第124話 ロックスの実力

 戦いのゴング代わりに鳴り響いたのは、アークとロックスが互いの顔に拳を叩き込む、強烈な音だった。まるで火薬庫が暴発したかのような衝撃は、轟音だけでなく物理的な振動まで辺りに撒き散らし、大波を発生させるまでに至る。ウィルらが乗る帆船は大丈夫だが、これがボートなどの小舟であったのなら、この時点で転覆は免れなかっただろう。


「「……へえ」」


 しかし、そんな影響を巻き起こした当事者達は、周囲の事を全く考えていなかった。それほどまでに眼前にいる敵が稀有な存在であり、興味を惹かれていた。何せ、双方とも初手で顔面に一撃を入れられるなんて事は、大変に久しい事だったのだ。互いに拳を突き付けた姿勢のまま、二人は視線をぶつけ合う。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかった。こんな状態で言うのも今更だが、教えてもらっても良いか?」

「アーク・クロルよ」

「アーク? ……ああ! 聞き覚えがあると思えば、噂の『金獅子』か! 知ってるぜ、とある闘技場のチャンピオンを半殺しにして、自ら剣闘士になった酔狂で無敗の女! ただの誇張話だと思っていたが、まさか実在していたとはな! なるほど、これなら納得だぜ!」

「そういう貴方はロックス・クリムだったかしら? 裏世界を渡り歩く伝説的な賞金稼ぎ、『白腕』。狩れない相手はいないとかって、その筋では有名よね。まあ、ある時期から一切姿を見せなくなったと噂されていたけど、まさかラヴァーズに仕えていたとはね。賞金稼ぎとしては見つからない筈よ」

「何だ何だ、俺の事を知っていたのか? へへっ、そいつは光栄だ。まさか、あの金獅子に知られているとはね。それも、ひと目で分かっちまうなんてよ!」

「そりゃあ、これだけの実力者で変な黒眼鏡をしてる奴なんて、貴方くらいしかいないでしょ? 白腕って、悪目立ちする格好をしてるって事でも有名だったし。今はラヴァーズの服装みたいだけど、前は眼鏡だけでなく帽子や衣服、上から下まで全身黒尽くめだったって聞いたけど、それって本当?」

「……え? ……え、え? マ、マジで? 悪目立ちしてたって、それは初耳なんだけど? 格好良いとかの間違いじゃなくて?」

「いや、街中をそんな格好をして歩いたら、人が避けるレベルで目立つでしょ。怪しい組織にでも入っているのかと思われるわよ。まあ、周りは下手な事を本人に言えないわよね、普通」

「………」


 それまでの闘志はどこに行ってしまったのか、ロックスの目はどこか虚ろであった。そして、そんな好機をアークが逃す筈もなく。


「あっ、隙ありッ!」

「ふげあっ!?」


 不意打ちでロックスの腹部を貫く、アーク渾身のアッパー。その場で跳躍したかのように宙へ放り出されたロックスは、腹から背中へと大きな何かがすり抜けていった感覚と激痛を覚え、漸く現実へと思考が戻って来る。


(いっでぇぇ! な、なんつぅパワーしてんだよ……! つか、まさかの過去の汚点に意識が持っていかれてた。アーク、こいつはただ強いだけじゃねぇ。見た目通り、かなりの策士だぜ!)


 ロックス、ここでまさかの勘違い。しかし、アークの一撃を正面から受けて尚、彼は戦闘を継続しようとしている。それは尋常でない戦闘力を有している証拠であり、アークが好敵手と認めるのも納得であった。


(わあ、肉体を四散させるつもりで殴ったのに、まだまだ元気っぽい! これは当たり、いえ、大当たりの部類ね! それじゃ、私も本気を出しちゃおうかしら!)


 とまあ、戦闘狂の反応はこの通りだ。アークは腕に装着した鎖をギュンギュンと回し、鉄球の武器化を図る。鉄の球体からは刺々しい針が形成され、鎖は回されるほどにその長さが延長されていく。一瞬のうちにそれは罪人の拘束具から、戦士の武器へと変化していった。


(ッチ、落下に合わせて追撃するつもりか! つか、最初に俺をとっ捕まえたのも、あの力によるものってか!? ならよ、俺もただ黙って見過ごす訳にはいかねぇなぁ!)


 対するロックスが、空中にて全身に魔力を巡らせ始める。


「グラスアルミュール!」


 次の瞬間、ロックスは氷塊に包まれた。いや、氷塊を纏ったと言った方が良いだろうか。宛らそれは氷の鎧であった。


「あら、魔法まで使うのね! ますます面白いわ!」

「それはどうも!」


 ロックスが纏った氷は透明度が非常に高く、一瞬目にしただけでは彼の周囲が歪んでいるように見えてしまう。しかし、氷の鎧は確かにそこに存在し、異常なまでの強度を誇っていた。つまりそれは物理的な攻撃と防御、その両方で活躍する事を示す。事実、ロックスは宣教師となって以来、この鎧を破壊された事がなく、常勝を誇っていたのだ。


「ふんっ!」

「うごあっ!?」


 が! だった今、その常勝歴史が呆気なく崩されてしまった。アークの振るった武器化鉄球がロックスに直撃し、彼を氷の鎧ごと粉砕したのだ。バキバキと小気味良い音が鳴り、次いでボキボキと致命的な音も鳴る。


 ―――ダァーーーン!


 そのままリングの床に頭から叩き付けられてしまうロックス。この光景を見てもやばいし、今の音を聞いてもやばい事が容易に窺えた。しかもだ、そんなロックスに対し、アークは追撃となる鉄球を既に振るっていた。


「グラスブークリエ」


 しかし、しかしだ。即死コースを突き進んだように見えたロックスであったが、アークの攻撃が直撃するよりも早く、彼は次なる魔法を詠唱していた。ロックスを護るように、巨大な氷の盾が瞬時に形成。そして次の瞬間、アークの放った鉄球と衝突した氷の盾であるが――― かなり破損してはいるが、未だ健在。術者であるロックスを完全に守護してみせた。


「ったく! 防御特化のこいつを、一撃でここまで破壊しやがるか。どこの伝説の武器だよ、そいつは?」

「別に伝説の武器なんかじゃないわよ? まあ、私が活躍していた闘技場からの、餞別みたいなものかしらね? それより、貴方凄いわね! 私の攻撃を三度も受けて、まだ生きているなんて!」

「ハハッ。宣教師としては、素直に喜んで良いのか微妙なところだぜ」

「素直に誇って良いと思うわよ? 少なくとも、ここ最近の敵の中じゃ断トツだと思うし」

「そりゃどーも。けどよ…… そんな呑気にしていて良いのかい?」

「ん?」


 ロックスの意味あり気な言葉を耳にした直後、アークは自らの足元に視線を落とした。いつの間にかリング全体が、アークの両足が、それどころか周りの海までも凍り付いている。


「―――グラシアス。俺に触れるもの、その周囲一帯を凍結させる魔法だ。ありがとよ、呑気につっ立っていてくれて!」


 ロックスが詠唱していた魔法は、氷の盾を作り出す『グラスブークリエ』だけではなかった。魔法を2つ同時に発動するというスキル、『多重詠唱』を用いて、秘密裏に『グラシアス』の効力を発揮させていたのだ。


(魔法の同時発動! わあ、初めて体験しちゃった!)


 流石のアークも、この事態は予想外であったようだ。両目を見開き、僅かに体を硬直させてしまう。但し、彼女の心情的には驚きというよりも、喜びが大部分を占めていたようだが。戦闘狂としてのさがが、一瞬の隙を作ってしまった訳である。


(さあ、さっきのおかえしだッ!)


 絶好の攻撃チャンス、そんな隙をロックスが見逃す筈がない。ロックスは破損した氷の盾を構え、目にも留まらぬスピードで突貫を開始。圧倒的な強度を誇る盾を鈍器代わりに振りかぶり、硬直したアークに叩き付ける算段だ。如何にアークといえども、今から動き出しては防御も間に合わないだろう。硬直からの不意打ちという、最初の意趣返しが成功したとロックスは確信した。そして、当のアークも今から動こうとしても間に合わないと、その点に関してはだけは同意見であった。 ……そう、その点に関してだけは。


(あっ、良い感じの武器発見)

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