第152話 預言者

 ウィルらが島のダンジョン化を進めるその一方、有休を終えたジークはその足でラヴァーズへと戻っていた。目指すはラヴァーズ教の上層部、その中でもごく僅かの者しか入る事のできない聖地中の聖地、ラヴァーズ宮殿の奥深くである。


「おや、待たせてしまったかな?」

「いえ、まだ約束の時間まで五分あります。私はここで考え事をしていただけですので、どうかお気になさらず」


 小部屋でジークを待っていたのは、まだ幼さの残る顔をした一人の少女であった。ふわりとした桃色の髪をベールから覗かせ、少し眠た気な目をしているが、どこか神秘的な雰囲気を晒している。先代の聖女衣装を身に纏っている事から、現在の彼女の地位が窺い知れるだろう。


「交渉は上手くいきましたか?」

「上々だよ。『預言者』殿、そちらの調子は? 察するに、いつものように忙しかったようだけど?」

「宣教師の二つ名ではなく、ティヘラ・ラヴァーズとお呼びください。私はもう二代目聖女を襲名したのですから」

「っと、これは失礼した」

「重ねて、お気になさらず。さて、まだ時間前ですが…… 早速本題に入っても?」

「もちろん」


 そう返事をすると共に、ジークがティヘラの向かいに座る。


「例の人物ですが、蛇行から行動方針を一転させました。モズ王国の山間部、そこへ入ったタイミングで直進を開始。今も迷う事なく前進を続けています」

「何とも不気味な動き方だね。向かっている先は?」

「恐らく、ジーク様のバカンス先だった場所かと」

「あらら、それはそれは…… 嗅ぎ付けられてしまったと、そう考えた方が良さそうかな? 私を無視してそちらに向かうのには、少し思うところがあるけれど。で、今の速度はどれくらい? 前の報告じゃ、容易に逃げられるくらいに鈍足だって話だったけど」

「変わらずです。急がず焦らず、至って普通に歩く程度の速度で進んでいます。ただ、それは地上に限っての話。ベナイフ大陸からこのキアスプーン大陸に渡る際、彼女はあの重々しい大剣を携えたまま海に入ったのですが…… それ以降の移動速度は驚愕の一言でした。恐らく水中に限れば、如何なる船、どのような水生生物よりも圧倒的に速いです」

「そんなに?」

「事実、一時間も掛からずに海域を渡り終えていますから」

「……予想はしていたけど、また随分だなぁ」


 ベナイフ大陸、キアスプーン大陸間の海域には、凶悪なモンスターが出現する魔のゾーンが存在している。その海をよく知る船乗りなどは、必ずそこを避けて航行するものだ。が、どうも彼女には関係なかったようで、それらモンスターを脅威として認識すらしていなかったとの事だ。


「直進のまま、すれ違いざまに一閃。長らく魔のゾーンの主とされていた巨大海竜も、同様の方法で討伐されています。陸の上での戦果も大概でしたが、海の中だと更に災害染みていますね」

「たまらないよね。正直、陸の上でも勝てるかどうか…… と言うか、よくそんな相手を追跡できたね? 振り切られなかったの?」

「空を舞う『旅鴉』にとって、陸の上と海の上に大した差はありませんので。ハシラノ大陸からベナイフ大陸に急行させ、そのまま追跡任務を続行できるだけの持続力もあります」

「ほほう、それもそれも…… 前にも言ったと思うけど、やはり宣教師の方々は優秀な人材が集まっておられる。アイ殿の慧眼には驚かされるばかりだ」

「そんな我々を一蹴してしまったのが、私の目の前にいらっしゃるジーク様な訳ですが。世界最速を自負していた『旅鴉』も、あの一件以来、すっかり謙虚になってしまいましたよ。まあ私としては、今の方が好ましいのですが」


 自信過剰気味でしたしね、と付け加えるティヘラ。ジークに一蹴されたのは彼女も同様の筈だが、その点に関しては特に気にしていないようだ。


「気にする必要がありません。そもそも私、戦闘向きの能力じゃありませんから」

「え? 突然どうしたの?」

「……重ねて重ねて、お気になさらず。それはさて置き、これまでの動向を纏めます。災厄はキアスプーン大陸に上陸後、暫く辺りを徘徊した後にモズ王国の山間部に侵入。そこで何かしらの影響を受け、現在は例の場所へ一直線に向かっているところです。先の通り陸上では鈍足ですので、大陸の横断には暫く時間が掛かるでしょう。ただ、海に行き付いた後は一瞬で到達すると思われます。地図的にはこうです」


 ティヘラがテーブルの上にキアスプーン大陸の地図を広げ、対象の現在地と進行方向を示す。


「わ、本当に最短を一直線なんだね。しかし、ううむ…… これはおかしいね。今もまだその位置に居るのなら、一度上陸した海辺に戻った方が良いだろうに。ほら、海に潜って大陸を迂回して向かった方が、圧倒的に早く辿り着けるよね? それとも、何か別の意図があるのかな?」

「至極真っ当な疑問ですが、恐らくは違います。ただ単純に、そんな簡単な事にも考えが至っていないだけかと」

「うわ、君もなかなか辛辣な事を言うね?」

「事実ですので。今の彼女の頭の中にあるのは前進のみ、そもそも転進なんて思考は持ち合わせていないのです。私の『予知』の力で何度か確認しましたが、道を曲げる分岐点は彼女の未来に存在しませんでした。道中で何が起ころうと、何と遭遇しようと、何に邪魔されようと直線も直線です。愚直という言葉は彼女の為にあるのでしょうね」


 地図上にガリガリと矢印を描き、その横に確定事項と添えるティヘラ。


「これ、道中の諸国には?」

「もちろん、諸々の情報と共に勧告済みです。また、絶対に手を出すべきではないとも。 ……ただ、我が国ラヴァーズをよく思わない国には効果が薄いでしょうね。弱体化しただのと様々な噂が流れている現状、まあ仕方なくはありますが…… これもまた、運命というものでしょう」


 伝えるべき事は伝えた。以降、敵対国に何があったところで知った事ではない。表情こそ変わらないが、本心ではそう思っているのであろうティヘラに対し、心の中で“怖い子だなぁ”と呟くジーク。同時に、秩序的にその辺のフォローもしておかないと、とも頭を悩ませるのであった。


道中の国そんなことよりも、アイ様がいらっしゃる場所は大丈夫なんですよね? 見事に彼女の目的地と化していますが…… 大丈夫なんですよね?」

「君、人魚の彼女と同じようなプレッシャーが出てるよ? 抑えて抑えて」

「抑えるかどうかは、ジーク様の回答によりけりです」

「うわ、責任重大じゃないか…… 私は嘘を言えないからね。絶対に大丈夫だとは断言できない。けど、最善を尽くす事は約束する。この命に代えてでも、アイ殿を護る! ……くらいの気概である事は確かだよ」

「微妙なニュアンスですね。ですが、確かにこの世界に絶対はありません。無責任な言葉を口にされるよりはマシであると、そう判断しておきます」

「助かるよ。ああ、そうだ。今回のバカンスでパー君の発明品、魔導電話を置いてきたんだ。これでいつでも情報共有ができるようになったし、アイ殿の所在の確認も―――」

「―――その魔導電話はどこで使えるのです? 教えてください。ラヴァーズの代表である私自ら、本当に使えるかどうかをテストしますので。さあ、さあ」


 ジークの胸倉を掴み、それまでの落ち着いた様子が嘘のように、感情豊かな表情を見せ始めるティヘラ。と言うか、すんごく必死であった。


「……ええっと、アイ殿本人の希望で電話には出ないって、そんな伝言を預かっていたり?」

「な、なぜにぃッ!?」


 ティヘラの叫びが無残にも響き渡る。ともあれ、ジークはラヴァーズとの協力を取り付ける事に成功。人魚襲来までのこの期間、同盟を結ぶ者として準備を進めるのであった。

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