第142話 港街

 アイを仲間にすべきかどうか。正直、俺はこの判断に迷っていた。少なくとも、即断はできなかった。だから思ったんだ。困った時は仲間達に相談しよう、って。こっそりとメールを送り、全員分の意見を募り――― 厳選なる投票の結果、賛成多数で仲間入りが決定。特にアークからの歓迎の声が熱烈で、絶対強い! 良い練習相手になる! などと多数の返信を頂いた。すんごく期待しているのは分かるけど、連投せずにメールは一つに纏めてほしい。こっそりするのも大変なんだから。


 まあ、そんな訳でアイはめでたく我がホームに亡命を果たし、期待の新人となったのだ。彼女にこの島の事について知ってもらう為、今は肩に乗ったジェーンと共に施設等々の案内をしているところだ。


 ちなみにサズは宣教師ら捕虜達の受け渡しの為、今はスカルさんと一緒に居る。本当であれば、責任者である俺もそっちに行った方が良いんだが、流石にアイを信者達と会わせる訳にはいかないからな。捕虜達がサウスゼスの船に移送されるまで、俺達は港に近付かない予定だ。アイが宣教師らに向けた手紙を書いてくれたので、まあ大人しく従ってくれるんじゃないかな。


 ただ意外だったのは、アイの字が信じられないくらいに達筆だった事だ。演技の力が失った影響で、てっきり諸々の所作が今基準になったもんだと思っていたんだが、赤ん坊の頃からの英才教育の影響で、その辺りはスキルなしでもバッチリなんだとか。いや、なら演技も継続できるんじゃ? なんて疑問に思ったんだが、それとこれとは話が違うらしい。うーむ、違いが分からん。


「しっかし、こんなに発展しているとは思ってもいなかったぜ! 行き先が海賊島って聞いていたから、山賊のアジトみてぇなところを想像してたわ。まあ、それはそれで面白そうではあったんだけど」


 港から反対側に当たる街中を案内していると、アイが頻りに辺りを見回しながら、そんな事を言った。


「一般的な山賊のアジトってのが、どんなものかは知らないが…… なかなかどうして、良い街だろ? ここ一週間で、随分と発展したんだ」


 今や港街の面積は以前の二倍以上となり、それに伴って区画の再整備も行われた。どこに出しても恥ずかしくない、立派な港街と言えるだろう。 ……まあ、俺はこの世界の他の街を見た事がない訳ですが。


「なかなかどころじゃねぇと思うぜ? デカさこそ小規模だが、街のつくりがマジで先進的だ。道はしっかり舗装されているし、質の良いが街灯も一切不自由しないレベルで置かれてる。建造物のデザインだってそうだ。街路樹もよく整備されてんな。まだ少し歩いた程度にしか見てねぇが、ぶっちゃけこのレベルの都市開発はラヴァーズでもそうそう目にできねぇ。この時代じゃ概念すらねぇバリアフリーも所々に取り入れていて、その上―――」


 アイからの賛辞の言葉はまだまだ続く。その言葉が紡がれるたびに、ジェーンの顔も段々と真っ赤になっていった。ドストレートに褒められるのは嬉しい、ドストレート過ぎて恥ずかしい。そんな心境だろうか。ジェーンが考えに考え抜いて設計したこの街を褒められるのは、俺としても嬉しい事だ。


「へえ? アイ、街の構造についても詳しいのか? 思ったよりも専門的な観点から見ているようだけど」

「ん? あー、まあな。これでも一代で国を栄えさせたんだぜ? そういう知識だって、自然とつくもんさ」

「……そういうものか?」

「うんうん、そういうものだって」


 あの、俺は全然そんな気がしないんですけど…… 仲間達におんぶにだっこが過ぎる、のかなぁ?


「建物も色々あるけど、家以外にはどんな施設があるんだ?」

「え、えと、必要最低限のものは一通り揃っている筈、です。豚さんの看板を掲げているあのお店では美味しい食事を楽しめますし、DPを支払えばお酒も飲めます。食事処兼酒場、といったところですね。その他にも武具や農具を取り扱う鍛冶工房、虫除けから風邪薬まで簡単なものは何でも揃う薬屋、欲しいものがあれば取り合えず行くのが正解の雑貨屋、憩いの場である公園、難破船を用いたモニュメント、せ、僭越ながら私が司書をさせて頂いている図書館、などもあります」


 緊張しつつも、ジェーンがうま~く説明をしてくれる。


「図書館! へえ、そんなものまであるのか! よしよし、なら退屈する事はないわな」

「ア、アイ様も読書が趣味なのですか?」

「へへっ、意外だろ? まっ、確かに前世はそんな事なかったんだけどよ、聖女やってると他に楽しみがなくってなぁ。最初は渋々って感じだったけど、いつのまにかスッカリハマっちまって、今では立派な読書家様よ!」


 ほう、アイは読書家なのか。さっきの知識とかも、ひょっとしたらそこから積み上げていったのかな? ……よし、時間ができたら俺も読書を少しは嗜もう。魔王が倒される王道ストーリー以外の本で、今度ジェーンにおススメを聞いてみようか。


「だからよ、俺もちょくちょくお邪魔させてもらうわ。その時はよろしくなッ!」

「は、はいっ! どうぞよろしくお願いします、です……!」


 うん、共通の趣味ができた訳だし、人見知りのジェーンとも仲良くやっていけそうだ。善哉善哉。


「街の外には農場に農園、鍛錬場とかもあるんだけど、城壁でここからは見えないからな。そっちはまた今度案内するよ」

「おー、しっかり自給自足もしてんのな。本業の漁師も順調って話だし…… なあ、途中途中で気になってはいたんだけどよ、副業が海賊で本業が漁師ってのは一体どういう事なんだ?」

「それを語るには、少し話が長くなるんだ。酒でも飲みながら、ゆっくり話の肴として――― って、宗教的に酒は駄目だったか?」

「いんや、ラヴァーズは酒を禁止していねぇぜ。まっ、聖女だった俺は外面が第一だったから、全く飲めなかったんだが…… がッ! 脱聖女となった今、外面を気にする必要は一切ねぇ! 飲むぞ、酒! 浴びるほどに……!」

「お、おう…… 取り合えず、いける口って事だな」


 欲望にも素直なようだ。きっと聖女時代は、ジークのような禁欲生活を送っていたんだろう。


「あ、そうだ。なあ、煙草とかもあるか? 転生してから禁煙生活ニ十周年を迎えちまった訳だけど、解禁するには今日が良いタイミングだ。それも浴びる!」

「煙草? んー、この街に吸う奴は居ないかな。DP次第では雑貨屋で買えると思うけど…… あっ、葉巻型無限干物なら、いくらでもあるぞ!」

「へえ、葉巻か。吸った事はねぇけど、新たな道を開拓するのも悪くは――― いや、待てよ。葉巻型無限干物って何だよ?」


 悪いな、アイ。それを語るには、少し話が長くなるんだ。


「つか、そもそもDPって何だよ、さっきから!? ここの通貨か!?」

「あー、そうか。まずはそこからだったか。えっと、DPってのはな―――」


 ―――DP説明、そして完了。


 ちなみに、現在この拠点ではDPを貨幣代わりに運用もしている。働いた分に応じたDPを報酬として支払い、必要なものがあればショップ機能を一部開放する他、美食亭やその他店舗で利用してもらう感じだ。ショップだと種類を問わず様々なものを揃える事ができるが、自家生産している店舗で購入するよりも割高価格になってしまう。なので地産地消できるものはそっち優先、ってのが今の流通の基本になっているかな。


 まあでも、DPを使わずに生活していく事も一応可能だ。ほら、村人枠に入っている皆って、ただダンジョン内に居るだけでDPを生み出してくれるだろ? だから住居の賃貸とかはないし、生活必需品は最初に全て支給、美食亭に行けば一日三食を無料で食べる事ができる等々、サポートが結構豊富なんだ。それ以上に食べたかったり、嗜好品である酒とかを飲みたかったら、稼いだDPを使ってもらうって寸法だな。


「ヘッドの能力、割と何でもアリなんじゃねぇか?」

「これでも最初は詰みかけていたんだよ…… ま、そんな訳で酒や煙草が欲しければ、働き口を見つけてくれ。やりたい事とかがあれば、こっちから紹介する事もできるぞ」

「あ、それなら俺、教会を開きたいわ。さっきの話を聞いた感じ、まだそういう施設はねぇんだろ?」

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