第104話 夜のレクチャー

 美食亭の店開きは大盛況のまま無事に終わり、皆が皆満足そうな様子で家に帰って行った。場所によってはまだまだ宴を楽しんでいるところもあるようで、小さいながらも笑い声がここまで届いて来る。で、そんな時間帯に俺は今、一体どこにいるのかと言うと。


「「………」」


 俺の部屋、そのベッドの上にて黙りこくったまま、クリスと向かい合っていた。何をしているかって? ……見ての通りだよ。まだ何もできてやしないよ。


 成り行きだったとはいえ、お互いの気持ちが一致して俺達はお付き合いをする事になった。つまり、今後は単なる主従関係ではなく、恋人として関係を結んで行く事になる訳だ。俺はクリスの事が好きだし、喜ばしい事にクリスも俺の事を好いてくれている。だから、そういう事なのだ。 ……これ以上言葉にするのは、流石に野暮だろう。


「「………」」


 無限とも思える緊張の中、沈黙が続いていた。不思議と居心地は悪くない。むしろ良い。だが、このまま時が過ぎるのをただただ待っていては、それこそお日様が昇ってしまうというもの。男として、ここは俺から!


「「あのっ、あっ……」」


 なんて意気込み、勇気を出した途端にこれである。ある意味息が合ってるとも言えるかもだけど、今ばかりは声を掛けるタイミングを合わせたくなかった。だって、また沈黙タイムに突入しちゃうもの。だけど、俺は挫けない!


「えと、クリスからどうぞ?」

「い、いえ、マスターからどうぞ……」

「「………」」


 駄目だ、俺はもう駄目なんだ。


「うおおーい、なーに二人して遠慮し合っているんだい? こんな調子じゃ、全く先に進みやしないよ。おら、かしらはもっと踏み込め。角娘も従者だからって、こんな時まで決定権を頭に譲るな。女でも男でも、こんな時はやっちまったもん勝ちだよ!」


 そんな挫ける俺とクリスの心を後押ししてくれたのは、バルバロの力強い応援だった。ベッドの脇に置いた椅子に胡坐をかきながら座り込み、先ほどからずっと俺達を見守ってくれている。部下でもあるけど、流石は人生の先輩。マジで為になるアドバイスだ!


「確かにその通りかもだ。俺とした事がこんなところで臆病にって、何やってんの君ぃ!?」


 ここ最近で一番気合いの入ったツッコミを、無意識のうちに吐き出していた。


「いや、実は結構前から視界には入っていたけど、本当に何やってんの!?」

「何って、頭と角娘が男の女になる瞬間に立ち会おうと思って」

「思うなよ!? そしてすんなり実行するなよ!? ほら、クリスからも何か言ってやれ!」

「バ、バルバロさん、もしや、マスターから元気をもらいに……? いえ、マスターラブな同志としては、それもやぶさかではありませんが」

「クリスも何言ってんの!?」


 あのさ、アークとの添い寝の時とは訳が違うんですよ?


「おー、流石は頭の第一の女だ。なかなか肝が据わってるねぇ。まっ、アタシも初夜を邪魔するほど無粋じゃない。角娘が終わるまで待ってるからさ、気にせず続けてくれ」

「待てぇい! え、何? 台詞の前半と後半が矛盾してると思うのは俺だけ? このまま普通に居座る気なのか?」

「当たり前じゃないか。このアタシが先を譲るだなんて、滅多にない事だよ!」


 駄目だ、話が通じているようで通じてない。隷属の首輪さん、貴方仕事してますか? このままだと俺、襲われちゃいますよ?


「本当なら幽霊娘を一緒に連れて来たかったんだけどねぇ、誘った途端に幽霊みたいにいなくなっちまった。ほら、アタシと同じで頭に気がありありだったし、機会を作ってやらないと進展しなさそうだったろ? そんなに恥ずかしがる事もないと思うんだけどねぇ」


 良かった、どうやらジェーンは俺と同じ感性を持っていてくれたようだ。いや、つうかジェーンまで誘うなよ!? 能力の特性と性格が相まって、こんな状況じゃあ即刻気絶しちゃうっての!


「え、えと、ええと……」

「どうした、角娘? 何度も言ってるが、アタシの事は気にしないで良いんだよ? あ、ははーん? なるほどな、最初の一歩をどう踏み込めば良いのか、それが分からないって感じなのかい?」

「だから違うって。バルバロがここにいるから、進みたいものも進めないんだって――― あの、バルバロさん?」


 いつの間に動いていたのか、バルバロは俺の背後に回り込んでいた。両腕を掴まれ、仰向けなるようにしてベッドに無理矢理寝かされてしまう。


 隷属の首輪さん! これは明確な敵対行為、敵対行為ですよー! バルバロとしては善意しかないからセーフ? そんな馬鹿な!


「なら、このアタシがレクチャーしてやろう! 普段は角娘に気押されてばかりだが、この分野に関しちゃアタシが先輩だ。大丈夫、経験豊富で百戦錬磨のアタシが教えてやるんだよ? 言われた通りにやってりゃあ、まず間違いなく頭を天国に連れていける! その後はアタシも楽しませてもらうけどねっ!」

「えっ? ええっ!?」

「それは頼もしいです! バルバロさん、いえ、バルバロ師匠! 私、誠心誠意頑張りますっ! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」

「クリスぅーーー!?」


 俺の悲鳴が轟くも、夜闇に空しく吸い込まれていった。



    ◇    ◇    ◇    



「む? 今、誰かの声が聞こえなかったか?」


 酒場の店先にて、二次会の屋外バーベキューの調理をしていたモルクが、ふとそう言いながら顔を上げた。


「サハ? わいは何も聞こえんかったで? それよりもモルクはん、その魚もう焼けてるんとちゃいますか? 食べてええよね?」

「あっ、馬鹿が! まだそれは生焼けだと言うに!」

「わい、レアな焼き加減が好きやねん。ちゅー事で、いっただきまーす」


 サハギンのユニークモンスター、ハギンが加熱中の魚をひょいと摘まみ上げ、そのまま丸飲みにしてしまう。


「ああっ、また勝手に食いおったな! しかも丸飲みで! まったく、料理のし甲斐がない奴だ!」

「そんな事言わんでぇな、わいはちゃーんと味わってるさかい。うーん、美味」

「むむむむっ、調子の良い奴めぇ……!」

「まあまあ、そう怒らんでくださいよ~。ところで、モルクはん」

「何だ? 次に盗み食いしたら、今度は貴様を焼き魚してやるからな!」

「そら怖い! って、そうじゃなくて。あっち、あっちや」

「あっちって、一体何なのだ?」


 モルクがハギンの指差す方向にチラリと視線を移す。するとそこには両膝を抱えて座り込む、ジェーンの姿があった。


「あわわわわわわわ……」

「……何をやっておるのだ、あの娘は?」

「さあ? さっき何かから逃げるみたいに、ここへやって来たんですわ」

「逃げる? 外からモンスターでも入り込んだのか?」

「まっさかー。この拠点の外壁の高さ、モルクはんも知っとるやろ? 壁の上にはゴブはん達が見張っとるし、海辺はわいらハギン部隊が警備に当たっとる。スカっさんも目を光らせとる中で、この島のモンスターが内部に侵入できる訳ないやん」

「では、何に怯えとると言うのだ?」

「だから、さあ?」

「貴様、うちのクラーサ並みに適当であるな……」

「はわっ、そ、そんなところまで……!? いけません、いけません~~~……!」

「「?」」


 モルクとハギンが首を傾げる最中、ジェーンはぶるぶると全身を震わせながら、顔を真っ赤にしていたという。

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