第109話 海賊島の港町

 ここ暫く働き詰め&事務所に缶詰めであった事をクリス達に指摘され、彼女ら三人を引き連れ、少し拠点の中を散歩する事になった。クリスは使用人らしく俺の後ろを歩き、更にメイド見習いのリンがその後ろを、ジェーンはいつもの特等席(肩)に乗ってと、傍から見れば少々変わった散歩風景に見えるかもしれない。


「ああ、ウィルさん、こんにちは。見回りですかな?」

「いえいえ、そんな大層な事では。気分転換の散歩ですよ」


 しかし、拠点の住人の皆さんはそこには特に触れず、普通に挨拶をしてくれる。恐らくは気を遣ってくれているんだろう。ありがたい事だ。


「これは失敬、トリプル散歩デートでしたか。ジェーンお嬢さん、ファイトですぞ!」

「ええええっ!?」

「は、ははは……」


 ただ、まあ何と言いますか、違うところには容赦なく斬り込んで来るもんで、俺は冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。こういう時はアレだ、早足でエーデルガイストのおじさんと別れ、早々に話を切り上げるのが一番だ。これ以上はジェーンが爆発してしまいそうだし。という訳で、おじさんに手を振りながら整備された道をさっさと進んでしまう。


「ふう、行き成りだったな。ジェーン、大丈夫か?」

「ははははは、はいぃぃ……」


 うん、大丈夫じゃないな。ジェーンが回復するまで、暫くは人目のつかない道を歩きますかね。


「それにしても、拠点の中も発展したよな」

「ですね。それもこれも、ジェーンさんが街の発展計画を組み立ててくれたお蔭です」

「い、いえ、私はそんな……」


 現在、一日の収入の約10%ほどは、拠点内の充実化に充てている。街の開発に携わるジェーンは内気であるにもかかわらず、わざわざ街の住人全員から意見を伺い、その予算内で最高のポテンシャルを発揮させようと、この一週間ずっと拠点内を駆け回ってくれていた。その成果として表れた今の街並みは、一週間前とはまた別物となったのだ。


 まず目につくのは、やはりひと目直ぐに分かるほどの、街の風景の変わりようだろうか。以前は住居となる建物をそれっぽく設置しているだけだったが、今は区画ごとにしっかりと並び直され、石畳の道も全区画に整備、更には木々や花といった緑も綺麗に植えられ、噴水やベンチといった各種装飾も完璧なバランスで成されている。小さいながらも完全な港町となった拠点は、今やどこに出しても恥ずかしくない、むしろ誇りに思える街となった。


「謙遜するなって。俺がやろうとしたら、いくら予算があったとしても、こんな街並みは作れなかったよ」

「そそそ、そんな、まだまだ、そう、本当にまだまだなんです…… 外観こそそれなりになりましたが、街として必要最低限の下地ができただけで、ウィル様が治めるに相応しい街には程遠いんです……」


 なのに、なぜかシュンとしてしまうジェーン。どうやら彼女は、この程度ではまだまだ満足していないらしい。俺の目には完成形として映っているこの街も、ジェーンにとっては発展途上なのだろうか? いやはや、何とも頼もしい限りじゃないか。 ……ないと思うけど、お城とか建てようとしてないよね?


「街の外観もそうですけど、この街灯も便利ですよね。これが拠点中にあるお蔭で、夜に外に出ても怖くなくなりましたもん」


 あ、今リンが良い事を言った。そう、遂に我が拠点、街灯が点灯しました。住宅の玄関口や道端に設置された街灯は、真夜中に炎を使わずとも十分な光源をもたらしてくれる。これらは大国の首都などでも活用されている灯りなんだそうで、電気ではなく内部に埋め込まれた魔石で光っているんだという。定期的にメンテナンスと魔力の補充は必要だが、火事の心配がなく安全で、かつ炎よりも明るい為に大変に好評だ。この魔石の光システムは、もちろん家の中にも応用されている。


「地味にアークも喜んでたぞ。これで悪いお化けも出て来ないでしょ! ってさ」

「フフッ、アークさんらしいですね」

「よ、喜んで頂けたのなら、嬉しいです……」

「ジェーンさん、顔が真っ赤ですよ」


 リンに恥ずかしがっている事を指摘され、更に顔を真っ赤にするジェーン。


「そ、そういうリンさんこそ、私は凄いと思います。街の面積と同じくらい広大な耕作地を作って、そこの責任者として皆さんを率いる立場ですし……」

「ええっ!? わわ、私はそんな大した事はしてないですよ!」


 まさかのジェーンの反撃に遭い、今度はリンが焦り出す。


 しかし、実際ジェーンの言う通りで、ここ最近のリンの働きは目を見張るものがある。前からあった活動拠点の陸側に、ほぼほぼ面積が倍になる程度に第二ダンジョンを拡張、自給自足の先駆けとして、そこへ試験的に大きな畑を作ったのだ。


 そして、この自給自足計画の中心となって働いているのが、他でもないリンなのである。畑での働き手として、エーデルガイストの住民からも何名か作業に参加をしてもらっているが、彼らは元々街の中で働いていた者が多く、あまり畑作業に詳しいという訳ではなかった。となれば、船内にて菜園を作り上げた(船内菜園は長期運航用として現在も現役)実績のあるリンが注目されるのも、当然の流れと言えるだろう。というか、そもそもの発案者はリンだったりする。


 勉強熱心、そして何事にも率先して参加するリンは、野菜の図鑑を持って事務所に突然&農地開発の必要性を熱弁。俺を見事に説き伏せて、この仕事に着手するに至った。今では俺も読んだ事のなさそうな専門書を読破してるし、恐らくはその内容も理解しているんだと思う。そう確信させてくれるくらいに農地の開発は順調に進み、極短期間で実り、病気に滅法強い根菜類等々、驚く事にものによっては既に収穫が始まっている野菜があるほどだ。


 ちなみに、作物の種はショップから購入している。この世界には存在しないという、品種改良を重ねたものばかりだったのもあり、かなり値が張りはした。それでも出来合いの野菜を購入するよりかは断然安いし、長期的に見れば先行投資にもなっている。海に近い土地柄や気候、土の質やら、考える要素は沢山だっただろうに。膨大な数の品種から、よくそれらの種を見つけ選び出したものだと感心してしまうよ。このようにジェーンと同じくらい、リンの働き振りも素晴らしいのだ。


 ……今更ながらに思うけど、リンとジェーンもやっぱり相当働いているよな?


「えっと、今一度聞くけどさ、二人とも本当に俺の手伝いをお願いして大丈夫なのか?」

「「大丈夫です! 手伝います!」」


 お、おおう、即答ですか。


「畑は既に沢山の方々が協力してくださっています! その分、私も船長さんの力になりたいです!」

「わわ、私の街開発は、最後にウィル様の許可を得て実行しているものです。いくら忙しい時でも、ウィル様は真摯に私の話を聞いてくださいます。だからリン様と同じく、私も――― ん、んんっ?」


 リンと一緒に身を乗り出し、お手伝いについて熱弁していたジェーンの言葉が、あるタイミングでピタリと止まった。そしてとある方向を向き、何かを探るように目を細めている。


「……? ジェーン、どうした?」

「……あちらの方角から、船がこの島に近づいて来ています。まだ大分遠いですが、進路からして真っ直ぐこちらへ向かっているようです」

「何ッ!?」


 ジェーンのソナーに何者かがヒットしたようだ。つい一週間ほど前にバルバロの海賊団が襲来したばかりだってのに、もう次のお客さんかよ。


「気配の数、密集具合からして、船は一隻だけだと思います」

「一隻だけ、か。それでも油断はしていられないな。クリス、リン、街の皆に厳戒態勢に入ると伝えてくれ。俺は漁に出てるバルバロ達と連絡を取る」

「「了解です!」」


 二人の駆け出す足音を耳にしながら、急いでダンジョン創造のメニュー画面を開く。ああ、今日はいつも以上に忙しくなりそうだ。

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