第90話 エピローグ

 システマチックに渦巻く白雲、天上に位置する別次元の領域。新たに敗退した駒が出た事で、十の柱が円を描くこの場所に神々は集う。しかしどうした事か、本題となる話が開始される様子はない。


「……『創造』はまだか」


 『原初の神』が重々しく口を開き、重圧感たっぷりな言葉を皆に投げ掛ける。聳え立つ白き円柱の先には、既に九人分の神の姿がある。が、残る無人の柱の持ち主、『創造の神』が一向にこの場所へ姿を現さず、話を始めようにも始められない状況なのだ。人の世の言葉で言い表せば、所謂遅刻というものである。


「『秩序』君、問われていますよ? 寛大かつ『慈愛』に満ちた私は、いくら待たされようとも問題ありません。ですが、時間は時間。『原初』を含め、他の神々は辟易しています。そろそろ彼女に来て頂きたいのですが?」

「えっ、僕に聞くんですか? ああ、いえ、確かに僕は『秩序』を司る神ではありますけれど……」


 絶賛遅刻中である例の神を除き、この場で唯一の女神からスルーパスを受けてしまった『秩序の神』。少年相応の困り顔を晒し、コホンと前置きの咳払い。『創造の神』が到着するまで、巧みな話術で時間を繋ぐのであった。


 『秩序』の努力は暫く続き、漸く時間稼ぎから解放される時が訪れる。無人であった円柱の先に、突如として扉が出現したのだ。扉の向こう側からドアノブが回され、ガチャリと現実的なドアの開く音が奏でられる。


「いやー、お待たせー。神託なんて慣れない事、するもんじゃないねぇ。うっかり時間に遅れちゃったよ、ごめ~ぬ~」


 開けられた扉より現れたのは、いつもの何食わぬ顔で、神とは思えぬ軽い挨拶と謝罪をかます『創造の神』だった。彼女が自らの柱に飛び移ると、扉は幾つもの正方形のブロックとなって四散。砕けたブロックもこの空間に溶け込むようにして、残滓も残さずに消え去ってしまう。


「あら? それはもしや、謝罪のつもりなんでしょうか? あまりに言葉が幼稚だったもので、一瞬馬鹿にされているのかと思いましたよ」

「はははっ、まっさか~。平和主義者を地でいく私が、そんな喧嘩を売るような真似をする筈ないじゃん。『慈愛』ちゃんこそ、私に喧嘩を売るのは止めてくれないかなぁ? ひょっとして、『戦の神』より好戦的なんじゃないの?」

「……フフフ、なんですって?」


 女神達は両者とも笑顔と口調を崩さないが、取り巻く空気は一貫して不穏だ。二人のいつものやり取りに、周りの神々は嘆息を漏らすばかりである。


「お二人の事は放って、僕達だけで先に話を─── と、そういう訳にもいかないんですよね。非常に残念な事に」

「何せあの二人、此度の戦いの勝利者じゃからのう。ワシも歳なんじゃろうか……」


 『秩序』と隣り合わせの柱に座した翁が、苦笑いを浮かべながら腰を叩く。ふわふわとした綿飴のような白髭が特徴的なその老人は、純白の三角帽とローブに杖と、高位の魔法使いを思わせる身なりをしていた。


「何を仰いますか。『魔導』さん、確か僕より年下ですよね?」

「うむ、正直かなり下じゃな。かつては古の大賢者と称えられたワシも、この顔ぶれの中ではまだまだ若人よ。もっと言えば、あそこで喧嘩しておる『創造の神』や『慈愛の神』も、ワシよりも大分───」

「『魔導』のお爺様、少しお喋りが過ぎますよ?」

「そうだそうだ! レディの歳の話をするなんて、非常識も甚だしいぞー!」

「やっべ、目ぇつけられてしもうた。『秩序』の、ワシもう黙るから、あとはよろしく頼むわい」

「えー……」


 そう言うと、『魔導の神』は全身を石化させてしまった。確かに黙ってはいるが、かなり物理的な沈黙である。一方、またしても無理難題を押し付けられた『秩序の神』は、先ほどまで口喧嘩していた二人の女神の方へと視線を移す。その直後に「お、やるか?」みたいな超の付くプレッシャーを、女神達に笑顔のまま掛けられてしまった『秩序』は、君ら仲良いじゃんとこっそり心の中で突っ込むのであった。


「戯れもその辺にしろ。此度の集まりは『創造の神』、そして『慈愛の神』の駒が勝利した事によるものだ。だが、過ぎた勝手は許さぬ。双方、肝に銘じておけ」

「あら、私とした事が…… 皆々様、大変失礼致しました」

「もう、『慈愛』ちゃんは『原初の神』の言う事には素直なんだから~」

「己の立場を弁えているだけですよ。貴女とは違って、ね?」

「ほ~ん?」

「『原初』さん、もう進めましょう! たぶんこれ、終わりがないです!」


 『秩序』、魂の進言。基本的に、『創造』と『慈愛』の会話はいたちごっこである。そして神とは一般的な生物と比べ、基本的に不変であるもの。よって誰かが止めなければ、この口喧嘩は永劫終わらないのだ。


「……確認する。『創造の神』が『海の神』の駒を取り、『慈愛の神』が『魔導の神』の駒を取った。これで相違ないな?」

「相違ないでーす。私の可愛い駒ちゃんが、そこの優男の駒をぶっ飛ばしました~。ザ・連勝! いえい! ねえねえ、『海』の優男ぉ? 今どんな気持ちぃ? 散々自分の駒を煽ってたみたいじゃん? ねえねえねえねえ~?」

「う、うるさいな! 今回は駒の選定をそもそも見誤っていたんだ。私の力に適応する素質は素晴らしかったのに、クソッ! 雰囲気がジモルみたいで気に食わないとか、意味の分からない理由で私の神託を散々無視して……!」

「単に見る目がなかったんじゃん? どうせ、あとは異性で容姿が好みだったからとか、そんな理由っしょ?」

「愛が足りませんね、愛が」

「クッ、こいつら……!」

「「こいつら? こいつじゃなくて、こいつらぁ?」」

「あ、いや、えと……」


 ここぞとばかりに結託する女神達に、『海の神』は口をそれ以上開く事ができなかった。


「これこれ、それ以上虐めるでないぞい。ちなみに、ワシの駒が『慈愛』の駒に篭絡されたのも事実じゃぞい。洗脳とか、本当に恐ろしいわ~。いや、青過ぎる駒を選定したワシもワシなんだけどねっ!」

「あら、お爺様。黙っているのではなかったのですか? それに、洗脳だなんてとんだ誤解です。彼は愛に目覚め、その生涯を愛に尽くすと決めただけの事。彼の力は今後、私の駒が有効活用して差し上げますわ」

「うわ、有効活用とか言いおったぞ、この女神……」

「だから言ってんじゃん。私はファッション性悪だけど、『慈愛ちゃん』は根幹から真っ黒なんだって」

「うふふ、そろそろその口を縫い合わせますよ?」

「や~ん、暴力反対~。さ、自衛しなきゃね」

「はい、終わりです、終わり! 状況確認終了! お二人とも、構えるのを止めてください!」


 口喧嘩ならまだしも、本格的な肉弾戦になっては堪らない。『秩序』は強制的に会話を区切り、まとめへと話題を移行させる。


「とまあ、そんな感じですよ。通算で『創造』さんが二勝、『慈愛』さんが一勝。『隷属』さん、『海』さん、『魔導』さんは敗退。残るは七柱、思いの外展開が早いですね。勝者の駒は着々と力を付けているようですし、いくら戦闘能力に優れているとはいえ、我々もうかうかとはしていられません。ね、『戦』さん?」

「フッ。俺としては、お主の駒が一番怖いのだがな。『慈愛』に惑わされぬよう、精々気を付ける事だ」

「………」

「……? おい、『秩序』? いきなり固まってどうした?」

「う、ううん。まともな返答、それに僕を気遣ってくれる言葉に感動しちゃって……」

「お主、『創造』や『慈愛』のお守を『海』辺りに任せたらどうだ? 酷く疲れているようだぞ?」

「止めてぇ!?」


 どこかの優男の声が、天空の領域にどこまでもどこまでも響き渡っていった。

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