第94話 動揺

 俺とクリスは付き合う事になった。今後のクリスの行動方針も決まった。しかし、しかしだ。話し合いたい事はまだある。報酬として貰ったDPの使い道、現在牢屋に入れているバルバロの処遇、ついでに以前から牢屋に居るモルク達について――― 本当に色々相談したいんだけど、今の俺の頭で冷静に纏められるだろうか? だいぶ顔と頭が熱っぽいぞ、俺。


「えへへっ(にまにま)」


 この状況、いつもなら信頼の置けるクリスに進行を任せていただろう。が、今のクリスは俺以上に冷静ではない様子だ。さっきから口元が緩みっ放しだし、嬉しさと喜びで心ここにあらずって感じなんだ。うん、代わりに俺が頑張るしかないだろう。頑張れ、俺の弱き心。今だけは心を殺すんだ。


「コホン! じゃ、次に今後の方針について話していくぞ。まずはだな―――」

「ふ、ふーん、ウィルとクリスがねー。まあ、私はお姉さんですし? というか、恋に興味なんかないし? 全然気にならないし? ベ、別に経験ないとかじゃないし?」

「キャプテンと付き合う事になるなら、クリスさんの呼び方も変えないといけないのかな? クリス姐さん、それともクリスの姉御?」

「ももももも、もしかしてこれって、禁断の恋……!? しゅしゅしゅ、主人とメイドさんの、アバンチュール……!?」

「……(プスプス)」


 ―――辺りを見回すと、俺の言葉が一切耳に入っていない仲間達の姿が。ああ、なるほど。俺よりも皆の方が駄目っぽい。色恋沙汰にまるで耐性がないっぽい。


 という訳で、ここで一旦小休憩を取る事に。外で風に当たって来るなり、顔を洗ってリフレッシュするなり、各々頭をリセットして来てもらう算段だ。えっと、なぜか気絶してしまったジェーンは…… 取り敢えず、ベッドに寝かせておこうかな。


 ……で、休憩時間が終わり、皆が戻って来た訳だが。


「よっし、無心で食べて来た。満腹感で、多少の事は気にならないわ! 今のクリスなら、多少のつまみ食いも見逃してくれるでしょ!」

「滅茶苦茶走って来た! 何かスッキリしたよ、キャプテン! で、何の話だっけ?」

「私はまだドキドキが止まらなくって…… えと、でもお勉強ノートに色々と書き殴って、無理矢理心の中を整理して来ました! 今なら、恋愛小説も書けそうです!」

「もも、もしかして私、眠ってました? ウィウィ、ウィル様に寝顔、見られて……!? ……(ボンッ!)」


 アークが腹を膨らませ、トマは汗だくに、リンからはノートを提出され、ジェーンは倒れた。ちゃ、ちゃんとリフレッシュ、できたんだろうか……?


「それではマスター、話し合いの再開しましょう。このクリス、不肖ながら誠心誠意お手伝いするしょぞじょっ……!? し、舌ぎゃ……!」

「ク、クリス、落ち着けって」


 どうやら舌を噛んだっぽい。いつもの調子に戻ったかとも思ったが、俺と同じく浮ついた心は未だ落ち着いていないようだ。


「ま、まあ緩い空気でいこうか。早速なんだけど、今回の戦いで捕虜となったバルバロの処遇について相談したいと思う。彼女は今回の争奪戦に敗北して、神の駒から与えられた能力を失った。参加の資格も併せてなくなったから、もうクリスに触れられても害はないだろう。これについては昨日会った神様が、追加情報として保証してくれた」

「バルバロ…… なかなか気概のある奴だったわよね。真っ向からやり合える戦いなんて、とっても久し振りで楽しかったわ!」

「う、うん、今みたいに満腹状態のアークだったら、かなり危なかったかもな…… で、そのバルバロなんだけど、俺達の仲間になりたがってる」

「「えっ!?」」


 トマリンの驚き声が被った。まあ、そんな反応になっちゃうよね。


「キャプテン、駄目だよ! それ、絶対罠だ!」

「わ、私もそう思います。流石に危険過ぎます」

「それが当然の意見だよな。知っての通り、バルバロは海賊だ。油断したところを裏切ったり、何かを企んでいる可能性を考えるのは当たり前だ。 ……だけど俺は、その上で彼女を仲間にしてみるのもアリだと思ってる」

「「ええええっ!?」」


 またまた被った。うんうん、正常な反応で逆に安心した。


「実は、私もマスターと同意見なんです。もちろん、何らかの枷を課す条件付きではありますが」

「ク、クリスさんまで…… あの、どうしてです?」

「確かにバルバロさんは海賊で、一般的に悪党に該当する方です。ただ、海賊としての矜持はしっかりと持っている方だと思ったんです。捕らえられた際、彼女は命乞いをせず、焼くなり煮るなり好きにしろというスタイルで、こう、既に覚悟を決めていると言いますか…… そんな印象を受けまして」

「えっと、それがどうして仲間になりたいって事に繋がるの? 俺、やっぱり何か企んでいるようにしか思えないけど」

「それがですね…… その後にバルバロさんは、マスターの素晴らしさに気付かれたのです! 言わば、同志というものなんです!」

「「ッ!? ……???」」


 一瞬驚いた表情を見せるも、よくよく考えてみてやっぱりよく分からないといった様子のトマリン。クリス、一体何を…… って、そういやアークが隣で寝ていた時も、そんな反応だったっけ。器が広いと言うべきだろうか。俺としては反応に困ってしまう。ただ、そろそろ軌道修正をしたいので、ここからは俺が説明する事にした。


「―――つつつ、つまり、その海賊さんが船長さんに恋をした、という事ですか!?」

「こ、恋がどうかは分からないんだが……」

「いや、真っ向から惚れたとか言ってたじゃない。どう考えてもそっち方向でしょ。まったく、ウィルも隅に置けないわよね~」

「キャ、キャプテン、クリスさんだけでなく、あの女海賊ともお付き合いを……? すげぇ、やっぱキャプテンは器がでっかいや!」

「そ、それじゃ、見習いだけど同じメイドさんだし、むしろ最初から仲間だし、私にもチャンスが…… ブツブツ……」


 いかん、収拾つかない方向に舵を切ってしまったかもしれん。


「能力を失ったとはいえ、バルバロは船乗りとして優秀だろうし、何よりこの世界の海について、誰よりも詳しい。もし仲間にする事ができれば、戦力的にも漁的にも良い方向に向かって行くと思うんだ。 ……あとさ、勘違いしてほしくないんだけど、俺はバルバロと変な関係になるつもりはないからな? それは彼女にもハッキリと伝えるし、その上で仲間になるか決めてもらう。それにだ、仮に仲間になるとしても、クリスの言う通り暫くは枷をしてもらう。具体的に言ってしまえば、行動を制限する奴隷用の首輪だ」

「奴隷用の……」

「首輪、ですか……」


 トマとリンの表情が一瞬曇る。元奴隷の二人にとって、その首輪の名を聞いてよく思う事はないだろう。けど、拠点の皆の安全を第一に考えるのであれば、これ抜きにバルバロの試用期間は設けられない。


「これを見てくれ」


 予めピックアップしておいたショップの一覧表を表示させる。メール機能を介して、アークやトマ達もこれで見る事ができる筈だ。


「一口に奴隷の首輪と言っても、ショップで確認してみたら沢山の種類があったんだ。どの程度の制限が必要か、どの程度の自由を許すのか、一覧を見ながら皆と話し合いたい。 ……二人とも、大丈夫そうか? 辛いのであれば、やっぱり別の方法を―――」

「―――ううん、俺達は大丈夫だよ、キャプテン。皆の安全が第一!」

「そうです! それに、実際に長い間首輪をしていた私達でなければ分からない事だって、多分あります! 意見出し、頑張らないとです!」

「ふ、二人とも……!」


 辛くない筈なんて、決してないだろうに。その上で協力してくれる二人に、俺は感動を禁じ得なかった。もう抱き締めてあげたい。健気過ぎる……!


「あ、お腹いっぱいで眠気が…… 何か難しい話になりそうだし、私はちょっと昼寝するわくぅー……」


 一方、アークさんはジェーンの隣でお昼寝タイムに入ってしまう。即熟睡であった。ええっ……

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