第107話 魔導船

 聖女アイより魔王討伐任務を命じられたパーらは、早速出発への準備を整えていた。そして数日後、神皇国ラヴァーズが所有する軍港にて、万全を期した三名は再び集結する。


 軍港には木造の軍艦が大量に並んでおり、どれも一隻に何百人もの乗員を乗せる事ができる、大型のものばかりだ。これらは海戦におけるラヴァーズの主戦力であり、他国の船と比較しても速度に耐久性、搭載している大砲の射程と、あらゆる面で優れていた。しかしこの日、集まった宣教師達が必要としていたのは、それら既存の船ではなかった。


「お、おい、アレ、何だ? 船、なのか……?」

「ああ、何でも最新鋭の船なんだってよ。けど、それにしたってなぁ……」

「これ、鉄でできているんだよな? 何で海に浮かんでんだ? しかも帆がねぇし、どうやってここまで運んで来たんだ……?」


 軍港に所属する兵士達は、目を丸くしながら異様なる船を眺めていた。魔導王国クロスベリアから運ばれて来たそれら二十七隻の船は、その全てが既存の軍艦よりも巨大かつ、木ではなく鉄で作られたものだったのだ。鉄船には帆が一切なく、代わりに煙突のようなものが二本生えている。更には見た事もないような巨大な大砲が甲板に備え付けられており、それらをどうやって運用するのか、兵士達は全く検討がつかない様子だ。


「へえ、これがパー宣教師自慢の魔導船ってやつか! でかいな! ……いや、でか過ぎるよ!」

「大きなだけでなく、速度や耐久性、主砲の威力も段違いですよ。ただ、ラヴァーズの兵士では動かす事ができないので、ここまで運んで来たクロスベリアの水兵達を、代わりに連れて行く事になります」

「クロスベリアの者達を? パー宣教師を信用していない訳ではありませんが、大丈夫なのですか? それにクロスベリアは敗戦してから日も浅い筈、なぜこれだけの戦力を?」


 宣教師のシザが、当然の疑問をパーに投げ掛けた。パーは少し言い辛そうにしながらも、観念したかのように言葉を紡ぎ始める。


「クロスベリアは殆ど戦わずに、敗北の道を選んだようなものでしたから。戦争で人員や船を失う事もなかったんです。理由は…… 分かるでしょう? これ以上僕に言わせないでください」

「「あー」」


 なぜか赤くなるパーであるが、話を聞いていたロックスとシザは納得したようだった。


「なら、この話はこれで終わりにしておきましょうか。私達も似たような経験がある事ですし、お互い様でしょう」

「えー、俺はもっとしたいけど?」

「ロックス宣教師の事は放っておきましょう。パー宣教師、私が乗船するのは、あの一際大きな船でよろしいですか?」


 シザが指差したのは、巨大な鉄船の中でも特に大きい、正に城と言っても過言でない規模の船だった。しかも、それ以上に船のつくりが風変わりだ。甲板がどこまでも広がっている代わりに、艦橋以外に建造物が何もなく、船の底がとても厚い。船に携わる者であれば、その異様に圧倒された後に、なぜこんな構造に? と、首を傾げる事だろう。


「ええ、その通りです。シザ宣教師はあの船が適任かと」

「いや、何だよあの船。でけぇにもほどがあるだろ。うちの軍艦がミニチュアじゃねぇか…… 一体どれくらいの規模なんだい?」


 眼前にある圧巻サイズの魔導船に、ロックスの丸眼鏡がずり落ちる。


「全長は200メートル弱――― ラヴァーズがこれまで主戦力として使って来た軍艦が、最大のものでも60から70だった筈ですから…… まあ、その倍以上の大きさになります。ちなみに、他の魔導船も全長130メートルはありますので、そちらもほぼ倍ですね」

「ハッハッハ! 分かったぞ、お前は馬鹿なんだな?」

「誉め言葉として受け取っておきますよ、ロックス宣教師」

「で、あの化け物船はどうやって運用すんだよ? 見た感じ、ひっろい甲板があるだけで、他の鉄船みたいな大砲も付いてないよな?」

「本来は空を飛ぶ兵器を内部に積む予定だったのですが、残念ながらそちらの方は、研究が間に合いませんでした」


 そう言ってパーは、自らの手をジッと見詰める。


(いえ、その前に僕の『魔導』の力がなくなってしまった。そう言った方が正しいのかもしれませんね。今の僕に新たな兵器を開発する力はない。ですが、これまでの研鑽の成果は、こうして形として残っている。後はそれら力を十全に使い、アイ様のお役に立つだけだ)


 広げていた手をぐっと握り締める。次の瞬間、そんなパーの心の声に呼応するかのように、魔導戦の煙突から凄まじい量の魔力が溢れ、同時にグォンという独自の音を鳴らしていた。


「フッ、船達もやる気のようですね」


 パーはそんな魔導船達を心から頼もしく思い、魔王打倒を確信していた。


「……爆発とかしねーよな?」

「しませんよ、失礼な」


 但し、やはり初見となる者達にとっては、パーの思いとは反対にまだまだ半信半疑なようだ。如何に宣教師と言えども、こんな鉄の塊に乗るのだと言われれば、警戒もしてしまう。


「けどよ、こんな変わった船とはまた別に、空を飛ぶ兵器まで作ろうとしていたのか? おいおいパーちゃん、一体どんな物騒なもんを作るつもりだったんだよ? 大砲が空を駆けるって言うのか?」

「まあ、似たようなものですね」

「いや、冗談のつもりで言ったつもりなんだが、マジなのか…… だけど、それも間に合わなかったんだろ? じゃあ、どうするんだ?」

「その為の私、ですね?」


 いつの間に乗船していたのか、シザが巨大な魔導船の甲板からそう答えた。


「シザちゃん? ああ、そういやさっき、この船にはシザちゃんが乗るとか――― ああ、そういう事か」

「納得されたようですね。シザ宣教師、貴女の力、頼りにしていますよ」

「フフッ、頼りにされました。 ―――おいで、皆」


 人差し指を空に向け、クルクルと宙に円を描き始めるシザ。すると彼女の真上にある空にて、いくつもの影が指の動きに合わせて集まり出して来た。最初は海鳥程度に見えていた影であったが、それら影は段々と大きくなっていく。兵士達の中にはその変化に気付き、驚きの声を上げている者もちらほらと出ていた。


「……な、なあ、これって夢じゃないよな? アレ、本物だよな?」

「お、俺に聞かれても困るって。でも、何であんな大群がこの場所に……?」

「お前ら、知らせを見ていなかったのか? 今日は宣教師のシザ様がいらっしゃっているんだぞ」

「えっ、シザ様って、『竜の巫女』の?」

「りゅ、竜? つまり、アレ全部がドラゴン・・・・って事か!? ……少しちびったかも」

「「お、おいっ!?」」


 魔導船という海の怪物に引き続き、空の王者たるドラゴンの大群を目にして、開いた口が塞がらない兵士達。特に新兵などは、あまりの光景に腰を抜かす者も何名かいるほどだった。


「如何に強大な力を持つドラゴンといえども生物です。巨体だからこそ体力には限界があり、飛行時間にも制限がありました。それ故に、私の仕事は内陸でのものが殆どだったのですが…… フフフッ、まさか、こんな素敵な船があっただなんて、夢にも思いませんでしたよ。さながらこの船は、海に浮かぶ竜の巣といったところでしょうか?」


 シザは自身の特性と船の役割を読み取り、現代における空母としての運用を逸早く見抜いていた。日頃から聖女とドラゴンの事ばかり考えている、彼女だからこその芸当と言えるだろうか。


「それでは、早速私の可愛い子達を乗船させたいと思います。さあ、貴方達、こちらへ…… えっと、こち、ら? えと、うーんと…… あ、あの、ドラゴンはどこに乗れば? まさか甲板に野ざらしじゃないですよね?」

「あ、はい。格納庫――― いえ、巣への入り口を案内します。ロックス宣教師もついでに来てください。迷子になられては困りますから」

「おお、助かった! 迷子になったら恥ずかしいからな!」


 ただ、やはり不慣れは不慣れ。宣教師達が魔王の討伐へと出発するには、もう暫くの時間が必要そうだ。

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