第四章 災い呼ぶ人魚

第134話 プロローグ

 ―――カランカラン。


 薄暗い店内に鳴るしっとりとした音楽に、来店を知らす鐘の音が加わる。所謂バーであろうその店には、カウンターにてシェイカーを振るう武士姿の中年と、大き過ぎるが故にそのカウンター内にギチギチに詰まっている巨人、そんな二人の目の前の席に座る仮面を被った謎の人物が―――


「―――うおぉぉい! 引きこもりの私をこんな小洒落た場所に呼ばないでよ!? と言うか、何この面白空間は!? 写メ撮って良い!? つうか、動画撮って良い!? 絶対にバズるよ、この面白光景ッ! よし、ネットに流したろ」


 ……新たに来店した客、言ってしまえば『創造の神』な訳だが、どうやら彼女はこの場所へと呼び出されたようだ。スマホらしきものを構え、無断のまま撮影を開始。一通り満足した後、ケラケラと笑いながらカウンター席へ歩み始めるのであった。


「相モ変ワラズ騒ガシイ奴ダ。昔ノ自分ヲ見習ッテ、少シハ淑女然トシタラドウダ?」

「淑女? 『創造』がか? おいおい『宙』の、そいつは一体どんな冗談だ?」

「昔、と言うと?」


 全く手慣れていない所作でシェイカーを振るい、姿恰好も全くバーテンダーらしくない『大地の神』、そして今も尚ギチギチとカウンター内に押し込められている『戦の神』が問いかける。


「アア、『大地』ト『戦』ハ知ラナイノカ。マア、無理モナイ。コレヲ知ッテイルノハ、私ト『秩序』クライダカラナ。『原初』デサエモ、恐ラクハ―――」

「―――ちょっとちょっと! 勝手に私の過去バナをしないでくれるかな!? それよりもバーテンダー、客が来たんだから注文をとりなって~。何のためにカウンターそこに居るのさ?」

「あ? ああ、そういやそうだったな。で、注文は?(ジャカジャカ)」

「エナドリで~」

「そこはカクテルを頼むんじゃねぇのかよ…… 『宙』は?」

「水ヲ頼ム」

「……あいよ」


 二人の注文を受けたものの、『大地』は不満そうだ。シェイカーの扱いは不慣れなれど、実はカクテル作りを楽しみにしていたのかもしれない。エナドリと水をコップに注ぎ、ぶっきらぼうにそれらを突き出す。


「ハハッ、記念すべき初仕事が成功して良かったね、『大地』? それで、結局何でそんな事をしてんの? 『魔導』から面白写真が送られて来て、直に見ようと思わず野次馬に来ちゃった私が問おう!」

「てめぇ、一体どんな立場からの物言いなんだ…… その『魔導』の爺さんに頼まれたんだよ。少し前に腰をやっちまったから、自分の代わりにバーテンダーをやってくれってさ。時期的にこれだけは外せないから、どうにか頼むって本気で懇願されてよ。意味はよく分からなかったが、流石に断れなかったわ」

「ふーん? でも、普通に人選ミスじゃん?」

「てめぇの中には本当に遠慮って概念が存在しねぇんだな…… ま、言いたい事は分かるけどよ。俺だってそう思うし、同じ暇神でも『海』の方がよっぽどらしいぜ」

「だが、『海』は未だ傷心の最中のようでな。とてもではないが、主の相手を務められる状態ではなかった」

「なるほどなるほど、それで『大地』になったと~…… それはそうと、何で『戦』も一緒に?」


 今更ながらにギチギチ状態の『戦の神』に疑問を呈する『創造の神』。彼の巨漢と逞しい筋肉により、そろそろバーカウンターが破壊されそうだ。


「うむ、『魔導』の代わりに『大地』の技術指導を承ったのだ。こういった事は間近で指導するのが最効率、故にこの場に陣取っている」

「へ、へえ、技術指導ね……」


 思わず苦笑いをしてしまう『創造』。その逞しい肉体と雄々しい神の名、そしてカウンター内に無理矢理押し込まれている現状の一体どこに、バーテンダー指導をする要素があるんだと、そうツッコミを入れたい様子である。


「いやあ、正直言って『戦』が居て助かったぜ。まあ、その指導と俺の努力は一切報われなかったんだけどな」

「ごめんて。でも私、お酒はからっきしだからさ~。あ、『秩序』君でも呼ぼうか? 代わりに何か頼んでくれるかもしれないし」

「奴コソ酒ナド飲マンダロウニ。ソンナ事ヨリモ―――」

「―――おっと、漸く本題かな? 与太話が過ぎて、エナドリの追加注文をするところだったぜ。大将、エナドリ一丁!」

「誰が大将だ誰が」


 誰かさんの言動は兎も角、バーの空気は多少シリアスなそれへと移り変わっていた。


「……皆ノ前デハアア言ッタガ、正直ナトコロ『原初』ヲ先ニ倒スベキカ、ソレトモ『創造』ヲ先ニ倒スベキカ迷ッテイル」

「わお、何とも贅沢なお悩みをお持ちのようで。なら、上から目線全開の『原初』から倒したら? 彼の政権がずっと続いているし、いい加減に『宙』君も思うところがあるでしょ? ユー、やっちゃいなよ! 私も心から応援するからさ!」

「知ッテノ通リ、『原初』ノ運営ハ安定を是トシテイル。世界ニ大キナ変化ヲ起コサズ、十神デアル我々ガ入レ替ワル事モ滅多ニナイ。『慈愛』ノヨウナヤラカシヲシナケレバ、ナ。一方デ『創造』、仮ニコノ勝負ニ勝ッタトシテ、オ前ハコノ世界ヲドウシタイ? 先ノ『原初』、ソシテ『秩序』ガ目指ス世界ハ容易ニ想像デキル。ダガ、オ前ダケハ先ガ読メン。故ニ問イタイノダ」

「うん、私と会話する気がある? 思いっきりスルーされたよね、さっきの私の言葉?」

「私ハ与太話ニ付キ合ウツモリハナイカラナ」


 そう言って、どうやって飲んでいるのか、仮面の上から水を飲み干す『宙』。『大地』が待っていましたとばかりにシェイカーを掲げるが、どうもこれ以上の注文をする気はないようで――― 結果、『大地』はしょんぼりしていた。


「まったく、君は昔から遊びの少ない奴だね? そんな事だとモテないぞ~?」

「ソウカ。デ、回答ハ?」

「少しは心に響けよ、私の言葉ぁ~…… まっ、良いけどさ。仮に私が勝ったとして、どうしたいかだっけ? うーん、そうだなぁ。多分、『原初』とそう変わらないと思うよ? ほら、私ったらあいつに負けず劣らず安定を是としているところがあるじゃん? だからさ、そんな事を気にする必要なんて微塵も―――」

「―――アレダケ大キナ賭ケニ出テオイテ、カ?」


 神の駒をゲーム盤に置いた順番が最も遅く、争奪戦の予備知識をろくに教えず、駒を置いた環境もまた劣悪。そんな不利に不利を重ねた上で、『創造』の駒はここまで勝ち残っていた。そう、最早争奪戦の勝利も冗談とは言えない所にまで辿り着いたのだ。仮に前評判を覆して最後まで生き残った時、オッズを元に払い戻される『創造』の利益は、想像を超えたものとなる。その利益で、果たして『創造』が何を成し遂げるのか――― 『宙』はその点を危惧していた。


「……もう、『宙』君は疑り深いなぁ。別に私は破滅願望がある訳でもないし、末永く楽しく心安らかに暮らしていきたいだけだよ」

「嘘クサイナ」

「わっ、シンプルにひどっ。マジだよ、マジ。私、極力嘘つかない」

「「………」」


 『大地』と『戦』は思った。本当に嘘くさいな、と。


「フン、マア良イ。『創造』ノ心中ニハ始メカラ期待ナドシテイナイ。オ前ガ何ヲ企モウト、私ガ勝利スレバ済ム話ダ」


 『宙』が立ち上がり、バーの外へと向かって行く。


「まっ、それしかないだろうね。『宙』君は私が何を言おうと信用してくれないと思うし。いやはや、お姉さんは悲しいよ。およよ……」

「昔カラ本性ノ変ワラナイ奴ダ。自分ノ駒ニ伝エテオケ。私ノ駒ハ次元ガ違ウ、ト」


 ―――カランカラン。


 退店の合図である鐘の音が響き渡る。結局、最後まで『創造』は腹を割らず、『大地』はシェイカーを振らず、『戦』はギチギチであった。

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