第92話 自由な提案

 あの胡散臭い神様との会合を終えた俺は、夢から覚めるように意識を取り戻した。以前よりも長く意識があちら側に行っていたせいか、まだまだ脳が覚醒し切っていない。


「へえ、敵の秘宝を奪うとどこかに意識が飛ばされるのか。こいつは勉強になった。ま、もうアタシは敗者側で、今更な情報だけどね」

「……ああ、これで俺の勝ちだ」


 頭の靄を振り払うように強く意識を保ち、目の前のバルバロにハッキリそう宣言してやる。けど、そうか。今後の事について、一度仲間達と話し合わないといけないな。あとは、さっきから俺の視界に入っているこれについても。


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一端のダンジョンマスターさん、秘宝略奪戦の連続勝利おめでとうございます!

他参加者から『海の義眼』を奪取した事で、勝利が確定した事を認めます。

奪取した秘宝を担当の神へと転送します。

ダンジョンマスター用の勝利特典をプレゼント致します。


◆『500000DP』を手に入れた!

◆『第3ダンジョン』が解放された!

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 モルクに続いて二度目の勝利。また新たなダンジョンが解放され、特典で得られるDPは前の五倍と大幅に増加している。なるほど、勝てば勝つほどに勝利特典もより豪華になっていくって訳か。


「……(チラッ)」


 色々と考える事はある。けど、さっきの神様の話の後なんだ。俺はつい、隣に控えていたクリスの顔を覗いてしまう。クリスも何かを考えていたのか、どこか思い詰めるような表情になっていた。いや、これはもしや―――


「クリス、俺を心配してくれるのは有り難いけどさ、そんなに硬くなるなって。俺はこの通り無事だからさ」

「え? は、はい! もも、申し訳ありません……!」


 ……やっぱどこか反応が変だ。必要以上に取り乱してる。多分だけど、俺の考えている通りだろう。話し合いに合わせて、クリスのケアも必須だな。


「ところでさ、こいつの処遇はどうするの?」


 ふと、バルバロを縛り付けているアークがそんな事を言った。戦いを終えて腹が減ったのか、そろそろ帰りたさそうな雰囲気を醸している。ただその問いの答えについては、判断がかなり難しい。モルク達だって今のところは捕らえてはいるけど、ずっとあのままってのは考えものだ。同じようにバルバロを新たに捕らえ続けるってのも、なあ?


「さっきも言ったが、アタシの覚悟は疾っくに決まってる。好きにしな」

「いやあ、好きにしろと言われてもなぁ……」

「あ? 何を迷う事があるってんだい? 負かされた海賊の末路なんざ、決まって悲惨なもんだと相場が決まってる。それだけ自由にやってきたし、それだけ盛大にってきた。あんな立派な海賊旗を掲げてんだ。アンタだって理解してるだろ? こいつに関しちゃ、神の駒なんてもんは関係ない」


 いや、正直そこまで海賊の流儀とかは理解していないんだけど…… まあ、確かに自由にはやってるし、迎撃の為とはいえ、かなりの人数を殺してもいる。俺も負けたら、それこそ悲惨な結末が待っているんだろう。だからこそ、絶対に負ける訳にはいかないんだ。


「男は殺され、女は犯された上で殺されるか飼われるか、はたまた売られるか――― そんなもんだ。そして、アンタにはその権利がある」

「ええっ……」

「ああ? 何だその反応は?」


 素で引いちまったんだよ。素直な俺の反応だよ。うちには子供だっているんですよ?


「だからさ、手荒な真似はしたくないんだって。勝者になったからと言って、そんな事をする気はさらさらないよ」

「……また冗談? それとも、本気でアタシを馬鹿にしてるのかい? 船に掲げたあの海賊旗は飾りだったとでも?」


 俺に馬鹿にされていると感じたんだろう。刺されるほどに睨まれてしまう。バルバロ、マジ切れ寸前。いや、怖いて。


「海賊だからって、全部が同じって訳でもないだろ。海賊が自由な存在なら、それくらいの多様性は認めてほしいもんだ。それに俺達、海賊はあくまでも副業で、本業は漁師だしな!」

「……は? 副業? りょ、漁師?」

「そう、漁師!」

「………」


 俺が力強く言った甲斐あって、バルバロはそれ以上反論してこなかった。 ……うん、分かってる。理解してるって言うより、絶句してるような顔だもん。こいつ頭大丈夫か? って目だもん。


「ぷはー! ぷく、ぷくくく……! あ、貴女、なんて顔してんのよ。笑えて空腹に響くじゃないの!」


 そんな中で笑い出すのは、俺達の中で最も自由であろうアークさんだ。


「アーク、頼むから今は黙っていてくれ。纏まるもんも纏まらなくなる」

「えー、またぁー?」

「そう、また。クリス」

「はい」


 クリスから携帯食を渡され、途端に静かになるアークさん。もうご飯に夢中である。さ、話を戻そうか。


「で、だ。そんな漁師兼海賊な俺らだから、お前が言うような残酷な事はしない。冗談でも何でもなく、マジのマジでだ。もう戦いは終わったんだし、うちの子達の教育にも悪いからな。処遇については…… まあ、うちの有力者達と話し合ってから考えるとするよ。暫くは牢屋生活になるだろうが、それだけ覚悟が決まってんなら問題は―――」

「―――ぷ、く、くくっ。くくくっ……!」


 突然、バルバロが笑いを堪え出した。何事かと眉をひそめる俺達。


「おい、大丈夫か?」

「クハハハハハ! いやいや、違う、違うんだ! 突然笑っちまってすまないねぇ。でも、ククッ! 何だそれ! 海賊なのに漁師をやってて、子供を匿っているのかい!? そんな海賊聞いた事がないよ! 新しいねぇ。それでいて、この上なく自由だ!」


 遂には堪えるのも止めて、盛大に笑い出してしまった。一体どうしたんだと、俺達は顔を見合わせるしかない。


「そ、それはどうも?」

「ああ、どういたしまして! ククッ、思わずこんなクソみてぇに上品な言葉を使っちまったよ。ああ、愉快だねぇ。実に愉快だ。しかし、なるほどねぇ。奪われた宝に固執して、怒り恨みながら海を駆けていたアタシらの方が、ある種不自由だった事か……」

「……俺達の方針を理解してくれた、って事で良いのかな?」

「あー、理解したってより、衝撃を受けたって方が正しいか。まあ、うん。良いよ、アタシはアンタらに従うよ。どんな罰だって受け入れよう。アンタらの好きにしてくれ」


 高圧的な態度から一転して、急に態度を軟化させるバルバロ。今までの会話から推測できるであろう彼女の性格上、嘘を言っているようにも思えない。まあ理由はどうであれ、素直に従ってくれるというのなら、こちらとしては有り難い。神の駒としての力を失ったとしても、どうも彼女はモルクとは違って、底知れない雰囲気を持っているからな。


「なら、まずはここを出ると―――」

「―――ああ、それと真の自由を知った海賊からの提案だ。アンタ、このアタシを船に雇ってみないかい? 決して損はさせないよ?」


 バルバロがすっごく良い表情で、何かとんでもない事を言い出した。


「いや、何言ってんの?」

「自由な海賊らしく、自由にものを言わせてもらってんだ。ああ、信用できないってなら、アタシの首に奴隷用の首輪でもつければ良い。この金髪のお嬢さんみたいに、手足に鉄球をつけてくれたって構わない」

「……ますます分からないな。バルバロがそこまでする理由は何だ?」

「ククッ、それをアタシの口から言わせるのかい? 世界のどんな海賊よりも自由、それでいてアンタはアタシを真っ正面からぶっ倒せるほどに強い。そして何よりも――― 良い男だ! 要はアタシがアンタに惚れたのさ、恋焦がれるほどに!」

「「「……は?」」」


 ハモった。

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