第123話 最大戦力VS最大戦力

 謎の鎖に引き寄せられ、海面へと叩き付けられる謎の男――― もとい、ラヴァーズの宣教師、ロックス。彼は命よりも大切な黒眼鏡を死守し、鎖の束縛から逃れようと海中でもがいていた。


「モガ、モガガガァ!? モガァーーー!(おいおい、一体これは何事だよ!? 俺の見せ場ーーー!)」


 束縛されたまま勢いよく海に叩き付けられた割に、思いの外ロックスは元気そうだった。しかし、いくら力を篭めようとも鎖は破壊できず、彼の体はどんどん海の底へと沈んでいってしまう。よくよく辺りを観察してみれば、鎖の先端には大型の鉄球が付けられているのが確認できた。このままでは浮上しようとロックスがいくら足掻こうとも、体は沈んでいくばかりだろう。


(俺の力でも千切れないところを見る限り、この鎖はただもんじゃねぇな。恐らく、呪いによって汚染された超危険な代物だ。ったく、可愛い少女達を見て油断しちまったぜ。魔王らしいクソな戦法、クソな曰く付きも立派にあるじゃねぇか! それに―――)


 今一度、ロックスが周囲を見回す。


(―――静寂の海が嘘だったみたいに、そこかしこにモンスターの気配がありやがる)


 黒で統一された海水、その透明度の低さから、水の向こう側を見通す事は一切できない。それでもロックスは持ち前の優れた察知能力、そして並外れた勘の良さから、数多くの敵が自身に近づいている事を感じていた。


(両腕ごと鎖に縛られ、海中で息をする事もできない。気配を感じる事はできるが、視界は最悪…… ハッ、率直に言って最悪の状況だな、こりゃあ。だが、だからこそ、このタイミングで苦境を乗り切れば、俺の真の見せ場にっとぉぉぉ!?)


 拳を固め、やる気を見せていたロックスであったが、そんな彼に次の厄介事が巻き起こる。海底へと沈もうとしていた鉄球ごと、彼を束縛していた鎖が再び引っ張られたのだ。引き寄せられる先は、なんと海上――― つまるところ、ロックスは自ら行動を起こす事なく、窒息の危険性があり、かつ数多のモンスターが棲まう海中から抜け出す事ができたのだ。尤も、当のロックスはなぜそんな事が起こっているのか、全く意味が分からないだろうが。


 ―――バシャン!


「ぶはぁっ! ハァ、ハァ……!」


 海から勢いよく引き上げられ、何やら不可思議なほどに平面な場所へと着地するロックス。ここは海のど真ん中、となれば自然と船の甲板の上かと考えてしまうものだが、どうやらそうでもないらしい。その場所はキッチリと正方形の形をした人工物で、周りには青や赤、はたまた白と、様々な色のロープが張り巡らされていた。ロックスとしては初めて目にする異様な場所であるが、どこか闘技場の舞台に似た雰囲気があるような、と、そんな気がした。


「揺れているって事は、ここが海の上なのは確か、なんだろうが……」


 この舞台に着地した瞬間に、ロックスを拘束していた鎖は解かれていた。ロックスは腕を軽く回し、体の調子を確かめる。そして、改めて辺りを見回す。材質は一般的な舞台で使用されるような、石材の類ではない。見れば見るほどに、彼にとってこの舞台は異質であった。


 海上のこの舞台は、言ってしまえば二隻の海賊船で牽引しているプロレスのリング(3万DP)だ。実物よりも随分と頑丈な設定となっている為に、ショップからの購入の際、多額のDPを消費してウィルの懐と精神を苦しめた代物でもある。


「で、この風変わりな舞台で対峙しているアンタが、俺の対戦相手になるって訳か? というか、さっき鎖で俺を捕まえたの、ひょっとしなくてもアンタだろ?」

「そ! 貴方、クリス達の戦いに茶々を入れようとしたでしょ? いえ、まあその行為自体を否定する訳じゃないけど、私達にとって都合が悪かったのよね。だから、貴方を一本釣りする事にしたのよ!」


 ロックスの他にリングの上に立っていた、唯一の人物――― 仁王立ちするアークは、自信満々にそう言い切った。ニコニコと笑顔を振り撒くアークであるが、口の端っこからヨダレが僅かに垂れていたり、そうでなかったり。


「はー、またえらい美人が出て来たもんだ。俺の好みにドンピシャ、おまけに…… 強いな、アンタ」

「そういう貴方もね。だからこそ、私が相手をするんだけど」


 ―――ギギギ。


 対峙する二人が相手にプレッシャーを掛けると、リングが軋み、悲鳴を上げ始めた。並みの者がこの場に立っていたとすれば、この時点で膝を折っていた事だろう。それほどまでに、リングの上は重い空気が場を支配していた。


「アークはん、リングのセッティングが完了したで。気ぃ付けて扱ってぇな?」


 リングの外、海面からハギンが顔を出し、アークに声を掛ける。


「ありがと。心配せずに、こっから私に任せなさい。手出しは無用よ」

「別にアークはんの心配なんてしとらんわ。わいが心配しとんのは、社長はんが大金叩いて買ったこのリングや。絶っっっ対壊すなや? これ、フリやないで? 金の塊だと思って扱うんやで?」

「大丈夫大丈夫、適度にお腹を空かせる為に運動するだけだから」

「ほんまかいな…… ま、ええやろ。わいは次の仕事があるさかい。おう、お前ら、トマの坊ちゃんを救助する準備しとき―――」


 そう言いながらポチャンと海に潜り、ハギンがその姿を消す。


「なるほど。さっきの気配は今のサハギンと、その仲間のものだったのか。しかも人語を話すとは、やはり魔王軍は侮れないぜ」

「魔王軍? 私ら、ただの漁師兼海賊だけど? あ、本業が漁師で、海賊は副業ね!」

「……ジョークもユニークだな。戦う前に一つ聞いておくけど、何で俺を海から引き上げてくれたんだ? あのまま沈めておけば、圧倒的にアンタら有利だったじゃないか。こんな舞台まで用意して、一体何の意味がある?」

「意味? んー、私がそうした方が良かったと思ったから、としか言えないわね。何となくだけど、あのままにしておいたら、こっちの被害が大きくなりそうな気がしたし、何よりも私の取り分がなくなるじゃない? 後はまあ、さっきも言ったけど適度にお腹空かせたかったし、今回の敵の中じゃ貴方が一番強そうだったし、そんな感じよ」


 ポンポンと自らの腹を軽く叩き、次いで軽く腹を鳴らすアーク。淑女としては落第も甚だしいが、彼女が戦いに臨むコンディションとしては、適度に腹が減っていて最適の状態になっているようだ。


「ハハッ、どうやら嘘を言っている訳ではないらしい。それにあのドラゴン達を差し置いて、俺を選んでくれるとは光栄だな。つか、ますます俺好み? ここで倒してしまうのが惜しいぜ、まったく」

「なら、別に逃げても良いのよ? このリング、一応は周りに障壁が張り巡らされているけど、貴方の実力なら余裕で破壊できると思うわ」

「逃がす気のない目で、そんな事を言われてもな。大方、俺がその障壁とやらを破壊している間に、隙を突くつもりだろ?」

「まあ、そうね。逃げても良いけど、逃がす気があるとは言ってないもの」

「ああ、実は俺もそのつもりなんだ。アンタを逃がしたら、色々と厄介そうだ」


 ―――ギギギギギギッ……!


 リングの悲鳴が更に大きくなっていく。視線で火花を散らすアークとロックスは、互いに構えを取り、それから数秒ほど対峙したまま不動を貫いた。相手の次の動きを予測するように、或いは相手の技量を吟味するように。


「……じゃ、そろそろ始めるとするか。俺の見せ場、一番近くで見せてやるよ!」

「世界最大の軍勢、その頂点が美味しくなかったら詐欺よね? 少しは私のお腹、満たして頂戴よ!」


 次の瞬間にリング内で巻き起こった轟音は、この海戦が始まって以降、最大のものとなった。

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