第128話 新スカルさん弾
「パ、パー様、シザ様との連絡が途絶えました……」
「単独で敵地へと向かわれたロックス様とも連絡が繋がりません。これは、恐らく……」
「………」
魔導船旗艦、その艦橋は重々しい空気が場を支配していた。帆船相手には無敵と思われたドラゴンの軍勢、そしてラヴァーズが誇る最大戦力――― 宣教師、シザとロックスが消息を絶ったのだ。彼らの生死はまだ分かっていないが、どうなったかを想像する事は、乗組員達にだってできる。士気の低下は避けられず、また指揮官であるパーも、これからどう動くべきか決めかねていた。
「……敵からの攻撃は?」
「ハッ、未だ続いています。この旗艦は前方に集中させた障壁で何とか防げていますが、その……」
「他の魔導船は被害甚大、か」
魔導船へと迫る砲撃の嵐は、シザが率いるドラゴンの軍勢が進軍した後も、片時も止まる事はなかった。つまり、敵は魔導船への攻撃を継続しつつ、片手間にシザ達の迎撃を済ませた事になる。奇襲をし掛けようと死角から回ったロックスも、恐らくは同じだろうと推測できる。起こり得なかった事実を前に、パーの頭はこんがらかるばかりであった。
「聞こえますか? ロックス宣教師、シザ宣教師、応答してください」
パーは今一度通信機に語り掛け、ロックスとシザの名を呼んだ。当然ながら、言葉は帰って来ない。
(信じたくはないけど、これはもう受け入れるしかない。有効な攻撃手段を失った今、最早勝利を掴むのは困難。我慢していたとしても、徒に被害を増やすだけ。ならば、今の僕達にもできる最も有効な手段は? ……この海域で起こった出来事を、情報として持ち帰る事。アイ様の所有物である魔導船と人員を、可能な限り残す事。こんなところか)
パーは通信機を下ろし、選択する覚悟を決める。同胞であるロックスとシザを見捨て、尻尾を巻いて逃げ帰る覚悟を。
「全艦後退、動けぬ魔導船は捨て、可能な限り乗組員を回収せよ。急いでこの海域を脱出するぞ!」
「「「な、なぁっ!?」」」
パーの言葉を耳にした船員達は驚き、彼の方へと振り返る。そして、大きく目と口を開くのであった。
「取り乱すなッ! 悔しい気持ちは私も同じだ。だが、目の前で起こった現実を認めない限り、ラヴァーズに明日はない! 責任は全て私が負う!」
「パ、パー様、う、ううっ……」
「……? 何だ、どうした? 皆、顔が一様に青いぞ?」
自分を見る部下達の様子に、パーは違和感を覚えた。最初は撤退の命令に驚いたのだと思ったのだが、どうもそんな風でもないのだ。まるで見てはいけないものを目にしているような、恐怖に染まった顔になっている。
「う、うし、後ろ、後ろ……!」
「は? 後ろだと? 後ろに何が―――」
そう言ってパーが振り向こうとすると、首に何か冷たいものが当たった。次いで、左腕が押さえ込まれる。唐突な痛みではあったが、不思議とパーが声を出す事はなかった。いや、声を出したくても出せなかった、が正解だろうか。この時、パーは全身で禍々しい殺気を受け止めていたのだ。その声の発生元は、パーの背後に立つ骸骨の怪物からだった。一見スケルトンのようにも見えるが、これは決してその程度の存在ではない。どんなに鈍い者も、直感で理解できる。これは間違いなく怪物である、と。
(い、一体どうやって船の中に!? 主砲による攻撃ができなくとも、魔導センサーは常に動いていた筈! それに、船を護る障壁だって展開しているんだぞ!? ど、どうやって出し抜かれた!? センサーと障壁をすり抜けるなんて、絶対にあり得ない……!)
未知の怪物の登場に、乗員らは動く事ができなかった。間近で殺気を受けたパーと同じく、彼も凄まじい重圧を感じていたのだ。しかし、そこは流石の精鋭達。数秒が経過する事で何とか持ち直し、自らの上官を助け出そうと頭を回し始める。が、しかし。
『許可なく声を出せば指揮官を殺す。指先一本、足の一歩でも動いたらお前達を殺す。船を動かしたら船を沈め、全員溺死させる』
直後に聞こえて来たのは、心無い脅しの言葉だった。それも実際の声ではなく、心に直接語り掛ける呪いの言葉だ。それほど大きな声量ではなく、どちらかと言えば落ち着いたトーンの言葉なのだが、この不可思議な声は艦橋にいた者達に等しく聞こえていた。もっと言えば、旗艦に乗っていた全員に聞こえていた。それどころか、この魔導船団に属する者全てに届いていた。だからこそ、それ以降は誰も動く事ができなかった。呪いの一声に、魔導船団の全てが止まってしまう。
「余計な事は詮索するな、話すな。こちらの問いにのみ答えよ。こちらが不快に思う度、貴様の部下を一人ずつ殺す。貴様がこの船の指揮官だな?」
「……そ、そうだ。僕が指揮官、宣教師のパー・ワッフルだ」
「それは重畳。ならばパー・ワッフルよ、お前の部下達にこう命令せよ。全面降伏するとな」
◇ ◇ ◇
新スカルさん弾を放出してから数十分後、スカルさんから『魂の呼声』による連絡が来た。
『頭目、任務完了の報告をします。敵旗艦内の武装解除及び、敵指揮官の捕縛に成功。今こちらに来られても、攻撃はさせないのでご安心を。被害を受けていない残りの敵船にも、拙者の
スカルさんが持って来たのは朗報中の朗報だった。敵船の制圧、これで戦いは終わったも同然だ。
「キャプテン、スカルさんからの連絡?」
「ああ、無事に敵船を制圧したそうだ。これでリン達が危険に晒される事はないぞ」
「わあ、流石はスカルさん!」
「よ、良かった。戦闘終了、ですね? アークさんは悔しがりそうですけど……」
「フッ、実にスマートな戦いでしたよ。提督、なかなかのダンディっぷりですぜ?」
「お、おう、ありがとう……?」
ダンディな称号は別に要らないんだが、多分誉め言葉の一種、なんだよな? にしても新スカルさん弾、想像以上の戦果を上げてくれたもんだ。
「けどキャプテン、何でスカルさんを山なりに撃つように指示したんだい? わざわざそんな事しなくても、敵船に一直線に撃った方が早く到着したと思うけど?」
「いや、それだと駄目なんだよ。砲弾の攻撃で確認したけど、戦艦の正面には障壁があっただろ? 他の船は兎も角、敵の旗艦は特にそれが分厚くて、砲撃でも打ち破るには至らなかった。そんな鉄壁にスカルさんを撃っても、船には辿り着けないだろ?」
「あ、そっか! そういえば、あの船だけはやけに頑丈だった!」
「うん、だけどまるで穴がない訳でもない。あの船の障壁、砲弾とかが当たった瞬間に色が付いてたろ? 段々外側に向かって色の波紋が広がっていく感じでさ」
「うん、付いてた広がってた! ああやってダメージを逃していたのかな?」
「多分、そんな感じだろうな。まあ理屈は兎も角として、その波紋のお蔭で一時的に障壁の形が確認できるようになった訳だ。で、その時に分かったんだけど、どうも障壁があるのは船の正面だけで、それ以外の場所は無防備な状態だったんだよね。正面のみに障壁を集中させて、防御力を高めていたとも言えるかな?」
「なるほど~。ん? という事は、実は船の上や横、後ろには障壁がなくって、攻撃当たり放題の侵入し放題?」
「そういう事だ」
だからこそ、山なりに飛んで行ったスカルさんは障壁を乗り越え、無事に敵船へと辿り着けた。今のスカルさんは昔よりも蘇生速度が上がり、一国の王が恐れるレベルの隠密能力まで持つようになったからな。敵からしたら、空から気配なき暗殺者が万全の状態で落ちて来て、自分の領土で好き勝手されるようなものだ。想像するだけでも恐ろしい。
「あ、もしかして障壁に向かって砲撃を続けたのって、敵船を沈めるんじゃなくて、あの障壁の特性を確認するのが目的だったの?」
「まあな。それに途切れなく攻撃を続けていたら、敵の意識はこっちを向くし、前方に集中させた船の障壁を元に戻すような事もしないだろ? そうなってくれれば、スカルさんも動きやすくなる。まあ、これも陽動のひとつだよ」
「おおー、キャプテンってそこまで考えていたんだ! すっげぇ!」
「トマの坊ちゃん、これがダンディってもんさ。ダンディは全てに通ずるってな」
「おおっ、これがダンディ!?」
「違う違う」
ゴブイチ、変な事を教えるんじゃありません。
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