第138話 旧知の敵
ウィル達が宣教師らとの戦いに勝利し、一週間ほどが経過した。襲来した魔導船団、ラヴァーズの船員達、そしてそれらを率いた宣教師の対応、争奪戦勝利報酬の活用法など、何かと忙しい日々を送る黒凪の海賊団(副業)であったが、一方でその同盟相手である『秩序』の駒、ジーク・ロイアも多忙な日々を送っていたようだ。
「今も団長はラヴァーズの立て直し、新体制の構築に大忙し。いやはや、欠片も休む暇もないほどです。でッ! そんな団長の代わりにやって来たのがッッ! 副団長のこのサズな訳なのですよッッッ! 同盟相手であるウィル殿に、此度の戦果を伝える為にねッッッッ! ハッハッハッハッハ!」
サウスゼス王国の戦艦、その甲板にて一人そんな叫び声を上げていたのは、先の自己紹介の通り、サウスゼス王国騎士団副団長のサズであった。彼の乗る戦艦は現在、ウィルの拠点に向かって航行している最中である。
自分は今死ぬほど忙しいから、代わりにウィルさんのところへ行って現状を伝えるように。と、ジークよりそんな命令を受けたサズは、その日のうちに船に乗り込み国を出発。伝令役として意気揚々と現在に至っていた。
「本来であれば団長本人が行くべきなのでしょうが、多忙故に仕方ありませんからなッ! 代理の某で我慢して頂きたいところですッッ! ああ、そうそうッッッ! お詫びと言っては何ですが、手土産もありますぞッッッッ!?」
「うっせぇわサズぅぅぅ! 海のど真ん中で意味もなく爆音の叫びを上げるんじゃないよぉぉぉ!」
サズの乗る戦艦を出迎えたのは、バルバロが船長を務める第三ダンジョン船だった。
「てめぇ、昔だったらその場のノリで沈めていたからな? 同盟相手として出迎えるよう、そう命令した頭に感謝しろよ……!?」
「ハッハッハァッ! 今日も変わらず勇ましいものですな、バルバロ殿! 昨日の敵は今日の友、今後も仲良くやっていきましょうぞ!」
「姐さん、あの船沈めちゃ駄目かな? この距離なら絶対当たるよ?」
「……頭の面子にかかわる。死ぬほど撃ちたいが、我慢しな」
「今、少し迷いましたな?」
実際に砲撃こそしないが、大砲の矛先はずっとサズの船に向けられている。そんな状態が続いているようだ。
「フン、その船にはアタシの元部下達が乗ってんだろ? なら、尚更に我慢してやる。らしくもないアタシの寛大な心に感謝するんだね。あと、殿とか変な敬称を付けるんじゃないよ。てめぇに言われると鳥肌が立つ」
「なるほど、検討致しましょう! そして、寛大な心に感謝感謝ぁッ! ……しかし、何やら以前とはまた様子が違う気がしますな。船、船員――― それに貴女方が身に纏う装備も、随分と変化したようで」
「おっと、お前という男はクソほど気に食わないが、やっぱり昔から目だけは良いねぇ」
サズのその言葉に気を良くしたのか、バルバロの目尻が少しだけ下がる。事実、サズの指摘は的を射ていた。
サズとバルバロが互いの船を認識したのは、相当に離れた位置からであった。それこそ相手が水平線の彼方に居て、普通は気が付く事もできない距離である。サズは自身の固有スキルである『千里眼B』を、バルバロは超魔導の単眼鏡により発見できた訳だが、そこからの船の詰め方が異様であった。
(ふむ、船の見た目こそ、そう変わってはいないようですが…… 以前でさえ恐ろしい速度を誇っていた船が、更におかしな領域に足を、いや、船足を踏み入れていますなぁ。実に恐ろしいッ!)
いくらバルバロとはいえ、意味もなく同盟相手を攻撃する事はない。それは分かっていた。とはいえ、水平線の彼方から驚異的な速度で迫り、みるみるうちにサズの声が届く位置にまで辿り着いた漆黒船の性能は、率直に言って彼の肝を冷やすのに十分過ぎるものだった。どんなに軽く見積もっても以前の二倍、最悪の場合は三倍以上の速度――― サズの目にはそのように映っていた。
(しかもあの速度でさえ、最高速度ではないでしょうなぁ。で、そんな化け物船をコントロールしている船員達も……)
サズがチラリと海賊船の甲板に視線をやる。甲板にはバルバロ達の他にも、海賊衣装を纏った何体ものゴブリン達が居て、各々が熟練の船乗りを思わす働きぶりを発揮させていた。こちらも船の速度同様、以前よりも能力に磨きがかかっているように思える。肌の色が海の如き青色のそれへと様変わりしており、そもそも以前とは種族からして異なっているのが明らかだ。だが、サズが真に注目したのは、彼らゴブリンの戦闘力にあった。
(某、これでもベテランの域に入る騎士故、肉体的な実力は目にしただけでも分かるのです。いやあ、これは不味いですなぁ。あんなに小さなゴブリンの一体一体が、副団長である某に限りなく近い力を秘めている。いっぱしの騎士程度では、正直相手にもならないでしょう。明らかに上位のモンスター、それがゴブリンとくれば、目を疑ってしまう場面ですそ……!)
サズは人生の大半を海の上で生きてきた人間だ。陸上を縄張りとするゴブリンと戦う機会なんてものは、騎士になるまで殆どなかった。ゴブリンについての知識にしても、一般の冒険者より劣ると自覚している。しかし、そんな彼でも自ずと理解してしまうのだ。目の前の海賊ゴブリン達の、その異常さを。
(それに、彼女らが身に着ける装備についてもそうです。あれではまるで―――)
「―――何だい何だい、熱い視線を感じるねぇ。どうした、そんなジッとアタシらを見て? 惚れちまったか、おい?」
思考がバルバロの声により遮られる。気が付けば、バルバロが何か面白そうなものでも見るように、ブルローネがガルルと唸りながら、サズを注視していた。
(っと、不用意に見過ぎましたなぁ、これは)
ブルローネはともあれ、恐らくバルバロには心を見透かされている。そう悟ったサズは、下手に隠さず正直な感想を口にする事にしたようだ。
「ええ、率直に申し上げて、途轍もない危機感を抱いておりますぞ。先の戦いを経ての影響なのかは知るところではありませんが、一目見るだけでも貴女方はお強くなった。同盟相手とはいえ、争奪戦のその先の事を考えると…… うーむ、頭が痛くなってきますなぁ!」
「ハッ、何を言ってんだか。今回の争奪戦で勝ったのは、てめぇんとこのジークだってそうだろう? なら条件は同じだ。特典、何かしらは得たんだろ?」
「はて、某には何の事やら!」
「そうかい、無知は罪だねぇ! クックック!」
「そうなのですよ、何歳になっても勉強の日々です! ハッハッハ!」
海上に波音と二人の笑い声が響き渡る。嘘を口にする事のできないジークは別として、サズ自身はそこまでの情報を伝えるつもりがないようだ。バルバロもその事を分かっているのか、面白おかしそうに笑うだけである。
「ああ、そうそう! 話は変わりますが、実は団長から手土産を持たされましてな! 是非ともウィル殿にお渡ししたく!」
「手土産? ったく、何もかも海賊にはない発想をするもんだね。ジークもご苦労なこった。で、その手土産ってのは? つまらないもんだったら、この場で海に投げ捨てるよ?」
「その点は大丈夫かと。おーい、例の用意をッ!」
部下に指示を出し、手土産を取りに行かせるサズ。よほど自信があるのか、海に投げ捨てられる心配は微塵もしていない様子だ。それから暫くして―――
「―――副団長、連れて参りました」
「うむ、ご苦労! ささっ、バルバロ! これなら文句はありますまいッ!?」
「………」
その手土産を目にした瞬間、バルバロは言葉を失ってしまった。一方、らしくもない彼女の表情を見れたからなのか、サズは非常に満足そうだ。
「……お前、本気か?」
「少なくとも、うちの団長は本気ですぞ!」
「?」
バルバロの横に控えていたブルローネは、そのやり取りの意味が分からず、頭上に大きな疑問符を浮かべていたそうな。
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