第140話 手土産
予想もしていなかった突然の来訪者に、俺達はただただ困惑するのみであった。こういった緊急時(?)に場慣れしているアークやスカルさんが前に出て警戒をしてくれているが、目の前の女は仁王立ちのまま動かない。へえ、ここが噂の! とでも言いた気な興味津々な表情で、島中を見回しているのみだ。うん、本当に誰なんすか、アンタ? 遅れて船から降りて来たバルバロとサズに対し、どういう事だ? という視線を投げかける。
「頭、こんな真っ昼間から熱い視線を寄越さないでくれよ。アタシもその気になっちまうよ?」
「そうじゃなくて」
「ククッ、ジョークだよ、ジョーク。そいつ、ジークからの手土産だってよ。まあ、争奪戦の戦利品みたいなもんかな? それを同盟の証として、頭にくれるんだと」
……おかしいな、俺の耳が故障してしまったんだろうか? とても『秩序』を司るジークの行動とは思えないんだが。
「バルバロ、その説明には語弊がありますぞ」
「ハッ! サズ、てめぇが手土産なんて変な呼び方をしたからだろ!」
「そ、そう言われては弱ってしまいますなぁ…… あー、ウィル殿? 勘違いしてほしくはないのですが、彼女は―――」
「―――おい、自己紹介くらい自分でさせろよ。俺の名はアイ・ラヴァーズ! 『慈愛の神』の
「ハ、ハァ、よろしく――― ってンンンッ!?」
待て待て待て、アイってお前、あのアイ!? ついこの間に魔導船を派遣させた大国の、そのトップ!? 恐らくはジークに負かされた、俺と同じ神の駒の!?
「クッソ驚いているところ悪ぃが、多分今思っている事は全部そうだぜ? いやあ、あのジークとかいう騎士団長、笑えるくれぇ強いのな。単独で俺んとこに攻めて来て、集結させていた宣教師連中を一蹴しちまうんだもん。確かにアレは世界最強だわ」
「お、おう、やっぱジークの強さは滅茶苦茶なのな―――」
「―――わっ、そんなに強かったのね! ウィル、やっぱり同盟を破棄して、次はジークと戦う事にしましょうよ! きっとすっごく楽しいわ!」
アーク、頼むからステイ。ただでさえ情報処理が追いついていないんだ。ツッコミに脳のリソースを割かさせないでくれ。
「ハッハッハ! そういった話は、せめて某の居ないところでしてほしいものですな!」
「いや、そんな馬鹿な理由で同盟破棄なんてしないから。笑い事じゃないから」
「えっ、しないの!?」
「しないわ!」
結局してしまう、俺渾身のツッコミ。
「へえ? どうやらここにも、俺みてぇな物好きが居るみてぇだな。けど、ジークはマジで強かったぜ? 俺も一時間くらい殴り合ったけどよ、結局あいつの腕一本を潰すのが精一杯だった。世界の広さを肌で感じたっつうか何つうか、一周回って感動しちまったわ」
「「……は?」」
不意に出てしまった俺の声が、サズとハモる。おかしいな、また故障してしまったのか、俺の耳? 何かジークと一時間殴り合って片腕を潰したとか、とんでもない武勇伝が聞こえて来たけど…… 待て、今の反応から察するに、この話はサズも初耳だったのか?
「貴女、ジークと殴り合ったの!?」
「ああ、殴り合って負けた――― って、おいおい、そんな今にも殴りかかって来そうな顔をすんじゃねぇよ。思わず手が出ちまうところだったぜ?」
「あら、そんなお上品に遠慮なんてしなくて良いのよ? 私はいつだって歓迎―――」
「―――はいはいはい、ステイステイ! 立ち話も何だから、まずはお茶でも出すよ! クリス、二人を応接間へ案内して差し上げて!」
「は、はいっ! アークさんも、そろそろおやつの時間ですよ!」
「おやつッ!」
この時の俺とクリスの連携力は凄まじかった。だってさ、こんな街中でジーク級の化け物を暴れさせる訳にはいかないもの。その相手がアークともなれば尚更だもの。
◇ ◇ ◇
拠点の中でもひと際大きな建造物、来客向けの応接間はその一階に用意されている。とはいえ、必要最低限の家具しか置いていない為、想像よりも大分簡素な部屋ではあると思う。少なくとも、貴族の屋敷に置くようなレベルには到底達していないし、大国の聖女様を招くような場所ではないだろう。まっ、そこは海賊のホームって事で、是非ともご理解頂きたいところだ。
「なあなあ、さっきのバトルジャンキーっぽい女はどうしたんだ? 俺はいつでもバッチ来いだぜ?」
……尤も、その聖女様は全くそんな事を気にしておらず、むしろ殴り合いの事しか頭にない様子なのだが。
「アークさんはただ今おやつタイム中です。ご了承ください」
「ハァ、おやつぅ? ……まあ、それなら仕方ねぇか」
仕方ないのか。何だかアイが羨ましそうにしていたので、彼女にも何か甘いものを出すようクリスにお願いしておく。さて。
「落ち着いたところで本題に移ろうか。サズ副団長、諸々の説明をお願いしても?」
「ハッハッハ! お任せあれぇ!」
―――馬鹿みたいに大きなサズの言葉を要約すると、こういう事であるらしい。今回の争奪戦でジークに敗北したアイは、神より授かった能力を剥奪された。何でもその力は彼女が望んだ人物像になり切る事ができ、信仰を集めるのに適したものだったんだとか。これまでその能力を使って信者を集め、勢力を拡大させて来たアイだったが、能力がなくてはもう聖女を演じる事は不可能となった。何せ、素の彼女は…… まあ、見ての通りだったからである。
それ以上アイがラヴァーズに居座っても、信頼を失う一方なのは目に見えていた。神皇国ラヴァーズはアイによって人が集まり、アイによって強くなった信仰の国だ。その中核に不備が生じれば、瓦解するのは時間の問題だった。しかし、世界屈指の大国が崩壊したとなれば、混乱はキアスプーン大陸全体に波及していく。そうなる事を嫌ったジークは、ここで応急処置を施す事にした。それが二代目聖女を早急に立て、アイは名誉の死を遂げたとして表舞台から退場してもらう、というものだったのである。
捕えた宣教師やその部下達の反応を見れば分かる通り、アイの能力がなくなって以降も、彼らの信仰心は健在のままだ。これは前に予想した通り、彼らの心に理想の聖女であった頃のアイの姿が、未だそのままの形で残っている為だ。要は今のアイで姿を上書きしない限り、アイは国の為に命を賭した聖人として名を残し、神皇国ラヴァーズの信仰心も失墜する事なく、むしろ強固となっていくって寸法なんだそうだ。もちろん、強化された信仰心が他国の害にならないよう、ジークが裏で二代目聖女を操り統制する必要もあるとか何とか。
「なるほどな…… けど話を聞く限り、今のジークってすんごい忙しいんじゃないか? 何だよ、ラヴァーズを裏から統制するって?」
俺も忙しい日々だったけど、ジークの場合はレベルが違う気がする。
「お察しの通り、現在団長は諸々に忙殺されております。『秩序』の能力に許容される範囲を見極め、教団の暴走を何とか押さえ付けようとしている訳ですからな。体制が落ち着くまで、一体どれだけの時がかかるか……」
「そんなに重く考えるなよ。俺直筆の手紙を残してきたから、少なくとも宣教師の奴らはジークに協力してくれていると思うぜ? 二代目も宣教師の中から選んだ適任者だし、能力のねぇ俺よりかは百倍もマシだろ。にしても、この菓子うめぇな! おかわりして良いか!?」
「あ、ああ」
どうやらクリスお手製の菓子は気に入ってくれたようだ。
「まあ、うん、色々と了解した。 ……で、彼女をここへ連れて来た理由は?」
「それについてなのですが…… ウィル殿、同盟相手としてお願いしたい。彼女をここに亡命させてはもらえませんでしょうか?」
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