第112話 自己紹介+アルファ

 ジークをこの船に乗せる。単独かつ非武装とはいえ、この行為には危険が伴うだろう。だがそれでも、他の神の駒と関わりを持てる点は捨て難い。本当に同盟が組めるとすれば、争奪戦は飛躍的に有利になるだろう。それに、たとえあの宣言が嘘であったとしても、地の利と数的有利はこちらにあるのだ。尤も、ジークもその事は分かっているだろうし、噂通りの人物であるのだとすれば、無茶な真似はしない筈だが。


「じゃあ、この文章を伝えてくれ」

「承知」


 スカル・サンに『魂の呼声』で提案を受ける節を伝えてもらう。これで向こうも、こちらの意思を理解してくれる筈だ。


「さて、後はジークを待つだけだ。単独って事は小舟か何かで来るだろうから、少し時間が掛かりそうだな」

「んぐんぐんぐ!」

「……アークさんや、口の中身を飲みこんでから喋ってくれ。何て言ってるのかまるで分からん」

「んんっ、ゴクン! ふぅー、腹三分目! ウィル、そんなに待つ事にはならないと思うわよ?」


 アークがお腹をさすりながら、何やら変な事を言い出した。待つ事にはならないって、こっからジークの船までは、まだまだかなりの距離がある。向こうの拡声器が辛うじて聞こえるくらいだし、ボートを漕いで来るような速度じゃ、結構な時間を待つのはほぼ確定だ。


「だってほら、向こうの船でそのジークって奴、準備運動してるわよ?」

「へ?」


 単眼鏡を再度覗く。確かに、ジークは入念な準備運動をしているところだった。裸眼でよく見えたね、君。あ、マイクを持った。


「私を信じ、そして受け入れてくれてありがとう! では、今からそちらへ向かわせてもらうよ! ああ、そうだ。どうか間違っても攻撃はしないでほしい。そうなってしまうと、こちらも正当防衛せざるを得ないからね」


 拡声器の声がまた届く。出発前の合図&警告のつもりなんだろうか? そして、未だに小舟の準備をしている様子はない。つまり?


「……アーク、お前だったらこの距離、泳いで瞬時に向こうまで行けるか?」

「んー、やった事ないから分からないけれど…… ま、本気目で泳げばできるんじゃないかしら、多分」


 おいおい、マジですかい。って事はだ、ジークの奴も泳いで来るつもりなのか? 水上バイクみたいな速度で? 確かアレって、水中で最速を誇るカジキと同じくらいのスピードが出るんじゃなかったっけ?


「はぁ~、相変わらずの怪物っぷりだねぇ。アタシも時間を掛ければできるだろうが、瞬時にってのは絶対無理だよ」

「いや、誰だって無理だろ。人間が泳いで出して良い速度じゃないし……」

「あっ、甲板から飛び降りるみたいですよ」


 俺と同じく単眼鏡を使っていたクリスの声を受け、再々度向こうを確認。


「本気で泳ぐつもりなのか…… ん? でもあいつ、服とか着たままじゃ―――」


 ―――ザパァーーーン!


 俺が言葉を言い終えるも早くに、船よりジークが飛び降り、着水と共に盛大な波しぶきが上がった。ちなみに俺が言おうとした通り、ジークは衣服を着用したままの状態である。


「……なぁ、俺の見間違いじゃなかったらなんだけどさ。あいつ、海の上を走ってないか?」

「ア、アタシの目がイカれてなければ、そう見える、ねぇ……」

「ど、どういう原理、なのでしょうか……!?」

「ああ、その手があったか! よし、今度真似してみよっと!」


 約一名を除いて、俺ら全員が目を疑う。向こうの船から飛び降りたジークは、紛れもなく海の上を疾走していた。凄まじい速度で、一切沈む事なく。水上バイクだとかカジキだとか、そんなスピードじゃなかったと思う。正に目を疑うような、一瞬の出来事だったのだ。


「よっと」


 あっという間に距離を詰めたジークは、あろう事か海の表面を蹴って、そこから更に飛翔。船よりも高く舞い上がり、華麗な曲線を描きながら甲板へと着地した。海を走っている事に驚き、そのスピードに驚き、眼前の美形に驚くという三段仕込みである。


「ええと…… ああ、君が『創造の神』の駒かな? 改めて、招待してくれた事に礼を言わせてもらうよ。さっきも自己紹介させてもらったけど、面と向かってもう一度しておこうかな。私はジーク、ジーク・ロイアだ。よろしく」


 どういう訳か、ジークは俺が神の駒である事を一瞬で見抜いていた。ついでに、握手の為の手も差し出している。この一瞬で試され過ぎじゃないかな、俺? この手、握った瞬間に握り潰されるとか、ないよな?


「……ウィルだ。こちらこそ、よろしく」


 もしもの時は頼んだと、クリスとアークに目配せ。意を決して握手を交わすと、ジークは眩しい笑顔を浮かべてくださった。うおっ、本当に眩しい気がする……! と、取り敢えず、行き成り攻撃をして来るような事はないらしい。


「海を走って来た時は本当に驚かされたよ。それで、同盟の件だけど―――」

「―――ああ、ちょっと待ってくれるかな? その前に、これだけは言わせてほしいんだ」

「……何だ?」


 俺の言葉を遮ったジークは、その美形を真面目なものへと変えていた。まさか、ここで仕掛けるつもりか!? クッ、やはりもう少し警戒しておくべきだったか!


「私は『秩序の神』の駒で、持っているスキルもそれに準じたものになっているんだ。名前を言ってしまうと『絶対秩序S』、『一問一答S』、『不殺の剣S』というラインナップでね」

「……は?」

「『絶対秩序』は人としての代表的な悪徳を犯さず、品行方正に生きていく事で力を手に入れるスキルだ。高価な食事、贅沢な生活を避け、日々を善行と共に過ごしていく事で、この力は際限なく高まっていく。あ、ちなみに女性と接触するような行為も、残念ながら良くない判定になってしまうんだ。だから、そちらの女性陣には注意してほしいかな。私には絶対に触れないでほしい。いきなり失礼な物言いで、本当にごめんね?」

「お、おい……?」

「次、『一問一答』は私が問答を行った相手に対して、強制的に過去に行った悪事を自白させる事がでるんだ。ランクが高いスキルなのもあって、どんな心理的な障壁も貫通して効果を発揮させてしまう、我ながら恐ろしい能力だよ。ただ、絶対的に万能という訳ではなかったりする。一日に一度しか使えないし、自白させる悪事も具体的に指摘してあげないといけない。問い掛ける相手に対して、しっかりとした裏付けが必要になるスキルだと言えるね」

「いや、そうじゃなくてだな!?」


 俺の制止を振り切って、ジークが聞いてもいない事を、いや、実際はかなり知りたいところだったけど、自分の能力についてなぜか語り出して来た。一体何のつもりなんだ? けん制のつもり、それとも嘘の情報で俺達を混乱させる狙いか?


「三つ目のスキル『不殺の剣』は、その名の通り、攻撃した対象を殺さない為の力。命ある者を無意味に殺す事もまた、『絶対秩序』の禁忌に当たるからね。だからこそこの力は、みだりな殺生をしない為に存在しているんだ。ちなみに私の全力攻撃が直撃したとしても、この能力さえ発動していれば、ギリギリのところで生かす事が可能だよ。便利だね!」

「………」

「とまあ、これらが私の強さの秘訣であり、最大の秘密でもあるスキルの数々という訳さ。理解して頂けたかな? 信用できない? ならば、ここに宣誓しよう。私、ジーク・ロイアは嘘偽りなく、自身の能力について説明したと!」


 物凄く良い笑顔で、ジークさんがそんな宣誓までしてくれおった。同盟を結ぶ為に、本気で信頼を得る為に、自身の秘密を全て明かしたとでも言いたいのだろうか?


 ……正直、俺にはこいつが本当の事を言っているのか、嘘を言っているのかが判断できない。こんな時は、勘の良いアークとバルバロに意見を―――


「ウィル、今の話マジっぽいわ! 何となくそんな気がするもの! あ、何か頼られた気がしたから言ってみたわ!」

「アタシも頼られた気がしたから、率直な意見を言ってやろう。ああ、恐らくは真実だろうさ。アタシの読みは当たってたねぇ」


 ―――ああ、マジでマジな話だったのね。

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