第88話 勝者の特権

「う、あ……?」


 俺の前で横たわる赤髪が、微かに声を発した。良かった、どうやら彼女は生きているようだ。いや、状況としては全く良くはないけど。


 バルバロの覚醒後、俺達は何度も何度も攻撃を繰り返した。だが、それ以上にバルバロは根性を見せてくれた。触手骨の操作を行うバルバロはとっくに限界を超えて、ジェーンの結界も展開している筈なのに、破壊した骨は即時再生、どこまでもどこまでも砲撃と魔法に食らい付いてきたんだ。もう精神論っつうよりも、文字通り魂を燃やしている感じだった。最終的には時間を掛けて回復したアークが突貫し、骨ではなくバルバロ自身にアタックする事で戦いは終結。バルバロが持っていたカトラスも力を使い果たしたのか、持ち主である彼女の気絶と同時に塵と化してしまった。カトラスは途轍もないお宝だったそうだから、塵になって押収できなかったのは無念の一言である。


 そしてこちらも残念な事に、逃走した三隻の海賊船は全て逃してしまった。ジェーンの『多感肌』によれば、バルバロが倒されたちょうどその時、海賊船は海底洞窟を抜けて外の海面に出ていたそうだ。ご丁寧にそこからは、全ての船が別方向へと進行する逃げの徹底振り。こちらの船の速力ならば一隻程度なら追えるだろうが、バルバロという爆弾を抱えたまま追撃を行うのは、あまりに危険過ぎた。防衛の在り方、一から考え直さないとなぁ……


 とまあ、そんなこんなで最低限の治療のみを施し、アークの鎖でギッチギチに縛り上げたバルバロを、腕利きのメンバーで見張っていた訳だ。俺(ジェーンは地上の拠点に移動済み)とクリスにアーク、そしてモンスター混合部隊が十体ほど。神の駒とはいえ、瀕死の彼女を監視するには十分過ぎる戦力だろう。バルバロの鎖の押さえ役はアークが直に行っているので、変な行動はまず初動から起こさせない。


「あっ、起きたみたいね! 貴女、見た目通りなかなか根性あるじゃない! 見直しちゃったわ! 頑張れば私と良い勝負もできるみたいだし、また立ち会わない!?」

「ア、アークさん、今はマスターとお話をするところですので……」

「えー、またぁ!?」

「「………」」


 ただし、空気を読まないところが玉に瑕である。俺とバルバロは何とも言えぬ空気の中、アークが静かになるのを待った。


「よう、地獄に落ちるとか言ってた割には元気そうだな」

「……アンタか。アタシの部下達は…… いや、もう元部下か。あいつらは無事に尻尾を巻いて逃げられたかい?」


 さっきの騒動を見なかった事にしてくれているのか、バルバロの表情と口調に呆れの色はない。こいつ、意外にも場の雰囲気を考えてくれている!?


「さて、どうだろうな? 何人かは生け捕りにしているが、彼らの処遇はまだ未定だ。これからのお前の出方次第じゃ、交渉の余地があるかもしれな───」

「───ククッ、悪い悪い。余計な駆け引きをする必要はないよ。ちょっとアンタがどんな反応を返してくれるか、気になったもんでね。アタシが意識を失う間際、船は全て洞窟を抜けた筈だ。海水を伝って、それはアタシの方でも確認してる。何より、あいつらはアタシの手から離れたんだ。もう子供じゃない。愉快に楽しく、勝手に生きていくだろうさ」

「……そうか。まあ、そんな事だとは思っていたし、お前の言う通りだよ。ここに元お仲間はいない。お前が粘ってくれたおかげで、見事に逃げられちまった」

「そいつは残念だったね。ご愁傷様だ。さ、アタシをさっさと殺すと良いよ。それとも、良い事をしてから殺すかい?」


 容赦なく軽口を叩くバルバロは、こんな状況だというのに顔色一つ変えない。いや、こんな状況だからこそ、か。海賊として活動しているからには、こうなる覚悟もとっくにできていたんだろう。仲間の為にあそこまで体を張ったんだ。もう一度確認するまでもなく、バルバロの意志は固いと分かってしまう。


「いや、正直なところを言うとさ、さっさと吐くもん吐いてくれれば、俺としてはこれ以上手荒な真似はしたくないんだ」

「フッ、それが海賊の台詞かい? だけど何をされたって、アタシはあいつらの居場所なんて吐かないよ?」

「あー、元お仲間の事は一旦置いといてくれ。俺が知りたいのは、全く別の事だ」

「……アタシが持つ神の秘宝についてかい?」


 これまで一切表情を変えなかったバルバロが、してやったりと口端を吊り上げた。


「なんだ、俺が参加者だって分かっていたのか?」

「あれだけ不可解な真似をしてくれたんだ。可能性の一つとしては考えていたさ。このアタシを打ち負かせるとしたら、同じ舞台に上がった奴以外にはあり得ないからねぇ。それでも負けるつもりは一切なかったつもりなんだが…… ま、あそこまで完璧に負かされたんなら、納得しない訳にはいかないよ。この金髪の跳ねっ返り娘といい、アタシが勧誘したいくらいの人材も揃ってる。アタシは負けるべくして負けたってこった」

「彼の高名な海賊に褒められるとは光栄だ。で、お前が持つ秘宝ってのは何なんだ? 気を失っている最中にも荷物を確認させてもらったが、それらしきものは見つからなかった。まさか、海に落としたとかは言わないよな?」

「ククククッ、そんなラカムみたいな馬鹿な事、アタシがする訳ないだろう? それに、案外調べが甘いんだねぇ。良いさ、アンタは良い男だし教えてやる」

「へえ? さっきとは打って変わって、やけに素直じゃないか?」

「勝者に対する正統なる褒美だからねぇ。アタシは悪人で残虐だが、こういうところはキッチリしておきたい性分なのさ。もうこいつは、元部下達とは関係のない代物だしねぇ。さ、ここだよ、ここ。アタシの秘宝はここにある」


 俺の顔と向き合ったバルバロが、頻りに目をパチクリさせている。 ……ウインクのつもりだろうか? 片目が眼帯だから、ちょっと違うかもしれないけど。


「……何のつもりだ?」

「おや、ちょいと赤面してないかい? 可愛らしい顔をありがとよ」

「おい」

「冗談だって。つうか、さっきから示しているだろ。秘宝はアタシの眼帯の中だよ」


 ……が、眼帯? 眼帯の中ってぇと、その、目の中って事か? 何それ、俺、心の中がかなりショッキング。


「眼帯の中? 分かったわ! じゃ、眼帯を取るわね!」

「あ、ちょ、アーク!?」

「ていっ!」


 俺の制止を振り切って、アークがバルバロの眼帯を剥ぎ取った。俺の仲間達は好奇心旺盛、それは知れた事である。けどさ、もうちょっと心の準備をさせてほしかった。


 眼帯に隠されたバルバロの片目は、おそらく作り物の目、義眼だった。瞳の色が違うし、何と言うか違和感があったんだ。目の上下に切り傷の痕があるので、それで片目を失ったんだと推測できる。


「あんまり凝視するんじゃないよ? 恥ずかしいじゃないか」

「嘘つけ」

「ッチ、バレたか」


 ……正直なところ、バルバロから若干の羞恥心を感じないでもない。さっき空気を読んでくれた礼だ。敢えて指摘する事もないだろう。


「ほれ、この義眼がそうさ。争奪戦のルールじゃ、秘宝を触れられたら負けなんだろう? だからこうして、絶対に見られない、触れられないところに隠しておいたって訳さね」

「それは思い切った事をしたもんだな…… 悪いけど、これからその勝利条件を満たさせてもらうぞ」

「ああ、遠慮しなくて良い。そいつが勝者の特権だ。男なら、思いっ切りぶち込みな!」


 思いっ切りぶち込んだら大参事だろうが。バルバロの言葉に逆らうように、俺は慎重な手つきで彼女の義眼に触れる。想像よりも生々しい感触だと思った直後、バルバロの義眼に意識が引っ張られた。二度目とはいえ、慣れたとは言い辛いな。こちらの展開は想像通り、俺の意識は深い深い海の中へと潜っていた。

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