第96話 酒場
勢いのままバルバロが仲間になってくれたが、果たしてこれで良かったのだろうか? バルバロを牢屋から出した後も、クリスとの間で何かと火花を散らしているような気がするし、俺にまで凄まじいプレッシャーが圧し掛かって来ている。争いの発端が自分なだけに、頼むから仲良くしてくれよと、俺は心の中でそう祈る事しかできなかった。非力な船長を許してほしい。
しかし、悲観ばかりをしている場合でもない。少しでも現在のしこりを解消しようと、ちょっとした歓迎会を提案してみる。
「えっ? 私の為に、
「それはマスターが人一倍お優しいからです。いえ、むしろ私ならバルバロさんを料理で骨抜きにできると、そういった期待が含まれているのでしょう。何せ私はマスターの第一の部下であり、メイドであり、恋人なのですから!」
「アーク、ちょっと助けてくんない?」
「ウィル、それよりもその歓迎会って、私もおかわり自由で良いの? そこが一番重要よ!」
一向に関係が改善しなさそうな二人に挟まれ、堪らず護衛のアークに救援を求めてみるも、やはり意味はなく――― 俺は一刻も早く、目的の場所へと向かう事にした。
俺達が向かったのは、拠点に新築した食事処だ。他の建物よりも一回り大きく、入り口の真上にコミカルな豚の顔が描かれた看板があるので、大変に分かりやすい場所となっている。争奪戦の報酬が入った事だし、何かしらの娯楽施設を建てよう! と、先ほどの話し合いで決めてから建てた、出来立てほやほやの新築物件だ。新しいものは何かと目立つもので、住民であるエーデルガイストの皆さんがポツポツと見学に来ていた。
「へえ、こんな辺鄙なところにも、酒場があったのかい。こいつは期待できそうだねぇ」
「酒場と言っても、今の時間はお酒は飲めませんけどね」
「ええっ!? 酒が飲めない!?」
「というか、まだ営業自体始まっていないからな。諸々準備段階だし、酒だってまだ置いてないぞ。店の名前すら決まってない」
「え゛え゛え゛っ!? 酒がない!?」
バルバロが立て続けにショックを受けている。どんだけ酒が恋しいんだよと。
「そういう意味では、私達が最初の客って事になるのかしらね? お店の準備はまだでも、歓迎会用の食事くらいはできるんでしょ? そうじゃなきゃ、ここに来た意味がないし」
「まあな。じゃ、入ろうか。仮採用のお手伝いさん達が、もう準備を始めている筈だ」
店のスイングドアを開け、率先して中へと入って行く。開店前とは言ったが、店内には客用のテーブルや椅子、最低限の装飾品が並んでおり、酒場としての体裁は既に出来上がっていた。カウンター裏は見通しの良い厨房で、客席からも調理の様子が見えるようになっている。そしてそこでは現在、お手伝いさん達が料理の仕込みを行っていた。
「へい、らっしゃ――― って、何だお前達か。まだ料理は出来上がっていないぞ」
俺達の入店に気付いたのか、お手伝いさんの一人がそう声を掛けて来た。店の看板と同じ豚さんの顔が描かれたエプロンをし、頭にコック帽を被るふくよかな男――― それは間違いなく、俺が財宝争奪戦の初戦で下した大物奴隷商人、モルク・トルンクだった。
「……ぷ、ぷぷ、ぷっはぁー! アハハハハハ! な、なんだいその格好は! アンタ、『隷属の神』んとこのモルクだろ!? 何でそんな愉快な格好を、あ、駄目だ、クククククッ……!」
エプロン姿のモルクを目にした途端、バルバロが爆笑し始める。まあ、気持ちは分からなくもない。俺も事情を知っていなきゃ、目を丸くして驚いていただろうからな。今は大丈夫だけど、初見の時はアークもバルバロと同じ反応だったし。ただまあ、この格好は妙に似合っていると思う。
「ッチ! 貴様、『海の神』の駒、バルバロか。噂通り下品な女だ」
「ククッ、クククッ……! ハァ、笑った笑った。いつもならてめぇの玉に蹴りを入れているところだが、それを帳消しにするくらい笑わせてもらったからねぇ。今の台詞は聞かなかった事にしておいてやるよ。で、これはどういう事なんだい、頭?」
「さて、どこから説明したら良いもんかなぁ」
「あっ、ウィルの親分お疲れ様ッス。クリス総料理長にアーク姐さんも。おっほ! そっちの美人さんは誰!?」
「いや、話の流れからして、アレが悪名高いバルバロだろうよ。クラーサ、少しは考えろよ」
「ええっ!? 蒼髑髏の女船長って、もっと化け物みたいな見た目じゃなかったのか!? オーガも殴り殺せるって聞いてたぞ!?」
今度は厨房よりクラーサとトンケが出て来た。こちらの二人もモルク同様のエプロン姿である。
「よし、アンタらは半殺しで許してやろう。あんまり笑えなかったからねぇ」
「ちょっ、まっ!?」
「何で俺まで!?」
そして登場早々、バルバロの私刑宣告を食らってしまった。
「オーガなら私も殴り殺せるから、煽られたって事で、私も半殺しに参加した方が良いかしら? バルバロが半分、私が半分で丁度良いし!」
「おっ、良いねぇ。アンタとは気が合いそうだ。確かに丁度良いから、残り半分はくれてやるよ」
「「いやいや、完全に死んじゃうから!?」」
恐いお姉さん方に迫られ、恐怖におののくクラトンケ。バルバロは首輪があるから実行できないだろうが、アークは正直冗談なのか判断がつかない。そろそろ止めるとしよう。
「はいはい、冗談も過ぎると空気が凍えちまうぞ? モルクをはじめとして、この三人は酒場で働く事になった仲間なんだ。マジな殴り合いは止してくれ」
「あ? モルクと船乗り崩れが仲間? 頭、それも冗談の一種か? こいつら、絶対に裏切るぞ。アタシが保証してやる」
「フンッ! それならば貴様も立場は同じであろう、バルバロよ。海賊は絶対に裏切ると、ワシが保証してやろう」
早速息の合った言葉をありがとうよ。
「バルバロもモルクも、雇用条件は同じだ。首に付いてる『隷属の首輪』、お互いに見えてるだろ? 試用期間とはいえ、どっちも仲間には違いない。口喧嘩のうちは大目に見るけど、明確な敵対行為はできないから、そのつもりでな。じゃないと夜になっても酒は飲ませないし、仕事として料理も作らせない」
「「なあっ!?」」
弱点を突かれ、ぐうの音も出ないモルク&バルバロ。よほど勘弁してほしかったのか、今までのやり取りが嘘だったかのように、二人とも大人しくなった。
「じゃ、じゃあ、何でモルクに料理を作らせているのか、その理由を教えておくれよ。作った料理に毒を混ぜでもしたら、大事じゃないか」
「バルバロと同じ首輪の縛りがあるから、その心配は無用だよ。仮に混ぜようと考えたとしても行動自体が禁止されるし、そもそも毒が作れない。一応、それぞれにゴブリンクルーの監視も付いてるしな」
「「「ゴブッ!」」」
タイミング良くカウンター裏より、三体のゴブリンクルーが顔を出してくれた。モルク達の監視を兼ね、酒場の従業員としても働くクルー達である。
「バルバロも知っていると思うけど、モルクは奴隷を扱う第一人者だ。実のところ、首輪の使い方を教えてくれたのもモルクでさ。それプラス、これまで培ってきた争奪戦の情報を交換条件に、酒場の仕事を任せる事にしたんだ。バルバロを勧誘するのに、タイミングも丁度良かったしさ」
「モルクが使い方を? ……その段階から騙されてないかい?」
「ああ、うちには嘘を見破るスペシャリストが居るから、その辺は心配しないでくれ」
感情を読み取る事ができるジェーンにかかれば、その対象に悪意があるかどうか知るのは容易いのだ。
「えっ、そんな奴居たの!?」
「クラーサ、今は黙っとこうな?」
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