第106話 神皇国ラヴァーズ
世界最大の大陸キアスプーン、その大陸内で最大の領土を誇るのが、神皇国ラヴァーズという宗教国家だ。国教であるラヴァーズ教を世界全土に広め、慈愛の教えと共に平和を築く事を国是とする――― そう謳う言葉は何とも美しいものだが、その実体は因縁をつけては他国を侵略し、支配下に置く事で属国を増やしていく覇権主義国家であった。
彼の国は『慈愛の神』より神託を賜り、その言葉のまま忠実に国を動かす『聖女』を頂点とし、聖女の手足となって国を運営する『枢機卿』、その直下に『大司教』、『司教』と階級が続いていく。しかし、これら階級はあくまでも表向きのもので、その裏では侵略の実行部隊として世界を巡る『宣教師』という組織が存在していた。彼らは侵略に適した尋常でない力を有し、時と場合によっては枢機卿よりも命令権限が優先される事もある。階級を重視される神皇国ラヴァーズにとって、正に例外中の例外的存在と言えるだろう。
「失礼致します。パー・ワッフル、ただいま参上致しました」
奇しくもとある島で宴が行われ、またとある海岸で運命の会合が成された同日、宣教師の一人であるパーは聖女アイ・ラヴァーズに呼び出され、聖域とされる神託の間を訪れていた。ラヴァーズ教のシンボルカラーである白を基調とした制服を身に纏い、最大の礼節をもって約束の場所に参上する。
実のところパーは元々この国の人間ではない。彼は宣教師となる以前、魔導王国クロスベリアに仕えていた大魔導師であり、『魔導の神』がこの世界に遣わした争奪戦の駒でもあった。しかしクロスベリアはラヴァーズとの戦争に敗北し、パーは敗戦の将、敗北した神の駒としてラヴァーズの軍門に降る事となった。敵国に大した損害を与える事なく敗北、更には母国を人質に登用させられた彼の心中は、察するに余りある。
(おお、アイ様は今日もお美しい……! 急な呼び出し、二人きりの空間――― むっ、これはもしや、もしやもしや!?)
……ただ、その心中には少々恋は盲目的な要素があるのかもしれない。精悍な顔の下には下心が渦巻いているようだ。
彼の視線の先にいる、白と金の神々しいローブを纏った神皇国ラヴァーズの聖女、アイ・ラヴァーズは二十歳という若さでありながら国の頂点に立ち、『慈愛の神』から唯一神託を授かる事ができる神の代理人として、その声を国全土へと届けるという崇高な役割を担っている。そして、彼女は『慈愛の神』の駒でもあった。
アイは生まれる寸前の赤子として、この世界に最速で参入。その瞬間に数々の奇跡を
「パー宣教師、急な連絡にもかかわらず、集まってくださりありがとうございます」
「ほうあっ!?」
耳にするだけで心を落ち着かせる澄んだ声が、彼の下賤な思考を浄化させる。ああ、なんて馬鹿な事を考えていたのかと襟を正した彼は、その場で自責の直立。しっかりと眼前のアイを見据え、ああ、やっぱり世界で一番綺麗だなぁと心を病むのであった。
「……パー宣教師?」
「い、いえ、当然の事をしているまでです。ですが、集まったと言いますと?」
「残念だけど、呼び出されたのは君だけじゃないって事さ、パー宣教師! とおっ! ロックス・クリム、ここに参上!」
そう叫びながら上から飛び降りて来たのは、首に十字架のネックレスを下げ、白のキャソックを着た男だった。一見神父のように見える彼であるが、体格が良く黒味がかった小さな丸眼鏡をしている為、どこかアンバランスな印象を受けてしまう。
「申し訳ありませんが、私もいますよ。アイ様、シザ・エラード、ただいま参上致しました」
続いて神託の間に姿を現したのは、白のシスター服を纏った女性だ。青色の前髪が両目を隠すほどに長く、微笑んでいる口元からでしか表情が読み取れない。シザというらしいこのシスターは、両手を祈りを捧げるように組んだまま、胸元に当てる姿勢を保っていた。
「……ロックス宣教師に、シザ宣教師まで一緒ですか」
「おいおい、そんなあからさまに意気消沈するなよ。新米のお前には分からないだろうが、宣教師が一度に三人も招集されるなんて、かなりレアな事なんだぜ? つうか、史上初?」
「知りませんし、どうでも良いですよ。僕はアイ様の声に従うだけだ」
パーはロックスを無視するように視線を外し、もう彼の方を向こうともしない。
「ったく、本当にそっけない奴だ。シザちゃんもそう思わないか?」
「アイ様、私達三人を招集したという事は、次の布教はそれだけ大規模なものになると、そういう事でしょうか?」
「まさかの無視ッ!?」
ロックスの叫びをシザは気にも留めず、彼女もパーと同様にアイのみを見続けている。最早、彼と彼女の世界には自分と聖女しか存在していないらしい。
「派遣する規模とするならば、そうなりますね。これから貴方達には軍を率いて海を渡り、とある場所の浄化をして頂きます」
「はー、浄化ときましたか。穏やかじゃねーッスね」
神皇国ラヴァーズにおいて、浄化とは完全なる殲滅を意味する。要するにアイは、一人も生き残らせるなと言っているのだ。
「パー宣教師、貴方が研究していた魔導船、既に実戦段階にありましたね?」
「はい、運用試験と配備はクロスベリアに在籍していた際に終えましたので、二十七隻はいつでも動かせる状態にあります」
「でしたら、その全ての魔導船を使用して構いません。制限は特に課しませんので、必要な人員、武具、マジックアイテムは全て自由に手配してください。これは慈愛の神の意志、どんな手段を用いようとも私が許します」
「しょ、承知致しました。しかし、そこまでして浄化の対象とする相手とは、一体どこの何者なのでしょうか?」
パーがそう問い掛けると、アイは彼女の背後にあった女神像へと視線を移し、ポツリと敵の名を呟いた。
「……魔王、浄化の対象は魔王の住処です」
「「「ッ!」」」
その瞬間、どこか緩みのあった宣教師達の空気が引き締まり、彼らの表情にもその変化が表れる。
「つい先ほど、『慈愛の神』より神託を授かったのです。西の魔海に魔王の気配あり、早急にこれを浄化すべし――― と。神託によれば、魔王はまだ完全には力を取り戻していません。ですが、それも時間の問題。我々は民達の為、いえ、世界の為にも魔王を倒さなくてはならないのです」
「フ、フフッ…… なるほど、魔王ですか。ならば、アイ様がそこまで本気なのも頷ける。やはりこの国に降ったのは正解でした」
「クソみてぇなダンジョンしか作れない魔王もどきは腐るほど狩って来たが、正真正銘本物の魔王は今回が初めての討伐って事になるのか…… ん? つまりよ、もし討伐できたら、俺達が救世主になるって事か? ハハッ、テンション爆上がりじゃねーか!」
「魔王とは難攻不落のモンスターの巣を次々に作り出し、世界を破滅へと導く災厄のような存在。そのような大悪が再びこの世に蘇ったなんて、普通であれば信じられません。ですが、他でもないアイ様がそう仰るのです。悲しい事ですが、事実なのだと確信致しました」
「六名いるうちの宣教師を、一度に三名も派遣するのは、私が組織を設立してから初めての事になります。もちろん、それだけ危険が大きいのは明白です。 ……それでも、やって頂けますか?」
「「「ハッ、この身に代えても、必ずや魔王を打ち滅ぼします!」」」
悪の代名詞である魔王を倒すというのは、戦いを生業とする彼らにとって最も名誉ある事だ。聖女アイより勅命を与えられた宣教師達は、魔王討伐の任務に身を震わせるほどに喜び、そして燃えていた。
(……はぁー、あの神さんも感情的なんだからよー。自分の都合で大局を動かすなっての、マジでかったりぃー)
一方でそんな愚痴を心の中で吐いていたのは、果たして誰であっただろうか。
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