第120話 散財の力

 第二ダンジョン船が賑やかな一方で、第一ダンジョン船ではウィルが難しい顔を作っていた。


「あいつら、大丈夫か? いや、役目をちゃんと全うしているってのは、ここからでも分かるんだけどさ……」


 その原因はもちろん、通信機越しに流れて来るアークとブルローネの喧騒だ。目視で確認する限り、言い合いをしている間にも砲撃は予定通りに行われている。その辺りは流石は超一流の狙撃手といったところだが、どうせならもう少し真面目に通してほしいというのが、ウィルの本心であった。


「リンちゃん、大丈夫でしょうか?」


 ウィルの横に控えていたクリスが、向こうの船にいるリンの事を心配する。


「やはり、私が代わりに行った方が―――」

「―――クリス、それは言いっこなしの約束だろ? リンの役目はリンにしかできない」

「ですが…… いえ、リンちゃんも覚悟の上、でしたね。それに、あちらにはアークさんやバルバロさんもいらっしゃいます。何があろうとも、きっと問題を解決してくれる。私達がそう信じませんと」


 今回の敵であるラヴァーズ船団は、これまで戦って来たモルクの私設艦隊、バルバロが率いる蒼髑髏海賊団よりも、数段上の力を有していると、ジークから渡された情報より、ウィルはそのように分析していた。数に質、乗船している者達の実力、総合力――― 何もかもが危険であり、警戒すべきものだ。それこそ真っ正面からぶつかれば、正直なところ勝ち目はないだろうと、そこまで用心するほどに。だからこそ、徹底した作戦が必要だった。


 第一の策は、現在も行っている超遠距離からの一方的な攻撃だ。しかし、そうは言うものの相手は巨大な主砲を擁する戦艦とも呼べる存在、そう簡単にその射程範囲外から攻撃を通す事は叶わない。ショップに並ぶ近代戦艦の一覧を見る限り、あの見た目は第一次大戦辺りのそれと似ている。となれば、性能基準はそこに合わせるのが妥当だろう。尤も魔法で作った結界のような壁を張るし、プラスアルファの要因もガッツリある訳だが。


「この作戦の為に、一日の収益の大半を奪う『超魔導長重砲』なんて大層な名前のもんを、必要分買い揃えたからな。これ、一個あたり20万DPだぞ、20万DP……! 反動が許容範囲かつ射程が敵以上、それでいて人ひとりで操作できる最高ランクのものを選んだとはいえ、この出費はあばばばば!」


 過去最大級の散財がよほどショックだったのか、ウィルが壊れ始める。


「マ、マスター、しっかり! 傷は深いですが、致命傷ではありません! と、とはいえ、それ専用の弾だけでも一発あたり5000DPもしますからね…… まあ、こちらはゴブリンさん達に装備させて、実質無限弾倉になっている訳ですが」

「うん、そことトマの笑顔だけが幸いだったよな…… けど、その散財とトマ達の腕のお蔭で作戦は成功だ。この展開は素直に喜ぶべきだろう」

「フッ。提督、この単眼鏡の使い心地も格別なものですぜ? これ一つで3万DP、同規模の帆船が購入できるだけの事はある。実にダンディだ」

「ぐふっ……!」

「マ、マスター!? しっかり、しっかりしてください!」


 希望を見出していたのも束の間、舵取りをしていたゴブイチのそんな一言により、ウィルの傷は更に抉られる事なってしまったようだ。


「……い、今は戦闘中だ、俺は大丈夫。うん、きっと大丈夫だから」

「マスター、ご立派です……!」

「お嬢さんは健気なもんだよ、まったく妬けちまうぜ」


 『超魔導の単眼鏡』、ダンジョンマスターのウィル、指揮官であるバルバロとゴブイチ、狙撃手のトマにブルローネに配られた、千里眼に近しい能力を有するマジックアイテムだ。DPをリリースしてこれを使う事により、ウィル達は敵に視認されない絶対的な距離を保ちながら、その位置取りを細かなところまで確認する事ができるのである。


「敵を見通す目、一方的な攻撃手段、それを扱う事ができる腕利きの狙撃手、これら力が合わさる事で、第一の策は現実のものとなった。敵からしてみれば、災厄に等しい状況だろうな。この策を最後まで続けて、敵船団を殲滅するのも可能かもしれないが―――」

「―――吾輩らは誇り高き海賊、お相手さんの宝を奪わず全て沈めちゃあ、本分を全うする事なんてできない。失礼、提督の台詞を盗ってしまいましたわ。ですがつまりは、そういう事ですな?」


 干物を噛み噛み、そして船の舵を切るゴブイチ。ウィルはバルバロ達も同じ事を言っていたなぁと頭を悩ませながら、別の理由についても触れておく事にした。


「ああ、海賊の矜持もそうだけど…… それに『慈愛』の駒が持つ秘宝が、あの敵船に載せられていないという保証もないんだ。万が一にも運んでいる可能性があるのなら、事情を知っていそうな敵のお偉いさんをとっ捕まえて、その事を聞き出す必要がある。まっ、十中八九本国にあるだろうから、杞憂に終わると思うけどな」

「全て沈めてしまえば、終わった後にあるかも分からない秘宝を、海底に沈んだ何隻もの巨大船から探し出す事になりますからね、延々と。ハギンさん達がいらっしゃるとはいえ、そうなると大変な手間になってしまいます」

「なるほど、つまるところ敵の指揮官がいるであろう旗艦を残して、後は可能な限り潰すという訳ですな?」


 その為の第二の策が、敵の大半を無力化した後の移乗いじょう攻撃――― 要は敵船の乗り込んでの直接襲撃である。とはいえ、この作戦に危険が伴うのは、皆が百も承知の事だろう。だからこそ、ウィルはそれを後押しする為の支援方法も併せて、練りに練った。成功率と安全性を少しでも高める為、考えに考えた。必要な条件と環境を揃える為、なけなしの財産も削りに削ったのである。


「海賊って大変だよな…… 睡眠時間まで削ったからな……」

「マ、マスター、お気を確かに! だから言ったじゃないですか、一緒に寝ましょうって!」

「………」


 それはそれで寝かせてくれないだろと、ウィルが心中にて無言で反論。


「フッ、それもまた青春。しかし愚痴を言えているうちは、まだまだ元気というものでさぁ。まあ、敵の旗艦は陣形から推測できるものとして…… それよりも吾輩個人としては、あの一際大きく奇怪な船が気になるところですな」

「ん? ああ、アレか」


 単眼鏡を覗くゴブイチの視線の先にはあるのは、敵船団の中で最大のサイズを誇る巨船であった。平たい甲板が広がるその姿は、ウィルにとっては空母のそれにしか見えない。が、そのような概念のないこの世界において、この巨船の姿は異様としか言えないのだろう。海の漢ダンディを自称するゴブイチとしても、それには大変関心があるらしい。もちろん、この情報は既に仲間達にも共有している事はあるのだが。


「流石に戦闘機が飛び出して来る事はないと思うけど…… ジーク曰く、ラヴァーズには同じくらい厄介そうな奴がいるって話だからな。強大なドラゴンを使役する事ができる少数民族、その中でも特に強い力を持つ少女が、ラヴァーズに降ったとか何とか」

「ドラゴン…… フッ、そいつぁ厄介な相手だ。クリスの嬢ちゃん、今夜のメニューはドラゴンステーキで決まりだな。楽しみにしているぜ?」

「おいおい、あまり無茶な注文をするなよ、ゴブイチ。クリスが困って―――」

「―――ドラゴンステーキですか! なるほど、まだ調理した事がないので楽しみですね。巷の噂によれば、霜と肉汁が普通のお肉とは段違いに凄いらしいですし!」

「………」


 クリス、思いの外乗り気。


「ステーキ!? 何々、今夜はステーキなの!? しかもドラゴンのッ!? うおおお、俄然やる気になって来た!」

「わあ!? きゅ、急に起きるんじゃないよ、この馬鹿ッ!」

「………」


 ついでに通信機の向こう側、その一部の面子の士気も上がったらしい。

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