第93話 クリスの決意

 色々あった、色々あり過ぎた。仕入れた情報を瞬間的に全て処理できるほど、俺の脳は高性能ではない。精々が戦闘後の処理諸々を済ませ、島の皆に安全の確保ができた事を報告するのが関の山だ。なので、突然の告白をして来たバルバロは一旦牢屋の中へと入ってもらい、返事は暫く待ってもらう事にした。


 但し、元々牢屋に入っていたモルク達と一緒にするのは、流石に男女的な問題があると思ったので、新たに鉄檻(1000DP)と石造りの小屋(1500DP)をショップから購入。それらを組み合わせた第二牢屋を、住宅地から離れた場所に仮設置。モルク達はそちらへと移動する事にあった。え、何でバルバロが頑丈な船の檻に入ったかって? いや、だってモルクよりもバルバロの方が、地力が強そうじゃない? 若干アークと同じ空気を感じるので、念の為より頑丈な方に入ってもらっているんだ。


「マスター、皆が集まりました」


 そしてバルバロとの戦いの翌日、俺は寝泊まりしている家の居間にクリス、アーク、トマにリン、ジェーンを招集し、得た新情報の共有、今後の方針についての話し合いをする事にした。


「―――という訳で、俺を秘宝争奪戦に参加させた自称神様から、そんな事を聞いて来た。俺の秘宝は、クリスだったんだ」

「「「「「………」」」」」


 手始めに情報共有をしたら、皆が皆、口を開けたまま固まってしまった。ああ、そりゃあそんな反応になっちゃうよな。俺だって信じられなかったもの。ただ皆が沈黙するその中で唯一、クリスだけは様子が異なった。予めその事を知っていたかのような、そんな様子で黙っているようだったんだ。


「クリス、ひょっとしてだけど…… 敵の秘宝を手にした時の、神様との映像や会話、クリスにも見えたり聞こえたりしていたんじゃないか?」

「……ッ! な、なぜです?」

「モルクの秘宝を手に入れた後、それにバルバロの秘宝を手に入れた後も、俺と同じでどこか調子がおかしかったろ? 動揺しているというか、呆然としているというか…… 兎に角、そんな気持ちを抱いているように見えたんだ。違うかな?」

「……いえ、マスターの仰る通りです」


 それからクリスは、全てを打ち明けてくれた。俺が秘宝を入手した後に見た、ぼやけた映像と女の子、謎の言葉。そして今回の神様との会話を、なぜか全て目にし、耳にしていた事を。


「てっきり一度目の光景は幻かと思っていたのですが、先ほどのマスターの話を聞いて、私も確信致しました。その、紫の髪をした人物も、マスターのお話し通り、何と言いますか自己主張の激しい方でしたし……」

「分かる。キャラ濃いよな、あの神様」


 俺は深々と、そして心から同意した。


「待って待って、勝手に話を進めないで。まだ私、理解が追い付いてないから。えーっと、クリスがウィルの秘宝で、クリスとウィルは神様と会っていて?」

「いや、実際に神と会ったのは俺だけだ」

「私はマスターの視界を通して、その時の光景と会話を見聞きしていました」

「なるほど、つまるところ船長さんとクリスさんには、何か特別な繋がりがある…… という事ですね?」

「えっ、リンはもう理解したのか? 俺、まだ全然なんだけど……」

「わ、私は更に全然です……」

「内容が全部突拍子もないのよ!」


 理解度の高いリンは兎も角、トマとアークは苦戦、そもそも前段階の話が初耳のジェーンは、更に大苦戦しているようだ。それでも、俺は根気強く説明していく。その結果、何とか全員が理解してくれるに至った。けど、本当の問題はここからだ。


「クリスが俺の秘宝って事は、争奪戦の参加者がクリスに触れた時点でアウトって事になる」

「え、えっと、これまでの傾向から推測するに、そうなったらクリスさんが消えちゃう……?」

「ええっ!? 俺、嫌だよそんなの!」

「それだけじゃないわ。争奪戦に負けたら、ウィルの力も失ってしまうのでしょ? この拠点に建てた家も、ずっとお世話になってる船だってなくなっちゃう。ジェーンを含め、幽霊の皆はまた船の墓場に戻されるかも―――」

「………」

「―――そうならない為にも、私が敵を斬って千切ってしないとね! うん、全部私に任せなさい!」


 目元に涙を溜め始めたジェーンを見て、アークが必死に慰めようとしている。ソファの後ろに隠れながら、という点から目を背ければ、その行為はとても尊く仲間想いなものだ。もちろん、俺だって気持ちは同じだ。


「ああ、そうだな。そうならない為にも、俺達は争奪戦に負ける訳にはいかない。幸いクリスは魔法が主戦術だから、今まで前に出る事はあまりなかったんだが―――」

「―――これらは、いえ、今後は明確に私自身が重荷となってしまう。だからこそ、これから私は戦いに参加するべきではない。場合によっては、船に乗る事も止めた方が良い。そういう事ですよね、マスター……?」


 クリスは俯きながら、自らそんな言葉を口にした。心優しく、そしてメイドとしての矜持を持つクリスにとって、それは断腸の思いが伴う言葉だったんだろう。皆が戦っている中で自分だけが前線を離れる事に、その際に何も手助けできない事に悲しみながらも、その全てを呑み込んでいる事が、嫌でも分かってしまう。今の彼女の表情はどこか寂し気で、いつもより小さく見えた。けど、俺の考えはそれとは違うんだ。


「クリス、よく聞いてくれ」


 クリスを安心させるように彼女の両肩に手を置き、俺はジッと視線を合わせた。


「は、はひっ……?」

「今のクリスの話、俺はそうするべきではないと考えているんだ。ああ、クリスは俺から離れるべきじゃない。むしろ、クリスには俺のすぐ近くにいてほしいんだ。戦闘の指揮をする時も、船で漁をする時も、飯を食べる時も――― ずっと一緒にいてほしいんだ!」

「……ええええっ!?」


 そんな俺の言葉を予想していなかったのか、クリスは一呼吸置いて凄く驚いていた。顔も真っ赤である。


「確かに、俺もクリスを島の拠点に置く案は考えた。けどさ、それは必ずしも安全な策ではないんだ。例えばスパイみたいな密偵能力を持つ奴が敵にいて、俺達が船で戦闘に出ている時にクリスが狙われたら、対応がかなり難しくなる。仮に途中で気付けたとしても、敵に侵入されたダンジョンのフロアでは、やれる事が限られるからな。けど、ダンジョンマスターである俺の近くにいるのであれば、フロア云々に関係なく対策も可能――― って、ん? えっと、皆までそんな顔して、一体どうした?」


 これが最上の策じゃないかと俺が頑張って熱弁しているのに、クリス以外の皆までもが酷く驚いたような顔になっている。クリスに至っては、顔どころか指先まで赤くなっている。何だ何だ、本当にどうしたんだ? 俺の話、ちゃんと聞いてくれてる?


「ウィ、ウィル、それって…… プロポーズってやつ!?」

「キャ、キャプテンがクリスさんに告白したぁ~~~!?」

「わわわわわわわ……」

「……(ボンッ!)」


 アークのプロポーズという一言、告白と叫びながら部屋の中を駆け巡るトマ、狼狽して理解が追い付いていないリン、頭から爆発音を発しながら気絶してしまうジェーン。そんな諸々の反応を前にして、鈍い俺の頭は漸く理解した。自分が軽率に言ってしまった発言が、如何に紛らわしいものだったのかを。


「まままままま、待て。待つんだ。これはあれだ、言葉の通りなんだけどそうじゃないと言うか、いやクリスには対して好意がないって意味じゃなくて、むしろ異性として大変魅力的に感じておりましてあばばばば―――」


 高性能じゃない俺の脳は、この予期せぬ事態に対応できなかった。何とか言葉を紡ごうとするも、動揺が血液に乗って全身に駆け巡るだけである。自分でも何を言っているのか分からない有様だ。


「……マスター」


 そんなクリス以上に驚く俺を目にしたらなのか、それとも先に驚いたからなのか、クリスは少し落ち着きを取り戻していた。良かった。冷静になった今のクリスなら、この緊急事態をどうにかして収めてくれるだろう。頼んだ、頼んだぞクリス……!


「分かりました。私、クリスはいついかなる時も、マスターの御側にいます。その、えと…… 今後とも、よろしく、お願い致します……!」


 再び全身の肌を真っ赤にさせながら、後半になるにつれ声を段々と小さくしつつも、クリスは絞りだすようにそう言い切った。真っ赤っか、たぶん俺も、真っ赤っか。


「……俺からも、よろしくお願いします」


 という訳で、そういう事になりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る