第三章 魔導を極めし艦隊

第91話 プロローグ

 ―――カランカラン。


 薄暗い店内に鳴るしっとりとした音楽に、来店を知らす鐘のが加わる。所謂バーであろうその店には、カウンターにてシェイカーを振るう白髪の老人、その目の前の席に座る一人の女性がいた。新たに来店した客は彼女と約束をしていたようで、迷う事なくそのカウンター席へと歩み始める。


「ハァ、『慈愛』さん…… こんなところに呼び出して、僕に何か用ですか?」

「あら? 用がなれけば呼んではいけませんか、『秩序』君?」

「ええ、できればそうして頂きたいですね。このような時期ですし」


 そう言って、『秩序の神』が『慈愛の神』の隣に座る。気乗りしない彼の様子を見るに、あくまで付き合いで仕方なく来たといった感じだ。


「ご注文は?(シャカシャカ)」

「ミルクを――― って『魔導』さん、こんなところで何やってんですか……」


 シェイカーを振るいながら『秩序の神』に注文を聞いたのは、先日『慈愛の神』との戦いに敗北した『魔導の神』であった。いつもの魔法使い風の服装ではなく、上から下までバーテンダー風の格好となっている。


「それがのう、雰囲気作りの為に手伝ってくれと、『慈愛の神』に頼まれてしもうて。駒が負けて暇しておったし、絶世の美女に頼まれては断れなくてのう。ぶっちゃけ、胸と色気に魅せられた!(シャカシャカ)」

「は、はぁ、そうだったんですか。ご自分の駒と同じ負け方をしてるのは、どうかと思いますが…… それはともかく、いつもと雰囲気が違い過ぎて、ここに座るまで気付きませんでしたよ。バーテンダーもできるのですね」

「魔導とはすなわち知識、要点は押さえておる。見様見真似じゃが、そこで寝ておる『海の神』よりかはマシじゃぞい?(シャカシャカ)」

「えっ、『海』さんですか?」


 『魔導の神』が指差す方へと『秩序の神』が振り返ると、そこには『海の神』が確かにいた。


「くそう、くそう、あの女……! 皆して私を馬鹿にしやがってぇ……!」


 酒瓶を片手に、酩酊状態で。


「まったく、神として有るまじき姿です。貴方の為に用意した場所バーですのに、彼、開店と同時に来たんですよ?」

「い、色々とフラストレーションが溜まっていたんでしょう。うーん、秩序を司る神として、あのようなお酒の付き合い方は推奨できないところですが…… 今はそっとしておきましょう。後で注意して、相談に乗っておきます」

「お願いしますわ。では、そろそろ本題に入りましょうか。『秩序』君はお忙しいようですし、ね?」

「そうして頂けると助かりますね」


 『魔導の神』よりミルクとピンク・レディが差し出される。二柱は乾杯をする訳でもなく、それぞれのグラスに口をつけた。


「一つ、提案があるのです。私と同盟を結びませんか?」

「同盟ですか? 一体何の為に?」

「………(シャカシャカ)」

「もちろん、私達の陣営が確実に勝利を重ねる為にです。私の駒が有する組織力に、貴方の駒が持つ圧倒的な武力が加われば、最早この戦い、勝利は約束されたようなもの。私達の駒が最後に残った際に同盟を解消し、そこで勝負を決する――― というのは如何です?」

「ハハッ、丁重にお断りします。最後に残るのが『慈愛』さんの駒じゃ、相性が良くないですからね。万が一に『原初』さんの駒を倒せるとしても、それではあまりに分が悪過ぎる」

「………(シャッカシャッカ!)」

「そのような悲しい事を仰られないでください。『慈愛』と『秩序』、これほどまでに平和を愛する同盟は、他にはないと思いますが?」

「なくたって、駄目なものは駄目です。大方、一歩リードしている『創造』さんを倒したいが為の同盟なんでしょうが、『慈愛』さんの利と僕の利じゃ、秤のつり合いが取れませんから」

「………(ジャッカジャッカ!)」

「「……さっきから何シェイカー音鳴らしまくってんですか!?」」

「い、いや、ワシも少しくらいは存在感を出して置いた方が良いかと思って……」


 二柱に注意され、大人しくシェイカーを置く『魔導の神』。心なしかしょんぼりしているように見える。


「兎も角、この話はなかった事にしてください。僕なんかよりも、案外『創造』さんの方が乗るんじゃないですか?」

「フフッ、私の誘いで陰気な彼女が、こんな場所に来るとでも?」

「絶対に来ないでしょうね。だからこそ、僕みたいにお家まで迎えに行ってください。普段からあんなに仲良く、言葉のドッジボールをされているんです。きっと喜ばれますよ?」

「……『秩序の神』が争いを斡旋するのは、どうなんです?」

「そんな物騒な事じゃなくて、いい加減に仲良くしろって話ですよ。『慈愛』と『創造』、これだって随分と建設的な同盟じゃないですか。尤も本当に同盟を組まれたら、僕はピンチなんですけどね。あはは…… じゃ、そういう事で」


 ―――カランカラン。


 『秩序の神』は、軽く手を振りつつ店を後にした。店内に残されたのはカウンター内でジッとしている『魔導の神』、テーブル席で項垂れている『海の神』、そしてカウンター席にて静かにカクテルを飲む『慈愛の神』の三柱のみだ。


「フッ、フフッ! 確かにそうですね。借り物の力で勝利したところで、それは真に勝った事にはなりません。ろくに準備も整っていなかった『創造』が相手なら、それは尚更の事。分かりましたよ、『秩序』君。私の方から遊びに行って、皆仲良く私の駒にして差し上げましょう。私は『慈愛』を司る神、たとえ『創造』の駒であったとしても、差別する事なく愛して差し上げますとも、ええ……!」


 『慈愛の神』は不敵な笑みを浮かべながら、カクテルを一気に飲み干す。口から僅かに滴るカクテルが、薄い血のように彼女を染めていた。


(こっえー……)


 そんな事を思う『魔導の神』は、こっそりと一歩下がっていた。

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