第114話 対慈愛同盟

 多分、この時の俺は意味が分からないという顔になっていたと思う。だって、そうだろう? 既にサウスゼス王国で有名人になっている最強の騎士団長、ジーク・ロイアを真っ先に狙うなら兎も角として、一応の海賊を名乗ってはいるものの、全くその名を轟かせていない俺達が第一に狙われるなんて、全く意味不明な事だからだ。つうか、何でこの場所の事を知っているんだよ? ジークはまあ、バルバロの元部下達から聞いたとか、そんな感じで大体の想像がつくが、『慈愛の神』の駒に絡まれる謂れは無い筈だ。だってほら、面識ないし距離としても遠いし、一体どこから情報が漏れたんだ?


「……この場所は限られた人間しか知らない筈だ。それこそ、生かして帰したモルクの水夫達や、バルバロの部下達くらいしか知らない」


 となれば、現状況で一番怪しいのは、その両方から情報を聞き出せる立場にいる、目の前の人物って事になるが。


「予め言っておくけど、私は告げ口みたいな真似は一切していないよ? そんな裏工作をしたら、私としては自爆みたいなものだからね」

「……ハァ。まあ、そうだよな」


 『慈愛』の駒とジークが裏で組んでいるって線も考えてみたが、その策ではジークが次に続かないだろう。俺を倒したとしても、結局次に『慈愛』に潰されるのはジークだ。仮に組んでいたとしても、わざわざ『慈愛』が攻めこんで来る事を、俺に教える義理はないだろう。


 ……なぜなのか、こんな時にうちの神様の顔が頭に浮かんだ。俺の知らないところで余計な事をしているような、そんな悪戯感に満ちた顔だ。いや、流石に今回の件と奴は関係ないだろ、流石に。 ……関係ないよな?


「で、そんなやばい状況の中で、ジークはどんな同盟を俺達に望むんだ?」

「漸く本題だね。簡単に言ってしまえば、ウィルさん達にはこのままラヴァーズ侵略軍の相手をして、返り討ちにほしい。その間に私がラヴァーズの本陣を、『慈愛の神』の駒、アイ・ラヴァーズを叩く!」

「……え? マジで言ってる?」

「うんうん、マジで言ってる」


 ジークの提案する同盟とは、ラヴァーズ本国から戦力が侵攻に割かれている間に、俺が防衛を、ジークが強襲を担当する事で、大戦力を誇る『慈愛』を打ち破るというものだった。


「世界最大の軍勢というだけあって、ラヴァーズの戦力は殆ど底なしだ。守りに転じた時点で、正直いつか体力負けするのは目に見えてる」

「いや、だからって敵本陣に突貫するのもどうかと思うが…… それ以前に、敵の侵略部隊は俺達に丸投げなのか?」

「生憎、海上での戦いは私の本分ではないのでね。だからこそ、ここでの戦いは海賊の皆様に任せる。それに敵陣で正々堂々戦う分には、我が国の民達が危険に晒される事もないだろう? 極端に言えば私自身の命を護りつつ、敵将であるアイ・ラヴァーズを倒せば良いだけだからね」

「だけって、それがどんなに無茶な事なのか…… ああ、もう良いや。俺が何と言おうとも、ジークにはそれだけの自信があるって事なんだもんな」


 ここに向かっている侵略部隊がどれほどの規模なのかは分からないが、アークみたいな突出した実力者がこっちに来れば、それだけ単独で奮闘するジークにも余裕が生まれるってこった。まあ、一応は理に適ってるし、適材適所な人選でもある。 ……けど。


「この同盟の誘い、状況からして俺達が断れないと、最初からそう踏んでいたな? 何が正々堂々だよ」

「その辺りの想像はお任せするよ。でもまあ嘘は言っていないし、騙してもいない。互いに有益な取引だろ? なら、私としては何の問題もないのさ。窮地に立たされた者同士、協力して試練を乗り越えないとね!」

「……笑顔は止めてくれ。眩しい」


 何とも微妙な後味ではあるが、こうして俺達は同盟を組む事になった。後はアイの持つ秘宝の扱いをどうするか、同盟の期限をいつまでにするかなど、詳細を詰めていかないとか。


「ねえねえ、ウィルったらウィルったら!」

「何だよ、アーク? 自分も敵本陣に行きたいとかって願いなら、即刻却下だぞ」

「えー! ええーっ!?」


 いや、えーじゃなくて。アークさん、俺達は俺達で役割があるって話、ちゃんと聞いてくれてました?


「ぷぼっふ……!」

「「「!?」」」


 そんな注意をアークにしようとしていると、唐突にジークが吹き出した。それはもう、盛大に吹き出した。何だ、ぷぼっふって? あまりに唐突な出来事だったので、俺もアークもクリスもビクリと驚いてしまった。


「クッ、ククク、ク……! か、重ねて失、礼……! す、すまないけど、唐突に目の前で漫才をして笑わせに来ないでくれるかな……? 私、基本的に娯楽に飢えているから……! 笑いのツボが凄まじく浅いんだ……! 頼むよ、本当に……!」

「そ、それはすまんかった?」

「ちょ、ちょっと軽率だったかも?」


 腹を押さえながら、必死に笑いを堪えている様子のジーク。そんな彼の必死さに押され、俺はもちろんの事、アークまでもが申し訳ない気持ちになってしまっていた。


「……ふう、やっと落ち着いて来た。ええと、何の話だったっけ?」

「同盟の中身を詰めるって話だよ」

「ああ、そうだったそうだった。ただその前に、個人的に君達に…… いや、向こうの船にいるバルバロに会わせておきたい子がいるんだけど、良いかな?」



    ◇    ◇    ◇    



 通信機でウィルから指示を受けたバルバロは、ジークが乗って来た船に近づき、これにダンジョン船を横付けした。船と船の間に渡り板を架け、互いに行き来できるようにもする。


「ね、姐さーーーん!」

「おおっと!?」


 すると向こうの船より、いの一番に跳び渡って来た少女が一人。彼女はバルバロの姿を見つけるや否や、バルバロの腰に向かって突貫&抱き着くのであった。


「バルバロ姐さんが生きてた、生ぎでだぁーーー!」

「ハァ、やっぱりブルローネだったかい。まあ、アタシの船が見えた時点で、こうなる予想はしていたけどさぁ」


 バルバロに抱き着いたまま、ブルローネはわんわんと泣き始めてしまう。


「つうか、敵船のど真ん中に単独で突っ込んで来る馬鹿がどこにいるんだい! ブルローネ、少しは冷静になりなっ!」

「だ、だっでぇ~~~……」

「ハハッ、そう言わないでくださいよ、船長」

「船長を解放しに行くって、結局こいつ、最後の最後まで聞かなかったんスからね」


 ブルローネに遅れてやって来たのは、バルバロにとってどれも見た事のある顔だった。まあ、言ってしまえば全員が彼女の元部下だったのである。


「ブルローネは兎も角として、お前らも一緒に来たのか…… 今回は上手く事が運んだから良いものの、事の次第によっては海に蹴り落すところだったよ?」

「そ、そんなマジな目で言わんでくださいよ。俺達、運が良いんだか悪いんだか、漂流した末に―――」


 元部下達はジークに水夫として雇われた事を明かし、安易な考えで助けに来た訳ではないと必死に説明した。


「ハァーハッハ! そう彼らを責めるものではありませんぞ、バルバロ殿! 全ては貴女を思ってこその行動! 実に尊いものではありませぬか!」

「ッチ、サズか」


 ジークの右腕、サズの登場。バルバロからすれば、これも予想の範疇の出来事だ。しかし、かつて海賊として奪い合いをした敵がこの場にいる事は、バルバロにとっては奇妙かつ面倒な事でもあった。


「同盟の件はかしらから聞かせてもらったが、まさかアンタと手を組む事になるとはねぇ。世の中、何が起こるか分からないもんだ―――」

「―――姐さん、この首輪は何だい!? ちょっ、これって奴隷がするもんじゃないかぁーーー!? 姐さん、穢されてないかい大丈夫かいメーデーメェデェーーー!」

「……ブルローネ、少し黙りなって」

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