第89話 エピローグ?
意識に纏わりついていた靄が晴れる。気が付くと、俺は薄暗い部屋の中にいた。しっかりと自分の体がある辺り、意識だけが夢の中に飛ばされた前回とは、また勝手が異なるようだ。
辺りを見回す。貴重な光源になりそうな窓らしきものはあるが、それらは遮光カーテンで閉ざされており、一切の日の光を透そうとしない。部屋自体はまあ、その、何と言うか…… 新生活を謳歌しようという大学生が住まうアパート部屋のようなレイアウトで、雑誌やらゲーム機やら、その他諸々が雑多に散らばっているのが目につく。女物の下着まで落ちている無法っぷりだ。クリスがこの有様を目にしたら、ずぼら過ぎて卒倒するんじゃなかろうか? その無秩序のせいか、こぢんまりとした部屋が更に狭く感じて─── って、待て待て! ここ、どう考えても日本の部屋じゃないか!? 部屋の片隅にテレビもあるし、俺いつの間にか炬燵に入ってるし!?
「やあやあ、良い具合に混乱しているみたいだね、ウィル君。二度目なんだし、いい加減に慣れたらどうかな? あ、直接この世界に招待するのは、これが初めてだったっけ? そいつはめんごめんごだ。ま、自分の家だと思って寛いでくれ給えよ」
「………」
俺が座る炬燵の向かい側より、やたらと気怠げな声がした。ついさっき部屋を見回した際にはなかった筈の、うっすらとした人影が視界の端に映る。急ぎ声の方へと視線を向けると、そこには一人の見知らぬ少女が座っていた。 ……炬燵のテーブルに片頬を付け、知らぬ間に置かれたポテチ袋に手を突っ込む少女が。
「えへへ、そんなに見詰めるなよ~。いくら私が人の造形を超えた美少女だからって、惚れるには早過ぎるぞ?」
「………」
自分で美少女と言うのはどうかと思う。けど、確かに彼女の容姿はどこか人間離れしていて、恐ろしささえ感じるほどだった。普通、美しいものを見た時ってのはポジティブな感情が出てくるもんだが、俺の体は鳥肌が立つばかりで、これっぽちも喜ばしさを表してくれない。
「……できれば黙ってないで、ツッコミの一つでも入れてくれれば嬉しいんだけど? ほら、空気が凍えると流石の私も恥ずかしいし? 青春真っ盛りだし?」
少女が掛ける眼鏡の奥で、俺の顔色を窺うように黄金の瞳がチラ見を繰り返す。自分は先ほどの失言を恥ずかしがっているのだと、精一杯のアピールをしているようだ。だが、少女の仕草は羞恥心を装っているようにしか見えず、演技っぽいというか何と喩えれば良いのか、とにかく全てが胡散臭かった。そしておそらく、俺はこいつが誰なのかを知っている。
「君が…… 俺を駒に選んだ神様か?」
「おー、漸く喋ってくれたね。そう、君の雇い主である『創造の神』とは私の事さ! こうして直接対面して話すのは初めてだね、ウィル君」
やはりか。この適当な感じ、モルクの指輪に触れて見た白昼夢に出てきた、あの謎の女の声にそっくりだったんだ。
「ま~たそんなに見詰めちゃって~。あ、ポテチが食べたかったとか? 私の食べかけで良ければ食べる? ある意味レア物だよ?」
「違うし食いかけを勧めるな。だけどまさか、神様と会う事ができるとは思わなかった。前は一方的によく分からない映像を見せて、そのままフェードアウトするだけだったのに…… 一体どういう心境の変化だ?」
「あははっ、深い意味なんてないない! ただ君は私の予想を超えて、立て続けに勝利を重ねてくれた。それだけ私に貢献してくれた訳だし、ここは神として多少の報いを与えてあげようと思ってね。あっ、まずはお礼からしよっか。こんな私の為に、マジサンクス!」
「………」
何でだろうか? この神様と話していると、すっごく疲れる。
「報いって…… それよりも、俺は神様に聞きたい事が沢山あるんだ」
唐突に、しかも何のお達しもなしにゲームの参加者になったんだ。疑問なんていくらでもある。同じくらい文句も沢山言ってやりたいが、自らの部屋に招待してくれた、この気分屋さんに変に気を損ねてもらっては困る。よって今は我慢、凄く我慢。
「聞きたい事? ふ~ん…… なら、こうしよっか。今からウィル君がする質問、一つだけ真面目に答えてあげる。私が真面目に受け答えするなんて、奇跡が起こるレベルで珍しい出来事だ」
「……マジで?」
「マジでマジで。神様、極力嘘つかない」
極力かよ。一々言動が胡散臭過ぎる。
「ウィル君のいる世界についての事でも良いし、前世の記憶や他参加者の能力でもオーケー。私のスリーサイズやプライベートな質問だって、真摯に真実を答えちゃう。でも、質問できるのは一つだけだ。よ~~~く考えた方が良いと思うな。今後の君の、そして仲間達の運命を左右しちゃうかもしれないよ?」
「……少しだけ、考えさせてほしい」
「フフン、良いよ~。ぶっちゃけた話、ハンデとオッズを高く設定し過ぎちゃったかなって、若干心配していたところなんだ。このくらいはお安い御用さ!」
「は?」
「あ、ごめん。こっちの話だった。すみま千円二千円。ま、ゆっくり考えなよ。この部屋での時間は、あっちの世界では瞬きの間での出来事だ。焦る必要はないよ~。その間、私はクラフト系のゲームでもしているからさ! ていっ♪」
神様がパチンと指を鳴らすと、炬燵の上にごっついパソコンが召喚された。そして神様はコントローラーを握り締め、凄まじい速度で指を動かし始める。うん、もう駄目出しするのは止めよう。切りがない。
「───神様、質問が決まった。一旦ゲームを止めてくれないか?」
「え、もう? 意外と早かったね? 今良いところだから、悪いけどこのままの姿勢で聞かせてもらうよ。質問にはちゃんと答えてあげるから、そこは安心しなって。で、何を聞くのかな?」
「俺が所有する秘宝について教えてくれ」
「……へ?」
俺が質問をすると、神様は何かに驚いたように手を止めて、俺をまじまじと凝視した。ゲーム続けるって言ってたのに、何だその反応は? 俺、特段変な質問をしたつもりはないぞ?
「な、何だよ? その鳩が豆鉄砲を食らったような顔は? 神の秘宝ってのは争奪戦の勝敗を決める、それはもう大切なものなんだろう? 他の参加者達は知ってたみたいだけどさ、俺は自分の秘宝が何なのか知らないんだ。確かに俺の過去の記憶、それに他参加者の情報も重要だけど、まず知るとしたらそこだろ? ……俺、おかしな事言ってるか?」
「いやー…… 理屈としてはおかしくない、いや、私の認識としては随分とおかしな事になっているんだど、それってマジのマジ?」
滝のような汗を流し出す神様。とりあえず、正直に肯定しておく。
「やっべぇー…… 結構無理な運用してるなぁとは思ってたけど、そこに齟齬が発生してたのかぁ。あー、マジかぁ。急ぎだったとはいえ、やっぱり徹夜するもんじゃないって事だね」
神様は珍しく真剣に考えるような仕草をし、何かを納得しているようだった。しかし、俺は未だに何も納得していない。神様がやっべぇと発言したのも聞き逃していない。
「なあ、質問をしているのは俺の筈じゃなかったのか?」
「わっと、そうだったそうだった。ご褒美の質問タイムだったね! 正々堂々、私の安いプライドに懸けて答えてあげるよ!」
「前置きはいいから、早く教えてくれるとありがたい。見るからに動揺してるのも、とりあえずはスルーしているんだからさ」
「そ、そうだね、分かったよ~」
次の瞬間、炬燵の上にあったものが全て消え去り、俺と神様が障害物なしに対面する形となった。
「コホン。ええとですね、実はですね───」
神様、もっと堂々としてください。あと、視線も合わせて逸らさないで。
「───その、ウィル君の最初の相棒がね、君に割り当てられた秘宝になってたりするんだよね。私としてはちゃんと伝えていたつもりだったんだけど、説明文がほんのちょっと、不足していたと言うかぁ…… まあ、そんな感じで更にオッズが上がってた、かなぁ? てへっ♪」
「……は?」
ペロリと舌を出しやがる神様を、頑張って思考の外に追いやる。最初の相棒、最初のモンスターっていうと─── クリスが、俺の秘宝!?
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