第111話 思わぬ提案
状況を整理しよう。今俺達の目の前にいるのは、バルバロの船に乗ったジーク・ロイア。他に誰が乗っているのかは不明だが、現在ジークは白旗を振っている。
「……正直さ、どんな状況なのか意味が分からない。何でそのジークとやらがバルバロの船に乗って、更には白旗を振ってまで、こんなところにやって来たんだ?」
「
「マスター、白旗を振っているという事は、少なくとも交戦の意思はないという意味ではないでしょうか?」
「えー、そんな簡単に信じて良いものじゃないでしょ?」
「そ、そうですね。アークさんの言う通り、警戒を解かせてからの不意打ち、なども考えられると思います……」
クリスには悪いけど、まあ普通に考えればアークやジェーンの意見が正しいかな。それこそ、まだイカダで放浪していた頃に出会った奴隷船も、そんな騙し討ちをしようとしていた訳だし。
「通信機越しに角娘達の声、聞かせてもらったよ。尤もな話をしているみたいだね。けど、ジーク・ロイアに限っては、騙し討ちだとかそういった卑怯な真似をされる心配は、まずないと思う」
「ん? どういう事だ、バルバロ?」
いつもであれば伝説の海賊として、バルバロは忌憚のない意見を言ってくれる。言うなれば、そういった戦法に一番精通している、警戒しているのが彼女なのだ。そんなバルバロが心配する必要がないと言ったのは、少し意外だった。
「前にも言ったが、ジーク・ロイアは神の駒の中でも一、二を争う戦闘力を持っている。更には女遊びもしないような清廉潔白な性格、あの綺麗な見た目も相まって、所属するサウスゼス王国では国民から絶大な人気を博していやがるんだ。理想の騎士の体現、正義の剣に相応しき者、そんな呼び方をされるくらいにね」
「お、おう? でも、それってさっきの話と関係あるのか? 国内で何と言われようとも、戦いが発生したら絶対はないだろ?」
「だから、ジークに限ってはあるって話だよ。ここからはアタシの予想も含むんだが…… あいつは絶大な戦闘力を得た代償として、正々堂々と戦う以外に手段を持っていないんだと思う」
バルバロは自身の経験を交えながら説明を続けた。ジークはこれまでの戦いで、どんな争いに参加するにしても、まず最初に意思表明を行うんだそうだ。敵軍、或いは俺達みたいな海賊と戦う際も必ず名を名乗り、真正面から戦う事を宣誓。それからその言葉通りの戦法で敵を蹂躙しながらも、よっぽどの悪人でもない限りは死者も出さない。そんな夢物語のような正道的戦い方で勝利を重ね、未だに敗北を知らないらしい。
「……マジか、それ?」
「大マジだよ。まだアタシがガキだった頃の話だが、その時にジークと対峙した時も、例に漏れずその戦い方をクソ真面目にされたからねぇ。あの時の驚きは、今でも鮮明に覚えてるよ」
「ジーうと戦った事があるのか?」
「いいや、戦わなかった。対峙しただけだ。元々、その時に狙っていた獲物はジークじゃなかったんだ。別の海賊と争って勝つ寸前だって時に、どこからともなく奴は名乗りと共に小舟で現れた。ここからは自分が相手をするとか、そんな宣言付きでね。海賊同士の戦いを穢されたんだ。当然アタシも頭に来たさ。はなから負けるつもりもなかった。 ……けど、こいつに勝つとしたら全滅覚悟で挑む必要があるって、アタシの勘が言っていだ。だから、痛み分けで退く事にしたんだ」
恐らくその判断は、バルバロにとって悔しいものだったんだろう。高性能な通信機は、彼女がギリギリと歯を噛んでいる音まで拾ってくれていた。
「……その後にジークについて色々と調べたんだが、やっぱり他での戦いも似たような展開ばかりでね。ああいうの、騎士道って言うのかい? まあ、んなこたぁどうでも良いか」
「ねえ、ウィル! そのジークってのと戦っても良い? 良いわよね!?」
「はいはい、どうどう。クリス、適当にアークに餌付けしといて」
「承知致しました。アークさん、新作の料理ですよー」
「わぁ……!」
子供みたいに瞳を輝かすアークはさて置き、ジークが相当にやばいのは理解できた。正直、枷を外して強くなったアークが戦ったとしても、絶対に勝てるという確信はできない。
「バルバロ、その騎士道精神が代償になってるってのは、一体どういう意味なんだ? そのジークってのが、本当に聖人君子みたいな奴かもしれないじゃないか?」
「ハッ! 表向きをどう繕っていても、人の欲望に一番近いところにいたアタシからすれば、仕方なくそうしているようにしか見えなかったんだよ。奴には人並みの欲求があるし、悪人とは言わないが、絶対的な善人でもない。奴の雇い主は『秩序の神』だ。大方、欲を満たさず真面目な生き方を貫く事で力を得るとか、そんな能力を持っているんだろうさ」
「な、なるほどな……」
バルバロの説明は尤もだが、推測の域を出なくもある。さて、どうしたものか―――
「―――あー、あー、マイクテス、マイクテス…… 私の声、聞こえているかな?」
……拡声器を使ってるかのような男の声が、唐突にジークの船から聞こえて来た。単眼鏡で前方を覗くと、白旗を掲げたまま逆の手でマイクを握るジークの姿を発見。この声、ジーク本人のものか。
「そういやモルクも、アレに似た拡声器なマジックアイテムを使っていたな。船では結構メジャーだったりするのか?」
「な訳あるかい。あんな敵に位置を知らせるだけのもの、アタシの船には乗っけてなかったよ」
という事は、ジークがわざわざ用意した物か。恐らくは例の意思表明を行う為なんだろう。
「私の名はジーク・ロイア、サウスゼス王国騎士団の騎士団長だ。ああ、警戒をする必要はないよ。私は何も君達と戦いに来た訳ではないんだ。とは言っても、そう簡単には信用できないのも分かっている。それは至極自然な事で、道理に合った判断だ。だからこそ、ここで一つ提案をさせてほしい。武装を解除した私を、どうか単独でそちらに向かわせてくれないだろうか? 求めるものは有益な話し合い、同盟の締結だ!」
「「……はい?」」
通信機越しに、思わずバルバロと声が合わさってしまった。いやいや、展開が予想外過ぎるんだって。
「少しでも話を聞いてくれる気があるのなら、光を照らすなり、何かしらの方法で反応を返してほしい。その気がないのであれば、私達は大人しく帰還しよう。30分ほど待つ、良い返事をもらえる事を期待しているよ」
それっきり、ジークの声は途切れてしまった。
「神の駒同士で同盟、か。面白い事を考えるもんだけど、どうっすかなぁー……」
「あの、ウィル様。あの船に乗る方々の心の内を調べてみたのですが、敵意や不安な気持ちが混ざっている方が七割、残る三割が使命感に満ちているような、気力に溢れている様子です。一人だけ不自然なくらいに平常心な方もいましたが、それは恐らく―――」
「―――ジーク、だろうな。助かったよ、ジェーン」
「アタシの勘によれば、その七割がうちの残党、三割が騎士団の連中ってところかねぇ。ジークめ、アタシの元部下を捕まえやがったな?」
「そう考えるのは早計だけど、バルバロの船も一緒だから、まあそれが一番可能性が高そうだよな。海賊達が俺に敵意があるのは当然だし、ここまで戻って来た事で不安になる気持ちも十分理解できる。騎士団についてはよく知らないけどさ。で、どうしようか? バルバロの話の通りなら、ジークは本気で同盟を結びに来たって事なんだろ、これ?」
「だねぇ。ぶっちゃけた話、たとえ非武装かつ単独であったとしても、ジークが来るだけで危険ではあるけどね」
「うーん……」
与えられた30分の間、俺達は意見交換を交わし、結論としてジークの案を受け入れる事とした。もちろん、最大限の警戒網は敷きつつ、である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます