第122話 ファイアワークスバレット

 それは突然の事だった。選択に迷っていたシザの視線の先から、赤い線のようなものが通ったのだ。通ったというのは、彼女やドラゴン達が全く反応できなかった事を示す。眼前で赤い何かが光ったと思ったら、既にそれはドラゴンの軍勢の中を通り過ぎていた。ないに等しい情報であるが、シザ達からしてみれば、本当にその程度の事しか理解できなかったのだ。


「グ、ギャ……」

「なっ!?」


 そして、その赤い線が通り過ぎた位置には、空中に留まっていた一体のドラゴンがいた。立派な成体である筈のドラゴン、その屈強な肉体のど真ん中に、大きな風穴が開けられていた。ジュウジュウと肉を焦がす炎が、風穴から浸食範囲を広げようとしているのも確認できた。尤も、そのドラゴンは全身が焦がされる前に、力尽きて真下の海へと落下してしまったが。


(何が起こったの!? 攻撃、なのは分かるけど…… 何をされたのかが分からない!)


 改めて正面を注視するシザの目に、空中にポツンと浮かぶ点のような熱源が映る。花火の残滓をバックに散らしながら、それは確かに空中に佇んでいた。


(熱源の大きさからして、人、なのでしょうか……? 駄目、遠くてよく見えない。でも、ドラゴンを一撃で屠るこの火力、明らかに砲撃とは異なる攻撃形態――― ひょっとして、あれが魔王? いえ、まさか……)


 赤き光の元凶らしき者は掴んだが、状況を理解するには程遠い状況なのは変わらない。今ハッキリしているのは、それが自分達に攻撃を仕掛けて来た事、そしてこのまま様子見をしていては、ただの的に成り下がってしまうという事だけだ。赤き光、赤き線による攻撃は、今こうしている間にも放たれ、ドラゴン達の命を散らしている。だからこそ、シザは悩みを断ち切って前に出るしかなかった。


「各自、固まらず散りながら全力突貫! 全速力で前に出て、攻撃の大元を断つのです!」


 シザの号令により、ドラゴンの軍勢が一斉に空を駆け始める。ドラゴンのブレスを放つには、まだまだ距離が遠い、遠過ぎる。しかし敵による謎の攻撃は、そんな距離なんてお構いなしに、それも百発百中の精度で放たれ続けていた。その度にドラゴンが墜ち、強大である筈の命が散らされる。絶対的な信仰心を持つシザは、如何なる戦場でも冷静さを欠いた事がなかった。いつ如何なる時も、自国の勝利を疑った事がなかった。が、彼女は今日この時、初めて戦いに恐怖を覚え、敗北という文字が足元に迫っているのを感じていた。



    ◇    ◇    ◇    



 命懸けで迫り来るドラゴンの軍勢。着実にその数を減らしているとはいえ、その勢いが衰える様子はない。むしろ仲間達の仇を討たんと、更に勢いづいているようにも思えた。


「ヒット。トマ君、次の目標へ」

「りょ、了解!」


 漆黒の海賊船、その上空にてドラゴンの軍勢を迎え撃っていたのは、宙にて滞空するクリス、そして彼女の背に掴まるトマであった。クリスとトマの周りには、先ほど打ち上げた特製花火――― ウィルのショップ機能で購入した『魔力触媒弾(500DP)』の炎が、消える事なくメラメラと渦巻いている。


 ジークから提供された情報より、ドラゴンによる航空攻撃を予想したウィル達は、とある対抗策を講じていた。それがこのクリスとトマによる協力迎撃システム、『ファイアワークスバレット』である。片腕を前に突き出し、親指と人差し指のみを開いた手の形、所謂手銃のジェスチャーを作るクリス。そして彼女の背に居るトマが、単眼鏡を覗きながらクリスの腕を調整、目標を定め―――


「次はこの方向、この角度で!」

「撃ちます」


 ―――攻撃する。ファイアワークスバレットの攻撃は、船に搭載された大砲よりも射程が短い。が、それでもドラゴンのブレスよりは圧倒的に射程が長く、ある程度敵が迫ったこの距離感であれば、十分に当てる事が可能となっている。また、攻撃の速度は大砲の比ではなく、狙いさえしっかりしていれば、先ほどのように機敏に動く敵にも有効だ。但し、弱点もない訳ではない。


 これら攻撃の仕組みはこうだ。触媒用に貯蔵していた周囲の炎を操作し、密度を高めた炎の弾丸を生成、その弾丸はクリスの人差し指が向く方向へと、僅かなズレもなく放出される。言ってしまえばこの協力迎撃システム、クリスが大砲であり、周りの炎が弾丸、トマが狙撃手という役割を担っているのだ。非常に高いレベルのスキル、いや、それ以上にクリスとトマの連携力が必須となる、二人の新たな協力技なのである。


 そして、このファイアワークスバレットの弱点が何かというと――― トマが攻撃先を調整する『狙撃モード』の時のみ、二人ともその場から動く事ができない事にある。これだけの長距離射撃ともなれば、二人に繊細な動作が要求されるのは想像に難くないだろう。つまるところ、自らの防御や回避を犠牲にして、攻撃に全神経を集中させているのだ。よって意図せぬ反撃、不意打ちの類に弱く、そこは他の仲間達がフォローしなくてはならない。


「クリスさん、もう結構な数を撃ち落としてるけど、やっぱりこのペースじゃ……!」

「弱音は後です。今は一体でも多く敵を倒す事に集中してください。それに、ある程度敵が近づいたら―――」

「―――『狙撃モード』を解除して、クリスさんが接近戦で戦うんだろ? 分かってる。その時は、一足先に離脱するよ」

「……船まで飛んで避難させている暇は、恐らくありません。この高さから自ら海に落ちる事になりますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫! 海にはハギンさん達が待機しているし、衝撃を吸収してくれるお守りも持ってるもん! リンが勇気を出したんだ。俺だって、それくらいの勇気はあるさ! それよりも、次はここッ!」

「はいッ!」


 炎を撃ち込み、更に多くのドラゴンを撃ち落としていく二人。敵がばらけて回避を試みようとも、射撃の精度は変わらず、百発百中を誇っていた。迎撃は順調、だがドラゴン達が高速で接近しているのも事実で、接敵するまでに全てを屠るのには、流石に間に合いそうにない。


「脱出するラインを越えるまでに、一体でも多く―――」

「―――へえ、こりゃあ驚いた。魔王の軍勢には、君達みたいな可愛い子達もいるのか。意外だったよ」

「「ッ!?」」


 男の声が聞こえて来たのは、二人の直ぐ近くからだった。突如として現れたのは、翼を持たないというのに空に浮かび、黒味がかった丸眼鏡をかけた謎の男。そんな眼鏡をしている為に表情を完全に読み取る事はできないが、口元は微かに笑っているかのようだった。そして、男の手には煌めく何かが握られており、今正にそれを振るわんとしている直前の瞬間でもあった。


(クッ、反応が遅れた! でも、トマ君だけは―――!)


 反射的に体を捩じり、両手を広げて自らをトマの盾となろうとするクリス。背中でトマが何かを叫んでいるようだったが、今のクリスにはそれを聞いている余裕がなかった。ウィルから渡された接触を遮断するマジックアイテム、それを利用すれば、或いは。そんな希望的観測、自己犠牲の精神を元にした行動を取る事で精一杯だったのだ。だが、しかし。


 ―――ギュン!


「へ?」


 クリスが覚悟を決めた次の瞬間、謎の男は謎の鎖に束縛されていた。男の方もこの展開を予想していなかったようで、何とも間の抜けた声を出している。


「へえええぇぇぇーーー!?」

「「………」」


 更に男は鎖に引っ張られ、凄まじい速度で真下に消えて行ってしまった。クリスとトマは状況の理解が追い付かず、数秒ほどポカンとするのであった。

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