第155話 最強の夢
先のマッスルドリンク(仮)は人間にのみ効果を発揮させる、超の付く健康飲料であった。種族的な縛りこそあるものの、その効力に一見の価値がある事に変わりはない。そんなドリンクの可能性について更なる追及をする為、翌日、俺は街の外にある鍛錬場へと向かう事にした。
「あっ、キャプテン! もう、昨日はどこに行っていたのさ? 俺、メールを受け取ってから、ずっとキャプテンを捜していたんだよ? 魔導電話だっけ? そんな面白そうなやつがあるのなら、俺も試してみたい!」
到着すると、早速トマの姿を発見。軽く汗を流しているところを見るに、誰かと特訓でもしていたのかな? いやまあ、この時間はアークが希望者に戦闘の指導をしている為、少なくともアークが居る事は確定しているんだが。
「すまんすまん、あの後直ぐに席を外しちゃってさ。ところで、今日は誰が来てる?」
「今はアークのお姉ちゃんとアイのお姉ちゃんが居るよ」
「ん? アイも居るのか?」
「うん、朝からずっと! 少し前までゴブさん達も居たんだけど、今は危ないから避難してもらってる感じかな」
「危ないって、一体何が―――」
俺がそう問いかけようとした、その次の瞬間の事である。一陣の風が、いや、そう思わせるほどの強大なプレッシャーが、俺の体を通り過ぎて行った。
―――ズゥガガガガガガガァン!
次いで聞こえてきたのは、削岩機の騒音の如き打撃音(?)であった。一体何が起こっているのか、この時点である程度の予想はできた。が、それはそれとして正直怖いので、恐る恐るといった様子で鍛錬場の中を覗く俺。
「アイ、やるじゃないの! 剣闘士をやっていた時にも、ううん、世界中を巡っていた時にも、私とこんなに殴り合える奴なんて他に居なかったわ! やるわねッ!」
「アーク、てめぇこそ! 俺が世界中から見繕った歴代宣教師共にも、こんだけ重い拳を振るえる奴は居なかったぜ!? 嬉しいぜ、こんだけ派手なステゴロをやれるなんてよぉぉぉ!」
「………」
俺、昨日のリンの如く、入口で固まってしまう。いやー、場所が場所なだけに、模擬戦をやるのはおかしくないと思うよ? けどさ、本気の本気で殴り合ってるじゃん、あの二人。当たり前みたいに顔面にも攻撃を入れているし、その度に物凄い音と衝撃波が届くし、それなのにどっちも笑顔だし――― 怖いよ!? うん、普通に怖いからね、君ら!?
「え、ええっと…… トマ? あの二人、ずっとあんな感じなの?」
「うん、波長が合う? とか何とかで、よくあんな感じで稽古をしてるよ? 今までアークの姉ちゃんと対等にやり合える相手がいなかったから、最近はイキイキしてるって言うか、楽しそう? うん、楽しそう! ほら、二人ともすっごい笑顔なんだ!」
「いや、うん、確かに笑顔ではあるんだが……」
愉快そうに血反吐を吐きながらの笑顔って、もう狂気だと思うんですよ。と言うかトマ、何でこれが当たり前! みたいな感じで受け入れてんの? アークに指導してもらう為によくここに通っている事は知っていたけど、通い過ぎて毒されてない? あのバトルジャンキー共に毒されてない?
「クッ、トマの未来が心配だ……!」
「ええっ、何で!?」
「あら、誰かの気配があると思えば、ウィルじゃないの。
「ようヘッド、挨拶が遅れてわりぃな! こいつと殺り合うと、つい時間を忘れちまってよ!」
模擬戦がひと段落したのか、アークとアイがこちらに気付いたようだ。双方とも実に爽やかそうに言っているが、その、顔はもう血塗れでして…… 何でそんな状態で笑顔なの?
「お、おい、二人とも大丈夫なのか? 血がドクドクってるぞ?」
「え? ああ、まあ本気でバトった後だしね。舐めときゃ治るんじゃない、そのうち?」
「だなー。まっ、このくれぇで死ぬ俺らじゃねぇし、そんな心配すんなって!」
「「ハッハッハ!」」
「やっぱすげーな、お姉ちゃん達!」
トマよ、憧れたらあかん。今ならまだ間に合うから、全力で引き返しなさい。
「自然治癒を過信するのも如何なものかと思うんだが…… と言うかさ、アイは回復魔法が使えた筈だろ? せてめそれも使ってくれよ」
「甘いぜ、ヘッド? 俺の今のMP残量じゃ、満足に怪我を治す事なんて夢のまた夢! この程度の怪我でいちいち使ってたら、即スッカラカンだ! フフン!」
な、なぜにそんな自慢気なんだ? いや、まあある意味でタイミングが良かったとも言えるが、二人の日常が純粋に心配になってきたぞ……
「そ、そうか。実はだな、アークとアイに是非とも試してもらいたいものがあるんだ。今日はそれを持ってきた」
「え、何々? 新しい武器?」
「メリケンか? バットか? それとも、でけぇ十字架か?」
「……このドリンクなんだけど」
何とも言えない気持ちになりつつも、マッスルドリンク(仮)の説明をする。
「へえ! そんなに凄い飲み物なの、これ!?」
「正に今の俺達に打って付けじゃねぇか。クリスが作ったってぇ事は、味も良いんだろ?」
「キャプテン、俺も俺も! 俺も飲んでみたい!」
「焦るな焦るな、ちゃんと用意してあるから。さっきも言った通り特別な効果は人間限定だから、獣人のトマにはただ究極美味しい! ってだけのジュースなんだけどな」
「究極美味しい時点で、普通じゃないと思う!」
「……確かに!」
ともあれ、ゴクゴクと飲み始めるアーク達。
「「………」」
「うわっ、想像以上に美味い! 飲み物なのにジューシーで、味が濃いのに喉越し爽やか! これで回復できるのなら、俺、いくらでも飲めそう――― って、お姉ちゃん達?」
全く動かなくなったアーク達を前に、トマが不安そうな顔を作る。
「心配するな。今、二人は夢の中だ」
「ええっ!? こ、こんな瞬間的に眠っちゃうものなの!?」
「何事かと思っちゃうよな。けど、俺の時もそうだったんだ。でもって、そろそろ―――」
「「ハッ……!?」」
「―――うん、目覚めた」
睡眠状態で停止するのは数秒だけ、そしてもうこの時点で怪我も治っている筈だが…… よし、血の痕はそのままだけど、流血自体は完全に止まっているな。さて、二人の調子は如何なものだろうか。
「私、さっき人魚をぶっ飛ばしたわ! タイマンで!」
「レディースの全国トップに立った、だと……? 馬鹿な、そいつは夢半ばで破れた筈の……!」
ん? 何か俺の時と夢の内容が違う? もしかして、必ずしもマッソーになる夢って訳じゃないのか? うーん、あるとすれば自分が思い描く最強になる夢を見るとか、そんな感じ……? しかし、そうなるとアイの言ったレディースとかけ離れてしまうか。あれだろ、それってレディースファッションとかの意味だろ? アイの奴、前世は全国コンテストの優勝を目指す、お洒落さんだったのかもしれないな。まあ、そういう知識が皆無だから、実際にあるのか定かじゃないけど…… っと、話が逸れてしまった。
「二人とも、調子はどうだ?」
「頗る良いわねッ! 良い夢見れて気分爽快だし、力も漲りまくっているわ!」
「ッチ、夢については何とも言えねぇが…… まあ、調子は良い感じかな。アーク、もう一度付き合えよ。今ならてめぇの鋼鉄の歯をへし折ってやれそうだ」
「あら、私から誘おうと思ったのに、言ってくれるじゃないの。じゃ、私は貴女の鋼鉄の拳を粉砕してあげようかしら?」
「面白ぇ……!」
「お、おい、お前ら……」
「「覚悟ッ!」」
こうして再開されてしまった二人の模擬戦。その激しさは先の比ではなく、本気で生命の危機を感じてしまうほどであった。何で拳をぶつけ合うたびに、金属音が奏でられるんですかねぇ? 鋼? 鋼の肉体のお持ちなの?
で、そんなこんなの調査の結果、ドリンクの強化効果は俺の時同様、一時間ほど続く事が分かった。しっかりと強化が施され、効果時間も個人差が殆どない為、十分実戦に使用できそうだ。
……けど、そんな調子で一時間もバトられてしまった代償に、鍛錬場が全壊しちゃった訳でして。まったく、血の気の多い仲間達だよ、ハッハッハ! ……二人とも、次の争奪戦では絶対活躍してもらうからなぁ。
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