんな鋼の信念を有する人魚は、必ずこのルートを通るだろう…… と、思う」

「最後の最後で弱気になりましたな」

「いや、だって物事に絶対はないし……」


 無論、仕掛けはこれだけじゃないが、通ってもらわないと俺の心労や皆の士気に影響すると言いますか。折角だし通ってほしいなぁ、通ってもらわないと困るなぁ。そんな風に心配する毎日です。


「考えたんだけどさ、人魚は何かしらの制約を自分に課しているじゃないかな? ほら、ジークの『秩序』みたいな感じで。バルバロ曰く、昔はそこまで強くなかったらしいし、それが理由であるとすれば、理不尽な強さにも納得がいく――― かは別にして、多少は理解ができるだろ?」

「ふうむ、制約…… 吾輩が思うに、彼女がそんな枷に縛られるようなタマとは、とても思えませんがねぇ」

「と言うと?」

「いえ、特に理由はありやせん。ただただ想いにのみ生きているのだと、そう感じたまでで。まあ、単なる勘でさぁ」

「勘かよ。ゴブイチ、お前までアークみたいな事を――― いや、でも何かそんな気もするなぁ」


 人魚の言動を顧みるに、完全にヤンデレのそれだ。しかも俺達に対してはデレがないから、もう単なるヤンである。


「ハァ、嫌になるなぁ…… っと、そろそろ時間か。考察するのも有意義だが、まずは間近の問題を解決しないとな」


 立ち上がると同時にメニューを起動、ダンジョン船の周囲一帯の海を黒へと変色させる。


「ああ、ジェーンのお嬢さんから連絡があったんでしたな。何でも、また・・不審船が侵入したんだとか」

「そうなんだよ、またなんだよ……」


 ここ最近、結構な頻度でこの海域に近付く船が現れ続けている。何でもフォークロア大陸の国々に海賊として、と言うよりも幽霊船として賞金首にされてしまったようで、その賞金狙いのハンターが度々やって来ているんだ。あと、普通に海賊船の場合も多々ある。これはひっ捕らえた奴らに吐かせた情報なんだが、大海賊バルバロがこの辺りで姿を暗ました事から、この海域には何かがある! と、そんな風に怪しんでいる同業者が多いんだそうだ。要は海賊の宝狙いの連中だな。


 まあ、俺達は来る者を拒まず迎撃するってスタンスだから、それはそれで構わないんだが…… 時期が悪い。さっきも言ったが、今は対人魚戦に備えての準備期間。折角仕掛けた罠がそいつらに発動してもらっても困るのだ。その為、ジェーンがいつもより頻繁にサーチして、余裕を持って迎撃する必要があって――― まあ、これが結構な労力になっていて、正直面倒なんだ。


「敵の射程外から一方的に沈めてしまうのが手っ取り早いけど、それだと本当に何の収益にもならないからな。いつものように無力化した上で御用改め、船内の諸々を頂いてしまおう。ゴブイチ、できるな?」

「イエス・サー。このゴブイチ、船と船員、その全てを無傷のままやり遂げて見せやしょう」

「期待して――― ん、バルバロからのメールだ。 ……へえ、“その獲物、アタシが先に貰う”、だってさ」

「フッ、どうもうちのお嬢さん方は、喧嘩っ早いもんが多い。困ったもんでさぁ」

「はははは、完全にライバル視されているからな、ゴブイチは。しかし、バルバロの船も一緒か…… 油断している訳じゃないが、過剰戦力になりそうだなぁ」


 モルクの私設大艦隊、バルバロの潜水艦隊、ラヴァーズの近代魔導艦隊とこれまでに刃を交え、その全てに勝利、その度に強化されてきたのが、我らがダンジョン船だ。船の性能アップに攻撃手段の充実、船を操る船員達の能力向上、優秀な指揮官が配置されるなど、今や歴戦の勇士ならぬ歴船の雄姿に見えるまでに至っている。何度自慢してもし足りない、それくらいに自慢の船なのだ。


 しかし、ここ最近の敵船の質は…… ぶっちゃけ、イカダで海を漂っていた時期に出遭った、あの奴隷船レベルのものが殆どだ。大砲を積んでいても、腕が悪いのか大砲の質が悪いのか、どこを狙って撃ってんだって砲撃しかしてこないし、そこに乗船している船員の質も酷いとしか言えない。漆黒の海を突き進んで来るその度胸だけは凄いのだが、本当に他がなぁ…… と、溜息ものである。


「俺達の噂を少しでも耳にしているのなら、もっと万全を期して臨んでほしいんだが……」

「提督、そいつはあんまりです。相手は自らの力量を弁えず、一攫千金の夢ばかりを追う者ばかり。そこまでを期待するのは酷というものでさぁ」

「それでもなぁ……」


 人魚戦を控えた今、あまり楽な戦いばかりを続けるのも、正直どうなのかと思ってしまう。が、そんな相手でも攻めて来るのだから仕方がない。俺達は俺達で、海賊流の歓迎をするしかないか。


 ―――テレタラテレレレダァンデェンデレレテェーン♪


 不意にポケットの方から、軽快な音楽が鳴り響いた。これは魔導電話の着信音、つまりはジークからの連絡だ。この時間にかけてくるのは珍しいな。何か緊急の要件だろうか。


「もしもし? ジーク、何かあった―――」

『ウィル、緊急事態だ! 人魚が海に辿り着いてしまった!』


 ……はい?

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