第153話 魔導電話
「ええっ、やっぱそうなん? うん、うん…… んー、そりゃアークとかは喜ぶかもだけどさ、あいつにも漸く友愛の精神が芽生えてきて…… 嘘じゃないって、ホントだって! 俺、すんごい感動したもん! おーっし、そこまで言うのなら直接見に来いや。我が家のニューアークをご覧になって頂くから! え、アイ? いやいや、前来た時に本人が言ってたじゃん。もうラヴァーズとは何の関係もない、ただのアイに戻るんだって。言いたい事は分かるけど、そこんとこは念押ししてもらわないと。ああ、忙しいのは分かるけど、俺だって暇な訳じゃないからな? ……ラヴァーズだけじゃなくて、人魚の通り道にある国々の面倒も見なきゃならない? おいおい、マルチタスクが過ぎるだろ。いくら秩序の権化だからって、自分の健康を疎かにしたら駄目だよ。前に自分で言っていただろ? 有休があれば頑なに休むって。休みの日だけじゃなくてさ、普段のバランスも考えないと。毎日残業して休日は一日寝てるとか、そんな生活習慣は絶対秩序に反してるって。は? 俺こそ夜寝れてない癖に、人の事は言えない? お前、それは言わない約束だろッ! あはははっ」
前にジークが有休消化をしに来た時、あいつは帰り際に魔導電話なるものを置いていった。何でも元『魔導の神』の駒であるパー・ワッフルの発明品であるらしく、その名の通り電話の機能を持つマジックアイテムなんだそうだ。とは言え黒電話みたいな感じなのかな? なんて、そんな風に最初は思っていたんだが、何と見た目はまんまスマホのそれであった。軽い、持ち運びしやすい、電波良好、長持ちバッテリー、専用ケース付き! と、電話として至れり尽くせりな一品である。本来のスマホのような他機能が全く備わっていないのは残念だったけど、流石にそこまで求めるのは欲張りが過ぎるだろう。いやはや、先の魔導船の時もそうだったけど、パー・ワッフルの技術力には驚愕させられる。尤も、争奪戦に敗退した以降は、その力にも限りが生じているそうだが…… ううーん、惜しい!
「この前の争奪戦の特典で、その辺の縛りの緩和とかはされなかったのか? ……あー、そうなのかー。そっちの神様、まともだけどお堅いイメージもあったからなぁ。いや、それでもこっちよりかは全然マシだと思うぞ? うんうん、マジマジ。だって俺、他の奴らと比べて争奪戦の遭遇率がおかしいもん。あの邪神、他の神様から絶対ヘイトを買いまくってるよ。じゃないと説明つかないよ。っと、もうこんな時間か。そっちも朝早いと思うし、今日はこのくらいにしておこうか。ああ、予想進路図の共有は本当に助かった。こっちもこっちで進めとくから、そっちも頑張ってくれ。あ、いや、もう頑張っている奴にこれ言うの、禁句だったっけ? え、別に気にしないって? ははっ、サンキューな。うん、じゃ、また今度」
「………」
魔導電話をポケットにしまい、さあ仕事の続きをするぞ! と、意気込む。そんな仲でふと部屋の入口を見ると、扉に半分隠れるような形でこっちを見ているリンを発見。何だか家政婦は見た、みたいな体勢だ。ああ、そうか。何かしらの用があったけど、俺が電話中だったから邪魔にならないように、そこで待っていてくれたのか。
「リン、お待たせ。悪いな、思ったよりも話が盛り上がって―――」
「―――ク、クリスさん! 船長さんが、船長さんがおかしいんです! 板みたいなものを耳に当てて、ずっと独り言を! も、もしかして疲れがいっぱい溜まっちゃって、ストレス……? って言うのが、船長さんを暴走させているんじゃ……!? クリスさぁーーーん!」
「リンさぁーーーん!?」
何やらとんでもない勘違いをしているリンを呼び止め、必死に誤解を解く。結局秒でクリスが来てしまったが、クリスは魔導電話について知っていたので、そこからは一緒になって説明をするのであった。
「ま、魔導電話、ですか。別の大陸に居る人とお話しができるなんて、そんな便利なものが…… す、すみません。私、てっきり船長さんが疲れてしまったのかと……」
「いや、悪いのは魔導電話について周知させていなかった俺の方だよ。でも確かに、傍から見たら異様な光景だよな。まさかこの板一枚が連絡手段になっているなんて、普通は考えもしないだろうし」
「目にしたのがリンちゃんで、むしろ良かったのかもしれませんね。これがアークさんだったら……」
「爆速で街中を駆け抜けて、俺の様子を公言していただろうな。いや、それも心配しての事なんだろうが、絶対にもっとややこしい事になってたわ……」
このところ、アイの受け入れやら人魚の対策やらで忙しかったから――― いや、これは言い訳でしかないな。早速、メール機能で皆に連絡。ジークから魔導電話なるものをかくかくしかじか、と。よし、これでオーケー。興味津々に使ってみたいと迫る奴も居るだろうが、その対応は未来の俺に任せる。ほどほどに頑張れ、未来の俺。
「そう言えばリン、元々はお俺に何の用だったんだ?」
「あ、はいっ! 船長さんにドリンクをお届けです!」
元気いっぱいのリンから手渡されたのは、スムージーなドリンクであった。
「おおっ? ひょっとしてこれ、リンの農場で収穫したものを使っているのか?」
「ですです。クリスさんにお願いして、栄養満点のドリンクにしてもらいました!」
「ほほう」
壁外にあるリンの農場では、現在様々な品種の野菜やフルーツが試験的に栽培されている。種は全てショップより購入したもので、この世界にはない筈の品種改良をモリモリにされた現代種、更にはファンタジー感満載の幻想種など、本当に色々なものが植えられているのだ。いやあ、種は出来合いの野菜や果物よりも安いから、それにリンに頑張ってほしいからと、調子に乗ってDPを使ってしまったよ。うん、各種下手な高額装備よりも高くついちゃったけど、これも先行投資だから……
まあ確かに? 種だけでなく土づくりからマジックな農具、一日で何十倍もの効果を発揮する成長促進剤など、調子に乗り過ぎた部分も多少はアリはしたけど、その出費も含め、今回の島ダンジョン化で黒字になる予定なんだ。島の屈強な野良モンスター達、君達の生命エネルギーを少しだけ俺に分けてくれ! お願いッ! ……いやあ、今から収支を確認するのが怖いなぁ。
「このドリンク、今日初めて収穫したお野菜が使われているんです。えと、一番にはやっぱり船長さんに食べてほしくって、あ、この場合は飲んでほしくって……? と、兎に角、どうぞです……!」
「ああ、リンちゃんったら本当に健気です…… マスター、是非とも日々のリンちゃんの頑張りを思い描きながら飲んでください! 全身全霊で味わうのです!」
「お、おう……?」
何かクリスからの圧が凄い。けど、この差し入れは素直に嬉しいな。二人が俺の為に用意してくれた、その事実だけで今夜はぐっすりと眠れそうだ。まあ、ドリンクも有難く頂戴するんですけどね。ではでは、全身全霊で味わわせてもらいますか。
「んぐんぐっ…… ん、ンンンンンッ!?」
その瞬間、俺の肉体に何かが起こった。
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