第87話 覚醒

 ───ザバァーン!


 アークの一撃をもろに受けたバルバロが、入江の地底湖へと吹き飛ばされる。大きな波音を立てた後、彼女の姿は底へと沈んで見えなくなってしまった。


「ふい~、なかなかの強敵だったわ~。ま、枷がある今なら、こんなところでしょうね! ねえねえ、結構傷が深いんだけど、回復薬くれないかしら? あ、ジェーンの魔法でも良いわよ。ちょっと怖いけれど、目を瞑って我慢するから!」


「「「「………」」」」


 言葉通りかなりの重傷を負っている筈なんだが、アークの口振りは非常に軽い。あの激闘を制した者と、本当に同一人物の言葉なのかと疑ってしまう。たぶん、他の皆も疑ってる。


「ね、姐さん!? バルバロ姐さん!?」


 そんな中、いち早く声を発したのが、あの褐色肌の少女だった。かなり動揺しているらしく、水辺へと向かう足取りがおぼつかない。 ……一応、これで戦闘終了で良いのかな? 二人の戦いの決着で、周りの乱戦は収まっちゃったけど。トマ達の砲撃も止み、水の中に潜む敵船三隻は状況を窺っている様子だ。


「マスター、敵はすっかり戦意を失っているようです。今のうちに拘束しますか?」


 洞窟の天井部よりクリスが飛来する。


「だな。その次は水中の船の無力化を目指すとして、まずは武器を取り上げ───」

「───ク、クククッ…… 勝手にアタシを殺してくれるんじゃないよ、お前達……!」

「っ!?」


 一瞬、耳を疑った。しかし、その声の主が彼女のものであると、次の瞬間には確信へと繋がる。さっきバルバロが沈んだ水面に、バルバロが立っていたのだ。


「わっ! 結構マジで打ったんだけど、まだ立てるんだ! ジェーン、回復早く! このビッグウェーブに乗らないと!」

「え、あ、はい? でも、ええっ!?」

「いや、立つには立ってるけど、何で水面に立っているんだよ!? 船が潜れるくらい深いんだぞ、この地底湖!」

「うるさいよ、有象無象共! 姐さんに理屈は通じないんだよっ! アタシは信じてた! 姐さんは、やっぱり生きていたんだ!」

「全員、撤退だ」

「……へ?」


 バルバロのいる水辺へと褐色少女が歩み寄ろうとした直後、それを遮るようにバルバロが何かを言い放った。


「ごふっ…… 聞、こえなかったかい? 全員撤退、今回は負け戦だ。早く下の船に乗り込め。全力で生き残れ」

「で、でも姐さん、まだ戦いは───」

「───ブルローネ、何度も言わせるな! 誓いに則り、各自行動せよ! それが、アタシからの最後の船長命令だ! アタシの能力が生きてるうちに、さっさと潜っちまう事だねぇ……!」


 空気が変わる。バルバロの叫びを受けて、生気を失いかけていた敵船員達が機敏に立ち上がった。もちろんクルーやサハギン達もこれに対応し、臨戦態勢に移行。ただ、海賊達が次に行ったのは攻撃などではなく、武器を捨てての全力疾走、所謂敗走であった。ただ一人、あの褐色少女だけは俺達と同様に、何が起こったのか理解できていない様子だ。


「おいブルローネ、お前もちゃっちゃと走れ! んでもって全力で船まで泳げ!」


 近くを通り過ぎようとした船員の男が、立ち尽くしていた少女の腕を掴む。


「な、何言ってんだい! 逃げる事なんか、アタシら海賊に許されていないよっ! 蒼髑髏の船員はいつでも勇ましく、恐れず、敵を倒すのが仕事なんだ!」

「この大馬鹿娘がっ! それは勝利をもぎ取る戦いでの志だ! いつもならそうだろうが、船長はこの戦いが負け戦である事を宣言した! つまりよ、もぎ取れる勝利はもう微塵も残ってねぇって、そう判断したんだ! 蒼髑髏に加わった時、てめぇだって船長との誓いは立てただろぉが! 覚えてないとは言わせねぇぜ!?」

「だ、大損害を受けて、その上戦いにも負けたら、姐さんが責任を全部負うってやつ……? でも、たった一度の事で───」

「───一度でも反故にしたら、誓いが嘘になるじゃねぇか! 船長は嘘は嫌いだって、てめぇが誰よりも知っていただろうが! もう面倒くせぇ! 担いででも連れて行くからなっ!」

「うわっ!? は、離しなよ! 姐さん、姐さぁ───ん!!!」


 少女を担いだ男が、水中にいる船を目指す集団に交じって駆け出す。少女はまだ何かを叫んでいるようだったが、周りの喧騒が少女の声を消していった。


 ……なるほど、そういう事か。けどさ、ここまで色々とやらかしてくれた上で、俺達が大人しく逃がすと思っているのか? だったとしたら、ちょっと舐め過ぎだ。


 俺はダンジョンメール機能を起動させ、トマ砲撃隊、そしてこちらの岸からもクリスに、逃走しようとする者達を砲弾と魔法で狙うよう指示を送る。逃げる敵を撃つ事は残酷かもしれないが、ここで奴らを逃がせば今後の危険が高まってしまう。何せ、あいつらはこの島の場所を知ってしまったんだ。慈悲の心を持って見逃すなんて行為は、俺の仲間達にとって害でしかない。


『警告スル。直チニ止マレ。大人シク捕縛サレルナラバ、命ハ保証シヨウ。シカシ許可ナク逃走スルナラバ、平等二死ヲ与エル』


 一応の最終勧告をスカルさんにお願いする。これが俺のできる最大限の譲歩だ。


「だぁーれが捕まるってんだ! 海賊ならよぉ、皆殺しが基本も基本だろうがっ!」

「潜れ潜れ! 船長の命令、根性で遂行しやがれっ!」


 分かっていたけど、海賊達は一人たりとも止まろうとしない。流石にもう潮時だ。


「逃がしませんっ!」

「クリスさんの魔法だ! 俺達も続こう、ゴブさん!」

「ゴブッ!」


 クリスの手より広範囲放射型の炎が、トマ達の大砲から大量の砲弾が地底湖へと降り注ぐ。攻撃はいずれも正確無比。背を向け走る事のみに集中している彼らに、避ける手立てはない。


「えっ!?」

「なっ!?」

「ゴブッ!?」


 が、怒涛の如く放たれたそれら攻撃は、悉くが弾かれてしまった。予想外も予想外。クリスを始めとして、攻撃手の皆が驚きの声を上げている。かく言う俺もその一人で、開いた口が塞がらなかった。


「んな事ぉ、簡単にさせる訳ないだろぉ……?」


 攻撃を弾いたものの正体。それは水の中より突如現れた、何本もの白い触手のような物体だった。巨大なイカかタコか!? なんて思いもしたが、よくよく観察してみれば、触手は水の上に立つバルバロを中心に発生し、骨で形成されている事が分かる。そう、あの触手は六本腕の骨から派生したものだったのだ。水の上に立っているように見えるのは、それらに体が支えられている為。今見えている骨の触手だけでも、その数は実に十本以上。しかも、あれだけの数の攻撃を同時に打ち消すほどに精密ときたもんだ。


「おいおいおいおい、何だそれは!? 本数も長さも、最早別物じゃないか!?」

「ククッ、不思議なもんだねぇ…… もう立つ事も儘ならないってのに、今こそこの力が十全に使える気がするよ。ぎ、つうっ!? ハァ、ハアッ……! ふふっ、アタシの死が近いせい、かねぇ……?」


 バルバロの手に握られた曰く付きのカトラスの刃が、怪しく光っているように見える。ここに来ての更なる覚醒だとでも言うのか? ふざけるのも大概にして頂きたい。


「まずはバルバロの無力化を優先だ! クリス、連続ですまないが、魔法はまだ使えそうか!?」

「もちろんです! ここが踏ん張りどころですからね!」

「わぁ、良いな良いなぁ! ジェーン、治療はまだっ!?」

「そ、それが、アーク様のこちらの傷、普通よりもなぜか治りが遅いものでして……」

「分かった! なら、そっぽを向きつつ応援してあげるから! ジェーン、頑張って! 超頑張って!」


 魔法砲撃等の全力攻撃が続くが、バルバロの壁は未だに抜けられそうにない。魔剣で斬られたのが影響しているのか、アークの傷の治りも遅い。まずいな、このままだと逃げられる。だが、神の駒であるバルバロを放置する訳にもいかない。


「ぐ、うっ……! だ、が、まだまだぁ! おい、ラカァム! アタシも一緒に地獄へ落ちてやるからよぉ! もっと気合い入れて力を出しなぁ───!」


 カトラスの光は更に怪しげな輝きを増し、地底湖の中より倍の数の触手を生み出した。

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