第141話 亡命
「亡命と来たか…… まあ彼女がアイって時点で、そう言われる予想はしていたよ。けどさ、うちみたいな海賊じゃなくて、自分の国に亡命させた方が良いんじゃないか? ほら、腕を失ってまでアイに勝ったのは、他でもないジークな訳なんだし」
菓子を貪るアイを横目に見ながら、サズに聞き返す。
「いやはや、本来であればそれが筋なのですが、これがどうにもこうにも」
「……これにも理由があるって事か」
「ハッハッハ、ご明察!」
サズの言い分はこうだ。アイはラヴァーズの聖女であった事から、人前に出る機会も大変に多かった。故に彼女の顔を知る者は他国にも多く、特にラヴァーズ教団の信者であれば、まず間違いなく知られているレベルだ。世界最大の宗教であるラヴァーズの信者は、世界人口の実に二割にまで達しており、サウスゼス王国内にもラヴァーズの教会は存在している。サウスゼス王国に亡命した場合、そういった信者の目から完全にアイを切り離すのは難しく、アイの死を偽装するのもまた難しくなる。聖女様は実は生きていた! 聖女様の生まれ変わりだ! などと騒がれたら、もう収拾がつかなくなるからな。
「ハァ、なるほどな…… それで外界から閉ざされた場所である、俺らのホームが選ばれたと?」
「そういう事です。この島はラヴァーズ教団の息が掛かっていない唯一の場所であり、何よりも安全だ。アイ殿を匿うには、これ以上ないほどに最適かと」
「……俺、世間一般で言うところの魔王って事になってんだけど?」
「ハッハッハッハァッ! 何を今更そんな事を気にする必要がありましょうか! 初対面の頃ならまだしも、某とてウィル殿の人柄はそれなりに把握しているつもりですぞ? 現にビビりにビビッていたモルク殿も、今はウィル殿の下で健やかに働いている訳ですしなッ!」
サズよ、止めてくれ。そう言われると俺も嬉しくなっちゃうから。魔王としてでなく、人として扱われると胸が高鳴るから。
「え、魔王? ……うお、マジだ! それ、魔王の刺青じゃん! へえ、海賊の頭が魔王とかなかなかイカしてるわ。俺はカッケェと思うよ、それ!」
で、こっちの元聖女様は菓子に夢中で、指摘されて漸く気が付いたと。魔王として褒められるのは微妙な気分だけど、怖がられるよりかは全然マシな反応だ。まあ、この調子なら上手くやっていけそうではあるが、どうしたもんかな。
「ここだけの話なのですが、仮に彼女をサウスゼスに置いてしまうと、女性との接触が基本的に禁じられているジーク団長の気苦労が増えてしまうから、という理由もあります。アイ殿はなかなかの喧嘩好きでしてな、先のアーク殿とのやり取りの通り、強い者を目にしたら―――」
「―――思わず戦いたくなってしまう、か。確かに、世界最強のジークの手元には置いておけそうにないな」
向こうに居る今は良いだろうけど、戻って来たら即喧嘩を売られてしまいそうだ。そして、それは『秩序』の能力的によろしくないと。
「……分かった、分かったよ。本人を連れて来て、その上こんだけ外堀を埋める理由を並べられたら、同盟相手として突き返す訳にもいかない」
「ほほう、となれば!?」
「アイの亡命、受け入れよう」
「ウィル殿、某は信じておりましたぞッ!」
サズが耳元で大声を発しながら、ギュッと俺の手を握ってきた。うん、鼓膜が破れそう。
「ん? 俺の行き先、決まった感じか? じゃ、そういう事で頼むわ。アンタの事、これから何て呼べば良い? 族のトップだからヘッドか?」
「いや、海賊は多分その族とは違うと思うんだが……」
物凄くハイテンションなサズと相反して、アイは最後までマイペースであった。取り合えず、軽く仲間になる方法について説明。
「仲間になるには村人枠に入らないといけない? よく分からねぇけど、全然構わないぜ! この画面で了承すれば良いんだな? オーケー、ポチポチっと!」
そして俺の言葉に従い、何の疑いもなくダンジョンの村人枠に加入。うん、本当に何も疑う事がなかった。いやあ、一応俺は初対面の相手な訳だし、もう少し慎重になった方が良いんじゃないかな? 書面を全く読まずに契約書にサインしているもんだぞ、今の。別に詐欺を働いている訳じゃないけど、ここまでドストレートに信用されちゃうと、ちょっと心配になってしまう。
「あ、そういや今の俺って、どんなステータスになってんだ? スキルを剥奪されてから、確認するの忘れちまってたわ」
「まあ、あっちでは色々とバタついていただろうからな。村人枠への登録が終わったから、この場で確認できるぞ?」
「おっ、マジか! 見たい見たい!」
「何と、道具もなしにそんな事が? ふうむ、ウィル殿の力は底知れませんなぁ。あ、某は覗き見なんてしませんぞ。『秩序』的にそれは不味いので!」
サズはダッシュで部屋の壁際に向かい、こちらに背を向けた。律儀かつ難儀である。それはそれとして準備が整ったので、アイのステータス画面を表情する事に。はい、ドドドン。
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アイ・ラヴァーズ 20歳 女 人間 元聖女
HP :370/370
MP :10/10
筋力 :A+
耐久 :D(+1⇒D+)
魔力 :A+
魔防 :A++(+2⇒S-)
知力 :C-
敏捷 :C++
幸運 :F
スキル:格闘B(+1⇒B+)
スキル:光魔法A(+2⇒A++)
スキル:根性A
装備 :聖女のメリケン(格闘+1効果)
聖女のローブ(耐久+1、魔防+1、光魔法+1効果)
聖女の靴(魔防+1、光魔法+1効果)
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そ、底知れねぇ……! いや、マジかよ。ジークと殴り合ったって聞いたから、ある程度の強さは覚悟していたけど、それにしたってこれは…… あの、聖女のメリケンって何です?
「えっと、これって神の加護が外れた状態なんだよね?」
「だぜ? にしても…… ふへー、やっぱ能力値は軒並み減ってんなぁ。あ、でもスキルはむしろ良い感じ!」
ステータスを確認して、アイは大方満足がいっている様子だ。そ、そうですか、これでも弱体化した状態ですか…… なるほど、確かにそれだけ強ければ、ジークと渡り合えたのも納得だ。やりようによっては、今の状態でもアークと良い勝負ができそうである。装備効果込みとはいえ、魔防は既にSの領域。接近戦に強い上、魔法の腕もクリスに並ぶほどでって、ん? MPが10?
「……なあ、魔力とか魔法のスキル等級が凄いのは分かるんだが、MPはこれで足りるのか?」
「あん? ……げっ、MP全然ねぇじゃん!? 前ん時の一割程度もねぇ!?」
今気が付いたのか……
「って事は?」
「いや、これじゃ全然足んねぇよ。ショボい魔法使ってスッカラカンだ。いやー、マジかー……」
アイ、消沈。まあ、流石にこれはなぁ…… ただ、逆に言えばMPさえ何とかすれば良い訳だ。何かしらの方法はありそうな気がする。
「まっ、仕方ねぇから殴り合いを極めっか! ヘッド、ちょいと拳を交えてみね? 大丈夫、優しくしてやるからよ!」
「丁重にお断りさせて頂こう」
「ウィル殿! アイ殿! 某、そろそろ席に戻ってもよろしいですかなッ!?」
ともあれ、こうして大国の元聖女、アイ・ラヴァーズが俺達の仲間に加わったのであった。
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