第110話 白旗

 俺やクリス達が乗船する為に、ゴブイチの乗る第一ダンジョン船には一度寄港してもらう。一方の第三ダンジョン船を統括するバルバロには、監視を敷く為、先に前線に向かうよう指示。厳戒態勢へと移行したので、海の色も黒へと変色だ。島から船が出たら、拠点へと続く入り江の入り口も対バルバロ戦で使用した、例の聳える岩礁で完全封鎖――― とまあ慌ただしくはあったが、一度避難訓練染みた予行練習を行っていたのもあって、比較的迅速に対応する事に成功したと思う。尤も、問題なのはここからなのだが。


「正体不明か…… 一体どこの船だ?」

「船はどこのでも良いけど、乗ってる奴は強いと良いわねー。久し振りの戦いなんだし!」

「アーク、何が久し振りなんだよ。争奪戦があったのは、ついこの間の事じゃないか…… それに、まだ敵とは決まってない」

「えー、真っ直ぐこっちに向かって来ているんでしょ? なら敵よ、間違いない!」


 こーのバトル馬鹿は、また楽しそうにそんな事を言う。


「よし、それなら敵が幽霊船だった場合もよろしく頼むな。一番槍として突貫しても良いぞ」

「そそそそ、その時はウィルに譲ってあげるわ」

「お前、どんだけ調子が良いんだよ……」


 敵の幽霊はまだまだ苦手か。ここ最近のアーク、ジェーンやグレゴールさん以外のエーデルガイストの皆さんにも、段々と慣れて来た感じではあったんだけど。


「まあ、そこは今回の相手が幽霊船でない事を祈るとしようか。だが、もし戦いが発生して、仮にそんな敵であったとしても、だ」


 甲板背後のせり上がった場所に立ち、改めて皆の表情を見回す。


「アークだけが俺達の切り札じゃない。俺達全てが強力な戦力だって事を、ここに証明してやろう!」


 そう鼓舞し右腕を空へと突き上げた瞬間、船中から呼応する叫びが響き渡った。どうやら睡眠時間を削って練習していた俺の激励は、多少なりの効果があったようだ。フフッ、嬉しい。


 この期間中、俺達は漁と拠点の充実のみに力を入れていた訳ではない。何せ漁で得た収入の殆どは、攻撃と防衛の強化に充てていたんだからな。前回のバルバロとの戦い、結果的に勝利できはしたが、アークの強さによるごり押し、そして運がこちらに味方した要素が大きかった。逆に言えば、何かの拍子で負けていたかもしれないんだ。その反省を踏まえ、俺は海賊団全体の戦力強化を図った。


「ショップの売買作業もしんどかったが、本当に頭と体力を酷使したのは戦力強化こっち……! 戦闘に携わる皆を事務所に呼んで意見を取り纏め、装備を見直し、資料を作ってプレゼン、賛成の過半数を達成させた成果が今正にここに……!」

「ねえ、クリス。ウィルが何かブツブツ言ってるけど、アレって大丈夫かしら?」

「連日の激務による深夜テンションというものかと。この騒動が終わり次第、マスターには暫く休んで頂かないといけませんね」

「ジェーンさん、頑張りましょうね!」

「はは、はい。すす、少しでもウィル様が楽になるように、フォローしていきましょう……!」


 っと、そろそろバルバロが監視に当たっている海域に到達する頃だ。一度連絡しておこう。懐からとある小型の端末を取り出す。これは所謂通信機のマジックアイテムで、モルクの船団に搭載されていたのと同類のものだ。一定の距離内であれば、このマジックアイテムの端末を持つ者同士、連絡を取り合う事ができる。第一ダンジョン・第三ダンジョンの船長がそれぞれ携帯し、島の方でも普段は俺の事務所に置いている。散歩中は外にいた為に、緊急で文章で連絡していたが、やはり口頭で連絡し合える方が便利だよな。


「バルバロ、聞こえるか?」

「あー、聞こえてるよ。というか、ずっと聞いてた」

「ずっとって、随分と余裕そうだな?」

「心に余裕がなけりゃ、指揮官なんて務まらないよ。まだその不明船とやらも、見えていないしねぇ。にしてもかしら、良い事言ってたじゃないか! 普段はアタシが鼓舞する側だけど、なかなかに燃えたよ!」

「お、おう、そんなに良かったか?」

「ああ、あの夜くらい燃えたさね!」

「ぶふっ!?」


 思いもよらぬ不意打ちに、思わず吹き出してしまう。


「クククッ、初心なところがまた良いねぇ」

「……バルバロ」

「悪い悪い、悪気はないんだ、許しなよ。でもまあ、本当に良かったんじゃないかい? アタシだけでなく、そっちの船の面子もやる気になってるみたいだしねぇ」

「ったく、もう…… ふざけてないで、警戒を厳としてくれ」

「はいはい、分かったよ。この新しくなった双眼鏡、よーく見えるからねぇ。あ、例の船が見えて来たよ」

「来たか。そこから船の規模とかは分かるか?」

「んー、幽霊娘が言っていた通り、相手は一隻のみ。船の規模は、ちょうどアタシが乗り込んで来た時の船くらいの大きさ…… って、んんっ?」

「どうした?」

「……いや、ちょうどとか、似てるとかって話じゃないね。アレ、アタシが逃がした船、そのまんまだ」

「は?」


 どういう事だ? バルバロが逃がした船って言うと、地底湖から潜水して逃げたあの船か? 今になってこの海域に戻って来る理由があるとすれば、それはやはり―――


「―――バルバロの部下達が、お前を救出しに来たって事か?」

「状況から察するに、その可能性が高いか。けどアタシとしては、それはないと踏んでたんだけどねぇ。ブルローネ辺りが駄々をこねて、周りの奴らに諭される展開だと思っていたんだが…… ああ、まあ安心しな。仮にそうだったとしても、アタシは頭に忠誠を誓ってる。戦えと言えば、即座に全力で応戦してやるし、沈めろと命令されりゃあ、容赦なく沈めてやる」

「そ、そこまで言い切って良いのか? 仲間だったんだろ?」

「少なくともアタシは、そのくらいの覚悟を持って頭に仕えてるつもりだよ? それにだ、あの程度の戦力でのこのこ戻って来る馬鹿共だったら、アタシの下で何を学んだって話だよ。その場合、死を以ってお灸を据える必要がある」


 バルバロの口調は軽いが、とても冗談で言っているとは思えない凄味が感じられた。多分だけど、彼女は俺がそう命令すれば、何の戸惑いもなく敵船を沈めてしまうと思う。


「……できる事なら沈めるんじゃなく、敵船を奪い取りたいものだな。まだ敵と決まった訳でもないんだ」

「もしかして、アタシに気を遣ってるのかい? そこはアタシの裏切りを警戒しなよ、お頭」

「ご忠告、ありがとよ」

「まったく、お優しいこって。で、さっきの鼓舞で燃えてたとこ、悪いんだけどさぁ…… なんだかやっこさん、白旗振ってるんだよねぇ」

「は?」


 海賊船が白旗を振っている? どういう事だ? というか海を漆黒化させてるのに、バルバロが乗っているダンジョン船が見えているのか?


「……その白旗を振ってる奴、前の部下だった奴か?」

「あんな美男子、うちで海賊なんてやってる筈がないよ。いや待て、アレは…… サウスゼス王国のジーク・ロイアか!? 何で奴が、アタシの船に!?」


 ジーク・ロイア? それって確か――― 戦闘力でトップを争うとかいう、超危険人物じゃないか!?

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