第115話 終身名誉派遣員

 ウィルとジークが同盟の内容を詰める最中、バルバロはかつての部下、かつての宿敵との再会を果たしていた。


「それでさぁ、かしらはそれだけ男らしいんだ! アタシの全てを懸けても良いと思えるほどにね! この首輪は――― そう、ある種の覚悟の証なんだ。だから、無理矢理手下にさせられたとか、そんなつまらない事じゃないんだよ」

「は、はぁ~~~…… いや、驚きやした。あのバルバロ船長がそこまで惚れ込むたぁ、すげぇ男がいたもんすねぇ」

「なるほどなぁ、それだけの海の男だ。負かされた俺達も、ある意味誇らしいってもんでさぁ!」

「ハァーハッハッハ! そのような傑物と手を組めるとは、それがしも鼻が高いというものです! ああ、そうだ、某特製のイカ墨パスタでも食べますかな? なかなかに美味ですぞ!」

「サ、サズ副団長、今は食事をしている時では……」

「というか、何でんなもん持ち歩いているんだよ……」


 一時はどうなるかと思われた再会も、今となっては腹を割った話をするに至っている。惚気話をするほどに、バルバロも元部下達もサズら騎士団の面々も、どこか緩い空気だ。


「いやいやいや、アンタら正気!? バルバロ姐さんが! 奴隷にされているんだよ!? 何でそんなに和やか風に話しているんだいッ!」


 但し、ブルローネだけは未だに事実を受け止められないでいるようだ。


「あ? だってほら、船長が自分でそう言ってるだろ?」

「ったく、ブルローネは馬鹿だなぁ。ちゃんと耳掃除してっか?」

「少なくともアンタらよりはしてるって、違ーーーう! アタシが言いたいのは、奴隷の首輪が着けられている以上、姐さんが自分で言った今の話も、本当かどうか怪しいって事! アタシ達を騙す為に、嫌々そう言わされているかもしれないだろ!?」


 バルバロの首に着けられた首輪を指差しながら、ブルローネが懸命に大声を出す。彼女としては必死だし、バルバロの事を想っての行動なのかもしれないが、耳元で叫ばれるバルバロにとっては堪ったものではなかった。


「ほう…… ブルローネ、アンタはアタシが嘘を言っていると、そう言いたいのかい?」

「え? あ、いや、そ、そうじゃなくて、姐さんが本当の言いたい事は、他にあるかもって……」

「へえ? このアタシが? こんな首輪如きで? 好きでもない奴に? 仕方なく従っているとでも?」

「あ、ああう……」


 バルバロが凄まじいプレッシャーを放ちながら詰め寄ると、ブルローネは言葉を詰まらせ、すっかり畏縮してしまう。しかし、ブルローネだって本当は一番よく知っているのだ。


(惨めで不本意な奴隷に本当になるくらいなら、バルバロ姐さんは自ら命を絶ってる。姐さんにはそれくらいの覚悟がある。じゃあ、やっぱり……)


 叱られて落ち込み、現実と向き合って更に落ち込み、今やブルローネは頭は地に、否、甲板に着地しそうになっていた。なかなかに器用な落ち込み方である。


「その辺にしておいてくださいよ、船長。ブルローネの奴、久し振りに船長に会ってテンションが訳分かんねぇ事になってるだけ――― あ、それはそれで厄介か」

「ああ、それ以上言わなくても分かってるよ。それよりも、いい加減その船長ってのは止めな。もうアタシは蒼髑髏の頭じゃねぇんだ」

「じゃあ、俺達も姐さんと呼びますけど?」

「あー…… ッチ、好きにしな。ブルローネ、何だかんだでアタシが無事だってのは確認できただろ? なら、後は自由に生きるこった。暫くはジークの下で働く事になるだろうが、まあ一生をそこで過ごす訳じゃあない―――」

「―――なら、アタシもここで働くよ! 姐さんと一緒に!」

「……ハァ?」


 先ほどまで甲板と頭部をくっつけていたブルローネが勢いよく起き上がり、再びバルバロの腰へと抱き着く。その行動も今の台詞も、バルバロにとって唐突過ぎた。


「いや、アンタは今、ジークんとこの所属だろ。何勝手にアタシとここに残る事にしてんだ?」

「そ、それがですね、姐さん……」


 元部下達が非常に申し訳なさそうにしながら、何かを説明しようとしている。しかし、どう切り出したら良いものかと迷っているようだ。


「それについては某がお話し致しましょう!」

「サズ?」

「そこのお嬢さんは他の皆様と同様に、ジーク団長に騎士団お抱えの水夫として雇われました。がっ、どうも彼女は貴女と共に生きたいという強い想いがあるようでして」

「強い想いっつうか、我が儘みたいなもんだろ? んな事を許すほど、ジークは甘いのかい?」

「いやー、それがですなぁ。お嬢さんは事あるごとにジーク団長に文句を――― コホン! ……交渉をしに来ていまして、その度に団長に掴み掛かり――― ウォッホン! ……感情的になりそうになる出来事が多発しておりまして」

「あ、ああ……」


 バルバロの頭にその光景が容易に思い浮かぶ。


「先ほどその通信機で、団長の能力について耳にしていたと思います。団長にとって異性との接触は禁忌なのです。本人の思いや感情は兎も角として、本当に不味いのです! 煩悩を断ち切るのもタダではなく、鋼の精神力が必要なのです! そこで某、ジーク団長からバルバロ殿宛ての伝言を預かっているのですが」

「ジークからの伝言……」

「はい、そのジーク団長からです。えー、えー、コホン。 ……バルバロ殿、この度は同盟を結べた事を大変嬉しく思います。過去の確執を忘れ、今後は共に手を取り合って…… は、こちらの事情が色々あって物理的には無理ですが、気持ちは本物です。尤も、言葉だけでは何とでも言えますよね。そこで友好を深める為、友好の証という意味で、我が方の優秀な人材を派遣したいと思います。彼女の名はブルローネ、大変に優秀な狙撃手であり、必ずや貴女の助けと―――」

「―――いや、知ってるよ! 元部下だよ!?」


 ちなみに当のブルローネは、現在もバルバロの腰に抱き着いたままの状態である。


「まあ、団長の本心を言ってしまえばこうです。お願いだから引き取って、私が取り返しのつかなくなる前に……!」

「そ、そこまで緊迫した事態だったのかい……」

「ええ、拒否しようにもこの執拗さ、ここまでの航路で一体何度団長が、色々な意味でピンチになった事か。ですから、責任を持って彼女を預かってくだされ。最終的には終身名誉派遣員として、そちら側で骨を埋めてもらうのがベストですなぁ。まあ、罪人を島流しにしたとでも刑を下せば、秩序的にも問題はないでしょう」

「そ、そうかい。まあ、アンタらが問題ないのなら、アタシもそれ以上の口出しはしないが」

「そういう事だよ、姐さん! これからもよっろしくー!」


 頬ずりをするブルローネは、すっかり元気を取り戻しているようだった。


「ブルローネ、アンタはそろそろ離れなっ! ハァ、まったく…… で、他の奴らはどうなんだい? まさか、こいつらの面倒もこっちで見ろと?」

「いえいえ、彼らには団長を敵地にまで送るという重要任務がありますので。申し訳ありませんが某らが乗って来た船と共に、騎士団の戦力として組み込ませて頂きます」

「そういう事です、バルバロ姐さん」

「俺達は俺達で、自分の道を進ませてもらいますよ。まあ、ブルローネの世話は大変だと思いやすが……」

「何が大変だ! 世話をするのはむしろアタシだし、姐さんの右腕として活躍するこれ以上の人材はいないんだよっ! ねっ、ねっ、そうだろ姐さん!?」

「ハァ、そうだねぇ……」


 ウィルとの間で一悶着ありそうだと、バルバロはらしくもなく、今日何度目かの溜息をつくのであった。という訳で終身名誉派遣員ブルローネ、ウィルの知らぬ間に仲間入りを果たす。

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