第95話 同志

 その後、全ての話し合いを終え、とある用事を済ませた俺とクリスは、護衛役として叩き起こしたアークを連れて、船の牢屋へとやって来た。ここへ来た理由はもちろん、バルバロと交渉をする為である。見張り役のゴブリンクルーを先頭に最下層の扉を潜れば、もう特製の檻に閉じ込められた彼女との対面だ。それまで横になっていたバルバロだが、俺の顔を見るなりガバリと起き上がってくれた。


「ああ、アンタかい! よく来てくれたねぇ」


 心なしか、彼女の声色は明るい。とてもじゃないが、捕虜になっている奴のものとは思えない調子だ。


「よう、牢屋暮らしはどんなもんだ?」

「予想以上に快適な生活を送らせてもらってるよ。海の上だし飯は美味い。ここが牢獄とはとても思えないねぇ。この待遇の良さから察するに、アタシと与するのも満更じゃないって感じかい?」


 いや、別に待遇は初期の頃のモルク達と変わっていないんだけど…… ああ、なるほど。生粋の海賊であるバルバロの感性からしたら、これでも信じられないくらいに良い待遇になるのか。そんな事を意識しての待遇では決してないんだけど、仲間に誘う話を持って来た今となっては、訂正する必要も特にないか。


「そう捉えてもらっても構わないよ。ただ、分かってると思うが条件はある」

「聞こうか」

「この首輪をつける事、そしてこの雇用契約書を了承する事が条件だ」


 ショップより購入した『隷属の首輪』を懐から取り出し、更に村人枠への加入画面を提示してやる。まだ仲間になってない奴でも、この画面だけは見る事ができるからな。今回はシステムの裏技として、この仕様を利用させてもらった。


「へえ、こいつがアンタの能力って事かい? どれどれ、村人枠……? おーい、アタシに村民になれってのかい?」

「そこは仕様としての名称だから気にしないでくれ。名前はそんなだけど、同じ海賊としての仲間って事だ。一応、バルバロと戦ったこっちのアークも、同じ村人枠に所属してる」

「私、善良な村人よ!」

「嘘はよくないと思うよ?」


 うん、つまみ食いとかするしな。


「兎も角だ、そこに表示されている了承ボタンを押す事で、バルバロは俺ら海賊団の一員となる。前にも言ったと思うが、本業は漁業だけどな」

「へっ、分かってるよ。まあよくは分からないが、アンタら流の雇用形態って事か。で、前科者のアタシには、それに加えて首輪もつける事になると」

「嫌か?」

「いんや、当然の処置だろう。アタシがやって来た事を考えれば、甘過ぎるくらい――― あっ、なるほどね! アンタもアタシに惚れて、それで処罰が寛大になったと! やっぱアタシが惚れただけの事はある! 器がでかいねぇ!」

「違ーう!」


 話が進まないので、俺はさっさと説明をする事にした。まずは5000DPという高値で購入した、例の首輪について。高いだけあって通常のものよりも高性能なこの首輪は、対象者に掛ける制限を細かく設定する事が可能なのだ。で、バルバロに課す制限は以下の通り。


①仲間(ダンジョンマスター、所属モンスター、所属村人)への敵対行為の禁止。

②仲間の所有物の無許可の使用、窃盗行為の禁止。

③逃亡(許可なくダンジョンの外へと出る事)の禁止。

④外部の者(仲間以外の者)との連絡の禁止。

⑤隠し事の禁止。但し、プライベートな部分に関してはこの限りではない。

⑥不精の禁止。衣食住の分は働く事。それに見合うくらい遊んで休息を取る事。

⑦よく噛んでよく食べる事。おやつは一日一回まで。歯磨きは一日三回忘れず―――


「―――待て待て待て、ちょっと待てぇい!」

「え? そんなに慌ててどうした?」

「慌てるも何も、この制限こそ何だい!? 最初の辺りは真っ当なもんだったけど、後半にかけて全体的におかしくないかい!? し、しかもこれ、よく見たらそういう内容のが⑳まであるし……!」

「あー…… バルバロの枷をどうするかって話し合っていたらさ、ついつい熱が入っちゃって。その結果、これだけ沢山の項目ができちゃったんだ。ハハハ」

「ハハハじゃないよ!?」


 子供に言い聞かせるが如く、平時の早寝早起きからおはようの挨拶まで。俺達は話し合いの末に、鉄の二十ヵ条をここに完成させたのだ。とまあ、半ば冗談のようにも思えるこの制限であるが、俺達が至極真面目に考えた結果がこれだ。子供染みた制限も回り回って枷となる、ってな。


「まあそう言うなって。俺達は自由な海賊だが、だからと言って何でもかんでも許されている訳じゃない。前半の文言、犯罪行為の抑止がそれだ。で、バルバロの言う後半部分、所謂規則正しい生活を送ろうって文言についてだが…… こっちはバルバロにとっての罰であり、更生プログラムみたいなもんだ」

「こ、更生……?」

「例えば、そうだなぁ…… バルバロさ、前の生活でどれくらい酒飲んでた?」

「あ? そりゃあ、飲みたい時は朝から好きなだけ飲んでたさ」

「はい、それはもう駄目です。お酒は仕事が終わって夜になってから、それも一定量までになります」

「えええっ!? ア、アタシは酒に強いんだよ!?」


 無慈悲なるクリスの言葉に、バルバロが今日一番の動揺を見せてくれた。


「当たり前です。そもそもお酒は趣向品、特別なルートを使わない限り、私達は手に入れる事もできませんから」

「だなぁ。そもそも酒を好んで飲む奴なんて、俺らの中にいないしなぁ」

「アンタら本当に海賊!?」


 強いて言えば、グレゴールさんら幽霊の大人勢が生前に好んでいた程度だろうか? それも長きに渡る地縛霊生活で、すっかりアルコールがなくても気にならない体質になったらしいし。禁煙ならぬ、禁酒が成功した感じかな。


「お、おい、酒の味が分からないなんて、人生の半分は損してるよ? 考え直しなって。アタシ、その分働いてやるからさ」

「駄目です。例外はちょっとしか認めません。こちらのアークさんだって、無制限にいっぱいおかわりをしたいのに、暴飲暴食を我慢しているんですよ!」

「そうよそうよ! 私だって我慢してるのよ! 善良な村人だからね!」

「クッ!」


 ちょっとと言うのは、つまみ食いの事だろうか。しかし、アークを引き合いに出されると、流石のバルバロも言葉に詰まってしまうらしい。


「これら規則を守った上で、俺らの生活に馴染んでもらう必要があるんだ。言いたい事が色々あるだろうが、それも承知の上って事さ。俺達の仲間になる気があるのなら、これくらいの罰は受け入れてくれ」

「……そもそもの話、奴隷の契約なんて、そんな専門的な事がアンタらにできるのかい?」

「フッ、その道のプロにレクチャーされた経緯があるからな。そこは安心してくれ」

「どんな経緯だい……」


 まあ、レクチャーされたのはついさっきなんだけど。


「う、うーん……」


 一時は死の覚悟さえも決めた筈のバルバロであったが、品行方正な生活を送る覚悟は決まっていなかったようで。色々と葛藤しておられる。


「バルバロさん、即答できないんですか? ハァ、バルバロさんは私と同じ同志だと思っていたのですが、マスターに対する想いはその程度だったのですね。非常に残念です……」

「ク、クリス?」


 何だ、やけに煽るな。だけど、バルバロにだって我慢の限界はあるだろう。煽るのも良いけど、その辺にしておいた方が―――


「―――言うじゃないか。同志や想いってのは、|ウィル(こいつ)に対する情愛って事かい? それが、アンタに劣るとでも?」

「少なくとも、私の想いが劣るとは思えません」


 え? ちょっと、何バリバリやり始めてるの? 何で俺がその議題に挙がってるの?


「えーっと…… こ、これも契約の前に言っておくけど、俺はバルバロとそういう関係になるつもりはないからな? 俺はクリスとお付き合いをしているのであって―――」

「―――海賊の頭が何みみっちい事言ってんだい! 頭なら頭らしく、良い女を沢山囲いな! つうか、もう覚悟決まった! その条件で受けてやる! 窃盗は禁止でも、心を奪うのは禁止されてないんだろ? なら、頭の心を絶対に捕まえてやる! 文句あるか、そこの角娘!? それとも、そんな事も許容できないってのかい?」

「いいえ、そんな事はありません。同志であるのなら、私はいくらでも許容しますとも。ですが、それはその方が同志として足る人物である場合の話。果たしてバルバロさんは、同志として相応しいでしょうか? 楽しみにしていますよ、高見から見物させて頂きます……!」


 クリスが更に煽り、気が付けば目にも止まらぬスピードで、バルバロが了承ボタンを押していた。ええぇぇ……

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