第108話 一週間後

 本日は晴天なり、本日は晴天なり。いや、天候はこちらで操作しているから、今日は晴天設定と言うべきか。晴天設定、晴天設定――― なんか早口言葉みたいだな。それは兎も角として、良い天気なのだから漁日和なのは間違いないだろう。


「まあ、俺は今日も変わらず事務作業なんだけどね……」


 ここは酒場『美食亭』の裏方、調理場の隣に位置する事務所である。歓迎会から早一週間が経過し、新たな仲間と新たな船を迎えた俺の生活は、海の上ではなく陸の上で過ごすのが殆どとなった。というか、この事務所で過ごすのが殆どとなった。なぜこうなったかというと―――


 ―――コンコン。


 おっと、その前に次の仕事が来てしまったようだ。この気遣い上手な扉の叩き方は、クリスで間違いない。フフッ、扉のノックだけで、相手が誰なのか判別できるようになってしまったよ。まあでも、ノックをしないで行き成り入って来るアークもいるんだけどね……


「はいよー、開いてるよー」

「失礼します」


 調理場が近くにある為か、扉が開かれた瞬間、その隙間から空腹を誘う魔の香りが漂って来る。そして、俺の予想はどうやら大正解だったようだ。事務所の扉から優雅に現れたのは、他でもないクリスだった。俺の恋人ながら、今日も綺麗で可愛い。でも夜は怖――― いや、何でもない。何でもないんだ。


「マスター、バルバロさんから送られて来た分の水産物、全て調理が完了しました。宝箱に入れておきましたので、確認をお願いします」

「え、もう調理終わったのか? 収穫物を入れるから宝箱を転送してくれって、バルバロから連絡が来たの、ついさっきだぞ?」


 船が二隻になれば、その分漁獲量も増える。それはとても自然な流れだろう。単純に考えてみても労働力が二倍、収穫する漁も二倍になる訳だからな。でも、その増加量を上回る速さで調理を終わらせてしまうクリスの仕事振りは、とてもじゃないが自然ではなかった。なんと言うか、以前にも増してメイド力に磨きが掛かり、気合いもより一層入った印象なのだ。しかも今はそれらの仕事だけでなく、酒場の総料理長としても働いている。


「はい、ですから頑張りました!」

「が、頑張るのは素晴らしいけど…… 漁から送られて来るものを調理する他に、モルク達の手伝い、いや、最早メインか。酒場用の料理もしているんだろ? 体調とか大丈夫か? 無理してない?」

「……? いえ、漸く本調子になって来たところです。それに酒場用の調理は、ショップ販売用のものに比べたら、極些細なものですから。私、まだまだ行けます!」


 自信満々にそう答えてしまうクリスさん。ここまで至って未だに余力があるっぽい。確かに酒場での仕事を捌く量は、漁での収穫物を全て調理するのに比べれば、本当に些細なもんだけどさ…… うーむ、そう考えてみると、改めてクリスの偉大さが身に沁みる。クリス一人で何千人レベルのシェフが働いているようなもんだからな、これ。


「流石だな、俺もクリスの爪の垢を煎じて飲みたいよ。そうすれば、この事務処理能力も多少はマシになるかもだし」

「マ、マスター、そんなものが飲みたいのですか? ど、どうしてもというのなら、私、準備致しますが……」

「うん、たとえ話だからね?」


 対する俺は、日に日に向上する漁の暴力的な収穫量に、正直キャパオーバーを感じ始めていた。さっきは漁船、否、海賊船が増えた事で、単純計算で二倍とか言ったけどさ、実際はそれ以上に凄い事になっているんだ。


 現在、バルバロとゴブイチは船長として、新旧二隻の船にそれぞれ乗船している。以前、二人のスキルを確認した事があったけど、船長としての統率能力は俺なんかよりも優れていたのは一目瞭然だった。二人の指揮下に入ったゴブリンクルー達は、以前にも増して漁に勤しむようになり、そうなれば当然一隻当たりの漁獲量も増えていく。結果、二人にとって漁の初陣となった初日でさえ、その一日で10万DP相当の収入を叩き出してくれたんだ。あ、ちなみにこれ、一隻分で10万な。二隻では20万DPである。俺は驚き過ぎて顎が外れる思いをして、口も閉じ忘れてしまったよ。


 しかも、これはまだまだほんの序章である。船長としてのプライドの高いバルバロ&ゴブイチは、敵船(仲間だけど)の漁に負けてなるものかと、翌日から自分の船での漁の仕方を工夫・改善していった。必要なものは俺がショップで購入して揃えたけど、俺がした事は本当にそれだけ。元々海で生きる生粋の海賊だっただけに、二人の成果はガンガンと現れるようになっていったんだ。更にはそこに、『豊漁の加護』という漁の為にあるようなスキルを持つハギンも参戦。水面下で行われる追い込み漁にも磨きが掛かり―――


 爆発、そう、爆発だ。この島の漁獲量は爆発的な発展を遂げた。一日当たり約30万DP、これが現在漁業&調理で得ている、我らが島の主な稼ぎとなっている。


「俺もクリスの仕事振りを見習いたいって事さ。船が増えてから、管理するデータが四倍近くになっただろ? メニュー画面と睨めっこする日々が続いてるけど、いまいち俺の生産性が追い付かなくてなぁ……」

「マスター、最近は寝る間も惜しんで仕事をされていますからね。そのせいであの日以来、夜はご一緒できていませんし……(ボソッ)」


 今、クリスが何かボソッと呟いた気がした。よく聞こえなかったけど、なぜなのか冷や汗が止まらない。


「やはり、ここは私もお手伝いを!」

「いやいやいや、流石にこれ以上クリスに頼ってばかりもいられないって。時間の合間にモルク達の指導もしているんだろ? リンやジェーンに魔法を教えたりもしてるみたいだしさ」

「ですが…… いえ、マスターを不安にさせる訳にはいきませんね。でしたら、その上で別の提案を」

「別の提案?」

「はい、リンちゃんとジェーンさんにお手伝いをしてもらっては如何でしょうか?」

「……ああ、なるほど」


 頭が良く数字にも強い二人であれば、俺の業務の何かしらを引き継いで、代わりにやってもらえるのではないか、というのがクリスの提案だった。確かに俺でもできているのだから、一部機能の使用許可さえしてしまえば、直ぐにでも引継ぎができてしまえそうな気がする。二人であれば信頼にも厚い。


「でも、二人だって暇してる訳じゃないだろ? リンは魔法とメイド修行に、新しく拠点に作った畑を世話してるし、ジェーンは街の開発担当を任せてるし……」

「リンちゃんとジェーンさんだって、何も一人でそれらをやっている訳ではありませんよ。それに、マスターに頼りにされたら、お二人とも絶対に喜びますから」

「そ、そうかな?」

「そうなんです。マスター、少しは仲間を頼ってくださいね?」


 頼ってと言われても、普段から滅茶苦茶頼っているつもりなんだが。けど、無理のし過ぎは禁物、もしもの時に倒れでもしたら、それこそ問題か。


「……分かったよ、今度二人にお願いしてみる」

「あ、その必要はありませんよ? リンちゃんもジェーンさんも、もう聞いていますので」

「へ?」


 急に何を言い出すのかと思えば、クリスがそう言った次の瞬間、扉の隙間からひょっこりとリンが顔を出し、いつの間にやら俺の肩にはジェーンの手が置かれてあった。うん、俺だったから良かったけど、音もなく背後に立っちゃうと、アークだったら失神してたぞ?


「……全部聞いてた感じ?」

「は、はい! この耳でしっかりと!」

「ま、窓の外からこっそりと……」


 獣耳をピクピク、全身をビクビクさせながら、リンとジェーンがそれぞれ答えてくれた。反応は色々だけど、どちらの瞳もどこか期待感が備わっている。


「えーっと…… 俺の仕事、手伝ってくれる?」

「「よ、喜んで……!」」


 見事に台詞が重なった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る