第121話 対空攻撃

「提督、何か来やすぜ」

「ああ、俺も確認した」


 例の空母の甲板より、複数のドラゴンが翼を広げて空へ駆け出す。やはりと言うべきか予想通りと言うべきか、あの巨船は空母であった。搭載していたのは戦闘機ではなかったが、その代わりに大量のドラゴンを隠し持っていたようだ。ベストを尽くすのであれば、ドラゴン達が飛び立つ前に、あの空母を破壊してしまえば一網打尽になるだろう。が、空母が位置する場所は船団の最後方かつ、他の船よりも強力な障壁を備え付けている様子だ。率直に言ってしまえば、竜の巣の即時破壊は困難を極めた。


「キャプテーン! 何か一杯飛んでるけど、どうするー!?」


 砲列甲板の窓よりひょっこりと顔を出したトマが、そんな叫びを上げる。如何に腕利きの狙撃手であるトマやブルローネでも、流石に空を飛ぶドラゴンに大砲の弾を当てるのは無理がある。新型の大砲は障壁を打ち破るほどに強力だが、それはあくまでも敵船を打ち破る為に設計されたもの。的の大きな魔導船と違って、高速で飛行するドラゴンは空中で回避してしまうのだ。それに、たとえまぐれ当たりしたとしても、空から迫って来る無数のドラゴン全てを打ち破るには至らない。


「巨大船を無理に狙う必要はないよ。ブルローネは引き続き狙いやすい手前の船を攻撃してくれ。こっちにやって来るドラゴンの大群は――― これで迎撃する」


 そう言ってウィルが取り出したのは、真上を向いた何本もの筒であった。


「という訳でトマは甲板に、バルバロの船も一旦こっちに戻って来てくれ。その間も砲撃は続けて、あえて居場所を知らせて引き付けるように」

「ラジャ!」

「ふーん、空のトカゲ共をまとめてぶっ倒すって算段だね?」

「そういう事。あと、渡しておいた迎撃装置も、忘れずに甲板に出しておいてくれよ?」

「ああ、忘れちゃいないよ。つうか、いきなり元気になったアークの奴が、率先して設置作業をやってくれてる」

「アークが?」

「ステーキステーキステーキ、ステーキィィィ!」

「……こんな感じで、ちょっと士気もおかしいけどね」

「そ、そうか……」


 通信機の向こう側でハイテンションになっているアークの姿が、ありありと思い浮かぶウィル。まあ、やる気があるのは良い事だと、一部奇行には目を瞑る事とした。


「ゴブ!」

「おっ、設置完了か。お疲れさん! それじゃ…… クリス!」

「はい、ここからは私達にお任せください」



    ◇    ◇    ◇    



 巨大魔導船を愛竜と共に飛び立った宣教師シザは、空より黒き海を見下ろす。漆黒は水平線の向こうまで続いており、その先に終わりは見えない。


「母なる海に、ここまでの影響を与えますか。なんと邪悪、なんと強大な力なのでしょうか…… 美しき海へ一刻も早く戻す為にも、私達が魔王を討たなければなりません。我が子らよ、風となって駆けますよ」

「ギュアア!」


 シザを背に乗せた深紅のドラゴンを先頭に、大小色も様々な竜の大群が、標的の方向へと真っ直ぐに突き進む。そのスピードは船とは比較にならないほどに速く、正に空の王者に相応しいものだった。


「あちらですね」


 敵の攻撃によって発生する発砲音、それにパーが予測した海域の位置から、敵の居場所は大よそ見当がついている。まさか海のど真ん中でドラゴンに襲撃されるとは、敵は夢にも思っていないだろう。魔導船に攻撃を当てている事から、或いは既に気付いているのかもしれないが、どちらにしても同じ事。船と船との戦いを主としている海戦において、空からの攻撃なんてものは想定していないし、逆に空に向かって攻撃するなんて事も想定していない。つまり、気付いたところで後の祭りなのだ。敵国の城塞であろうと撃滅可能なドラゴンと、様々な要素が制限される海上で戦う。それは無謀以外の何ものでもないのだ。


「海上でのドラゴンの運用とは、パー宣教師は恐ろしい事を考えますね。攻撃のすべを持たぬ相手に対し、一方的な打撃を与える事ができる――― フフッ、ある種の意趣返しにもなる訳ですか。ならばこの任務、完璧にこなして見せましょうとも。敵を逃さぬよう、最高速で追い詰めます!」


 シザの号令を受け、ドラゴンの大群が更にスピードアップする。


 ドラゴンとは数多くの種が存在するモンスターの中でも、最上級の強さを持つ種族である。圧倒的なまでのパワー、強固な竜鱗による鉄壁性、体内から放出される強力なブレス、大空を翔る偉大なる翼など、強靭無比な要素が凝縮しているのだ。そんなドラゴンを大群で率い、地上よりも好条件で戦う事ができるこの状況に、シザは勝利を確信していた。相手が世界を震撼させる魔王であろうとも、神に愛された私達ならば打倒できると、彼女の自信と信仰心が、それ以外に考えを導く事を許さなかった。


「パー宣教師、目標を発見しましたよ。敵は二隻の船、漆黒の帆船です。魔王やモンスターによる攻撃ではありません。私達の魔導船を襲ったのは、二隻の帆船です」


 遥か遠く、しかし視界に漆黒の帆船を収めたシザは、直ぐ様に報告を行った。本来、黒き海に浮かぶ漆黒の帆船を発見する事は困難を極める。だが、シザの目には蛇のピット器官の如く、温度差の識別を可能とする『赤眼』という固有スキルが備わっていた。その効果範囲は自身の視界範囲全てであり、ここまで接近していれば、砲撃による熱量を発見する事は容易であった。


「は、帆船、ですか? 帆船相手に、僕の魔導船が、ここまで…… いえ、今は止しましょう。シザ宣教師、それらは見た目だけは旧式の船かもしれませんが、一部に超越的な技術を有している事は確かです。特に攻撃に関しては、どのような手札を持っているのか予測し切れません。十分に警戒を―――」


 ―――ヒュ~~~~……


 通信機から発せられたパーの声を遮ったのは、シザが聞いた事のない不思議な音だった。爆発に似た砲撃音とは違い、かと言って生物の声とも異なる、何にしても異様としかいえない音だ。反射的にシザが音の発生源へと目を向ける。そこにあったのは、敵帆船の甲板から火の玉のような何かを打ち上げている、何とも不思議な光景だった。今のところにシザには、打ち上げられたそれが熱を帯びている事しか分からない。


「アレは一体……?」


 シザが疑問を浮かべた次の瞬間、空中に上げられた火の玉が突如として爆発、大空に炎で形成された大輪を咲かせた。更に火の玉は次々と帆船から放出され、炎の大輪がいくつも空のキャンパスに描かれ始める。黒で統一されていたこの海域において、それら光は大変に映えるものであった。


「こ、これは……」


 言ってしまえば、それらは打ち上げ花火である。が、そのようなものを知らないシザは、眼前の幻想的かつ刺激的、それでいて美しいこの光景に心を奪われていた。思考を奪われたのは一瞬、しかしその一瞬のうちに、それら花火の普通とは異なる異様性が発現する。


 ―――大輪を咲かせた花火の炎が、一向に消えようとしないのだ。キャンパスに描かれた絵具の如く、炎が空に留まり続けている。


「シザ宣教師、今の音は? 敵の攻撃ですか?」

「……分かりません。ですが、私達にとって良くないものだと思います」


 歩みを止めたドラゴンの大群が、距離を置いて様子を窺う。暫くして火の玉の打ち上げは漸く終わり、海域に静寂が訪れた。辺り一面に咲き誇る炎の花畑、最初こそは美しいと感じられたそれも、今となっては不気味でしかない。近付くべきか、このまま警戒を続けるべきか、新たな選択を迫られる場面だ。


 ……だが、彼女がそれ以上悩む必要はなかった。


「ファイアワークスバレット」


 次なる変化は、もう訪れているのだから。

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