第105話 座礁からの出会い

 海賊島にて賑やかな宴が開かれたその夜、時同じくして、とある海岸に一隻の船が座礁していた。どんな魔海を航海して来たのか、難破船はどこもかしこもボロボロの状態で、この海岸まで辿り着いたのが奇跡であるほど酷い状態だ。船体同様、帆もいたる箇所が破れ、補修ができないまでに破れてしまっている。しかし、その帆には辛うじてではあるが、蒼髑髏の海賊マークが描かれている事が見て取れた。そう、この船はバルバロが逃がした部下達が乗る、あの海賊船であったのだ。


「駄目だ、応急処置で動かせる状態じゃねぇ」

「こっちもだ。船ん底にでけぇ亀裂が走っちまってる。俺らの手には負えねぇな」

「ここまで運んでくれた事自体が奇跡だよ。俺達の命を救ってくれてありがとよ、お前は本当に良い女だったぜ」


 難破船の周りでは、命からがら生き延びた海賊船員達が、船の破損具合をチェックしていた。その結果、とてもではないがこの場での修理は不可能であると、そう結論付けたようだ。ある者は船に感謝し、またある者は船に別れを告げている。


「さて、お前らはこれからどうする?」

「航海時間と向かった方角からして、フォークロア大陸のどこかだよな? ここらは海の警備の目が厳しいからなぁ。足を洗う良い機会かもしれねぇ」

「幸い、船内にいくらかの金は残ってたからな。そいつを下地にいっその事、冒険者にでもなってみるか? 元より荒くれ者の世界だ。出自は問われねぇし、腕っぷしはあるからよ。結構良い線いけるかもしれねぇぜ?」

「おー、そいつは良い案かもなぁ」

「俺はパスしとく。なんだかんだで良い歳になっちまったからよ、そろそろ体が言う事を聞いてくれねぇんだ。真面目に漁師でも目指すとする」


 海賊船を失った船員達は、今後の身の振り方について話し始めていた。しかし、そんな彼らの事をよく思わぬ者が、どうやら近くにいたらしい。


「ちょっとアンタら、何勝手な事を言ってるんだ! バルバロ姐さんが身を挺して、アタシらを逃がしてくれたんだよ! 姐さんをあの海賊から助け出すのが先決だろ!」


 蒼髑髏海賊団が誇る砲撃の名手、ブルローネが怒りのままに叫ぶ。バルバロの側近として、そして妹分としてバルバロを敬愛していた彼女にとって、彼らの行動は裏切りに等しい行為だった。バルバロに助けられたというのに、頭にあるのは今度の自分達の事ばかり。そんな勝手を彼女は許せなかったのだ。


「……ブルローネ、まずは落ち着け。な?」

「おめぇの言いたい事も分かるよ。ああ、痛いほど分かるって」


 感情のまま言葉を荒げるブルローネに対して、船員達の口調は意外にも柔らかい。彼女を諭し、まずは冷静にさせようと皆が一致団結している。


「落ち着いてなんていられないよ! アンタら、何でそんなに薄情なんだ!? それでも蒼髑髏海賊団の一員か!?」

「一員だからこそ、だよ。船長はあの時、最後・・の船長命令を下した。つまり、あの命令をやり遂げた時点で、バルバロ船長が率いる蒼髑髏の海賊団は解散したんだ」

「そ、そんなの詭弁だろ!」

「詭弁だろうが、実際そうなんだよ。海賊とは世界で一番自由であるべき、そう言ったのは他でもない、あのバルバロ船長だったろうが。だから、団を解散した後にどんな身の振り方をしたって、それを邪魔しちゃいけねぇ。冒険者や漁師になるのも自由だし、おまぇみたいに船長の敵討ち――― ああ、すまん。救出に向かうのだって自由だ。ブルローネ、てめぇの身の振りはてめぇで決めろ。俺らはそれを否定なんかしない」

「うっ……」


 海賊の流儀を説かれ、返答に窮してしまうブルローネ。確かに彼らの言っている事は、日頃からバルバロが口癖のように言っていた事で、海賊として何も間違っていなかった。


「……それでもアタシは、バルバロ姐さんを助けに行く。方法はまだ全然思いつかないけど、いつか、必ず……」

「……そうか」


 残念ながら、ブルローネの道に賛同する者は他にいなかった。海賊として一から出直し、船を手に入れ、あの魔の海域を再度乗り越え、幽霊船を撃退し、海賊島での決戦を制す――― それらの事柄が如何に無謀な行為なのか、激戦から生還した彼らは、痛いほどに理解していたのだ。バルバロの神の駒としての力は今やなく、敵にはアークのような怪物も控えている。今の自分達に勝算なんてものは、欠片も残されていなかった。


「その道が一番険しく厳しい道だろうが、頑張れよ。座礁した船ん中に、まだ使えそうな大砲がある。アレはブルローネが持って行け。いや、つっても運び出す手段がねぇか……」

「それなら、私がお手伝いしようか? 大砲だけとは言わず、最寄りの街まで全てお運んであげるよ?」

「あ? んな事ができたら苦労しね――― 敵襲ぅーーー!」

「「「ッ!」」」


 自然な形で会話に割り込んで来た声は、屈強な海賊達が集うこの場には存在しない筈の美声だった。直ぐ様に船員達は臨戦態勢となり、ブルローネも懐に隠し持っていた銃を手にする。


「おお、流石は蒼髑髏海賊団、判断も行動も早いですなぁ」

「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないよ、サズ。これだけ敵意を剥き出しにされちゃうと、話し合うにも一苦労だ。という訳で、大人しく武装解除してほしいんだけど、どうかな?」


 海賊達の視線の先には二人の男達がいた。どちらも騎士風のなりをしているが、その風貌は全く異なっている。一人は声も体格も大きな男で、如何にも戦い慣れした戦場の猛者といった雰囲気。もう一方の男は信じられないほどの美男子で、前者の大男と比べると背丈は驚くほどに小さく感じられる。恐らく先ほど会話に割り込んだのは、後者の美男子の方なんだろう。そして海賊達が最も警戒を強めたのも、その美男子の騎士の方だった。


「て、てめぇ、まさか、サウスゼス王国のジーク・ロイアか!?」

「ええ、そのジーク・ロイアです。や、一部の方々は久し振り」


 その造形美を最大限に活かした優美な笑顔を浮かべながら、あっさりと身分を明かすジーク。親しい者と接するように、手まで振っている。しかし、対する海賊達の表情は絶望に塗れていた。


「ジーク? 一体誰なのさ、それ? それに、久し振りって?」

「……サウスゼス王国騎士団、そこの団長様さ。十年も前、ブルローネがまだ蒼髑髏に入る前の事だが、最悪な事にあいつと顔を合わす機会があったんだ。こっちは船団を組んで、あっちはジーク一人の状態だったがな」

「そ、それで?」

「割に合わないと思ったんだろう。船長自ら刃を収めて、その場での戦いにはならなかった。けど、今でもあの時の全身の震えは覚えてる。何せ、今と全く同じ感じだったからな……!」

「ッ!」


 その瞬間、ブルローネはある事に気が付いた。海賊の中でも古参に位置する者達が、酷く怯えているのだ。それ以外の勘の良い者、危険に対する察知能力の高い者も、一様に同じような状態だ。勇敢で屈強な仲間達が、これほどまでに恐怖している光景を目にするのは、ブルローネにとって初めての事だった。


「気ぃつけろ。あの島で船長と戦った金髪女もやばかったけどよ、ジークはアレと同じくらい、いや、下手すりゃそれ以上に化け物だ」


 そう警告する仲間の持つ得物の剣先は、今も酷く震えている。冗談で言っているんじゃないと、ブルローネは漸く理解する事ができた。


「ハハッ、私はただ単に正義を執行しているだけなんだけどなぁ。そこまで怖がられると、軽く傷付くよ? まあ、その辺はさて置こうか。万が一に備えて一応確認しておくけど、君達はバルバロが率いていた蒼髑髏海賊団で間違いないよね?」

「……だとすれば、なんだってんだよ?」

「だとすれば、私が何の心配もなく正義を執行できる――― なんて、そう言いたいところだけど、何も悪を斬るだけが正義じゃないからね。君ら、私に雇われる気はない? 実のところ、今うちの国では水夫が不足していて、すっごく困っているんだよね」

「「「「「……は?」」」」」


 海賊達は揃いも揃って、何とも間の抜けた声を発していた。

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