第97話 前世

 説明ばかりをしていては、肝心の歓迎会の準備が進まない。という事で、一旦クリスとモルク達には調理の準備に戻ってもらい、残る俺達は席で他の参加者を待つ事にした。


「こんにちは、ウィルさん。遅くなってしまい、申し訳ありませんね。道中、ジェーンの人見知りで歩みが遅くなってしまいまして」

「すすすす、すみまましぇん……! きききん、緊張してしてんてて……!」


 まず最初にやって来たのはグレゴールさんとジェーンだった。二人はエーデルガイストの皆さんを代表して、今回の歓迎会に参加する事になったのだ。にしても、ジェーンの人見知りが最高潮になっているな。アークと顔合わせをした時を思い出してしまう。しみじみ。


「ウィウィ、ウィル様、失礼しまっ!」

「お、おう」


 グレゴールさんの陰に隠れていたジェーンは、俺を見つけるなり、急接近して憑りついて来た。まあ憑依と言っても、いつもの定位置に座ったくらいのニュアンスなんだけどさ。


「ふう……」

「落ち着いた?」

「え、ええ、取り乱して申し訳ないです。ウィル様、ありがとうございます」


 俺の肩に両手を置き、ジェーンも何とか落ち着いてくれたようだ。良かった良かったと、俺も一安心したいところだったんだが…… どうにも違う風に捉える者もいたようで。


「へえ。かしら、やるじゃないか。何だかんだ言って、他にも女を落としていただなんてね。それも、幽霊の女と来たもんだ!」

「えええええええっ!?」


 落ち着いた筈のジェーンの心が、再び動乱の最中へと陥ってしまう。


「バルバロ、そういう冗談はジェーンに通じないから。それに、ジェーンの親父さんの目の前だから」

「ハッハッハ、私は構いませんよ。むしろ、相手がウィルさんであれば大歓迎ですよ」

「もう、グレゴールさんまでそんな事言って…… ほら、ジェーンが困ってますよ?」

「はわわわわ……」

「ほらー」

「……かしら、それ本気で言ってるのか?」

「は? 何がだ?」


 なぜなのか、バルバロにマジな顔で心配されてしまった。からかったり急に心配したり、バルバロも変な奴だな。


「キャプテン、来たよー!」

「お待たせしてしまって、すみません。勧誘、上手くいったみたいですね」


 そうこうしているうちに、トマとリンもやって来たようだ。アークはナイフとフォークを持って、テーブルで『待て』状態で待機してるし…… よし、これで全員集合かな。


「ほう、今度は獣人か。しかし、なるほどねぇ。なあなあ、やっぱりかしらは種族で差別するような、ケツの穴の小さい貴族共とは違うんだね」


 珍しくバルバロが気を遣ってくれたのか、俺の耳元で小声で話してくれた。まあ、間近にいるジェーンには聞こえているだろうけど。


「……話には聞いてるけど、やっぱり外の世界は種族による差別が酷いのか?」

「まあ、そうだね。アタシらみたいな海賊、或いは貧民にはそんな意識ないようなもんだが、位とプライドのお高い馬鹿共ほど、その意識が強いと見るべきだね。ああ、もちろん国によってではある。ドワーフとかエルフとか、そういうのが治める亜人の国は獣人にも友好的だよ」


 ああ、なるほど。獣人がいるのであれば、他にも色々な種族がいたとしても、別におかしくないのか。亜人の国、ちょっと気になるかも。


「まっ、んな事は海賊のアタシらにとって些細な事さ。要は力だよ、力! アタシの船で砲撃手をやってたブルローネって奴がいたんだが、そいつだって元々は奴隷の身だってのに、努力を続けて百発百中の――― ああ、いや、かしらの船が相手の時はそうもいかなかったけど、兎に角、腕利きの砲撃手になったんだ。アンタらも砲撃戦の時に見ただろ?」

「あっ、俺知ってるよ! 俺が撃った砲弾に砲弾を当てて来た、すっごい砲撃手でしょ!? あれ? でも使ってた大砲、すっごく沢山あったような……?」

「へえ、アンタがうちのブルローネと互角に撃ち合ってた凄腕かい!? はぁ~、ブルローネより小さいってのに、よくやるもんだねぇ」

「ち、小さいは余計だよ!」

「怒るな怒るな、これでもアタシは褒めてんだ。良い腕してるねぇ、小さい癖に!」

「わあ!? やや、止めろー!」


 バルバロに頭をワシワシと乱暴に撫でられ、トマがかなり嫌がっている。まあ、これもコミュニケーションの一環なんだろう。あれでも彼女に悪気は…… んー、多少の悪戯心はあるかも?


「こ、子供扱いするなぁ! 俺はキャプテンも認める海の男なの!」

「ああ、これだけの美少年なんだ。もう数年もすれば良い男になるだろうねぇ。個人的には、もっと筋肉をつけてほしいところだが」

「キャプテン、こいつ話が通じないよー!?」


 いや、これは絶対遊んでるな。


「だが、すまないねぇ。アタシの心はもうかしらのもんなんだ。そういうさかずきを交わしたんだ。だから、アンタとはそれ以上の関係にはなれないんだよ」

「へ? 何が?」

「ッ!? せ、船長さん!?」

「待て、リン、落ち着け。バルバロの言葉を正面から受け止めるんじゃない」

「? なあ、どういう意味?」

「ククッ……!」


 バ、バルバロめ、また紛らわしい言い方をしやがって…… トマはよく分かっていない様子だが、知識欲の強いリンは絶対勘違いしてるじゃないか。


「ねえ、そんな事よりもご飯にしましょうよ~。私、もうお腹ペコペコ!」

「アーク、相変わらずどんな時でもいつも通りだな…… まあ、うん。外には幽霊の住民がまだまだいるけど、今日のところはこの面子で歓迎させてもらうよ」

「ふーん? つまり、ここに集まった奴らがウィル海賊団の幹部って事だね?」

「いや、そんな大層なもんじゃ―――」

「―――ふん、世間話もその辺にしておくのだな。料理が出来上がったぞ。トンケ、クラーサ、配膳を頼む」

「「へい!」」


 調理場から次々と料理の乗った皿が運ばれて来る。おお、モルクもやるな。見た目だけならクリスの料理にも引けを取らない出来だ。


「ふむ、確かに美味そうだが…… モルク、本当にお前が作ったのかい?」

「そんな訳がなかろう、調理したのはクリス総料理長だ。今のワシの腕では、これほどまでの芸術品は作れんよ。精々、下処理を手伝ったくらいだ」

「いえ、下処理だけだとしても、クリスさんの本気の調理速度についていけるのは、とっても凄い事だと思います。モルクさん、私なんかよりもずっと料理がお上手です、尊敬です!」

「う、うむ、まあ、それほどでもない……」


 リンも絶賛している。モルクがクリスの下で料理を学びたいと言って来た時は、何の冗談なのかと疑ってしまったものだけど、なるほどな。これほどの腕なのなら、あの言動も納得できるというものだ。


「へえ…… アンタ、本当に奴隷商のモルク・トルンク? アタシの知ってるアンタは、料理なんかするような輩じゃなかったと思うけど?」

「当たり前だ。この世界でワシが腕を振るったのは、自らと奴隷共の食事を作る時だけだったからな。部下の幹部達でさえ、その事を知るのは極一部だけだった。バルバロが知らないのも、まあ当然だろう。ある程度の調理ができるのは、転生前にとある宮廷で料理人をやっていたからだ」

「なるほど、とある宮廷で料理…… ん、んん?」


 今サラッと言ったけど、それって相当に格式の高い場所で料理をしていたって事だよな? え、モルクって宮廷料理人だったの?


「何を驚いている? 神の駒たる者、転生前後での職が異なるのは、別に珍しい事ではあるまい。バルバロこそ、前の世界では何をしておったのだ? 山賊か?」

「山ぁ? 馬鹿言うんじゃないよ。アタシが生きる道は、後にも先にも海だけだ。今と変わらず、前も海賊稼業に勤しんでいたさ。あの優男の力のお蔭で、こっちに来てからの方がやりやすくはあったけどね」


 バルバロは転生前も海賊か。前の世界も同じような場所だったのかな?


「フン、幼い頃から海賊行為に手慣れていたのは、その為であったか」

「そういう事さね。そんな事よりも、アタシはかしらの過去について知りたいねぇ! なあ、仲間なんだから教えておくれよ!」

「え、俺?」


 急に話を振って来たな。でも、あれ? 確か俺は―――


「―――えっと、こっちの世界に来る前の自分の記憶、俺はないんだけど…… 二人もそうなんじゃないの?」

「「……は?」」


 すっごい怪訝な顔されてしまった。

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